第7話 鑑定眼
今回もお読みいただきありがとうございます!
第7話は戦闘ではなく、アキトの鑑定スキルが街の危機を救う話です。
縁の下の力持ち的な活躍、ぜひお楽しみください!
三日目の朝、アキトはギルドに向かう前に市場へ立ち寄った。
宿の食事だけでは物足りなかったというのもあるが、それ以上に鑑定スキルを使って街の物価や流通品を把握しておきたかった。知識は武器になる。
市場は朝早くから活気があった。野菜、干し肉、香辛料、薬草――色とりどりの品が並ぶ露店の間を、アキトはゆっくりと歩いた。
鑑定スキルを常時起動していると、目に映るものすべての情報が自動で流れ込んでくる。産地、鮮度、混入物の有無、適正価格。
そして、ある露店の前で足を止めた。
「回復薬草、新鮮なやつだよ! 傷の治りが早くなるよ!」
威勢のいい売り声を上げているのは、四十がらみの男だった。並べられた緑の薬草を、次々と客が手に取って買っていく。
だがアキトには、すぐに分かった。
(混じってる)
鑑定スキルが弾き出した情報は、明確だった。回復薬草の束の中に、数割の割合で偽薬草が混入している。外見はほぼ同じだが、成分が違う。回復効果はなく、大量に摂取すると腹痛や吐き気を引き起こす。
悪意があってのことか、仕入れの段階で混ざり込んだのかは分からない。だが放っておけば、今日この薬草を買った人間が苦しむことになる。
アキトは露店の主に声をかけた。
「その薬草、少し見せてもらえるか」
「ああ? 買うのか買わないのか、どっちだ」
「確認したいことがある」
男はぶっきらぼうに束を投げてよこした。アキトは受け取り、鑑定スキルで改めて詳しく調べた。
(やはり偽物が三割ほど混入している。故意ではないかもしれない。卸した業者の段階で混ざったと見るのが自然だ)
「これ、仕入れはどこからだ」
「なんでそんなこと教えなきゃいけないんだ」
「偽薬草が混じっている。食べた人間が腹を壊す」
男の顔色が変わった。
「なんだと……」
「外見はほぼ同じだから、見分けるのは難しい。だが葉脈の走り方と、茎の断面の色が微妙に違う。あんたが悪意を持って売っているとは思わないが、このまま売り続けると客に被害が出る」
アキトは本物の薬草と偽物を一本ずつ抜き出し、並べて見せた。
男が目を近づけて見比べ、顔が青くなった。
「本当だ……俺は知らなかった、本当に」
「仕入れ業者に確認した方がいい。混入が広がっているなら他の露店にも被害が出ている可能性がある」
「わ、分かった……今日の分は全部引き上げる。ありがとう、兄ちゃん」
男は慌てて商品を回収し始めた。
◇
その一部始終を、通りかかったギルドの職員が見ていた。
ギルドに戻ると、リナが少し改まった顔で待っていた。
「霧島さん、今朝の市場の件ですが」
「聞いたか」
「はい。職員から報告が入りました。偽薬草の混入を見抜いて露店主に知らせてくれたと。鑑定スキルをお持ちなんですか?」
アキトは少し間を置いた。
「まあ、少し」
「……少しで、あの速さで見分けられるものではないと思いますが」
リナの目は静かだが、真剣だった。誤魔化しを許さない目だ。
「訓練した、ということにしておいてくれ」
リナはため息をついた。呆れているのか、笑っているのか、その中間くらいの表情だった。
「……ギルドとして、今回の件は正式に感謝を伝えたいと思います。報酬は出ませんが、ギルド内での評価に記録されます」
「そういうのはいらない」
「それでも記録させていただきます。規則ですので」
きっぱりと言われて、アキトは引き下がった。
依頼票を受け取り、掲示板へ向かいながら、ふと後ろを振り返った。
リナがこちらをじっと見ていた。目が合うと、素早く視線を外してカウンターの書類に向かった。
(……観察されているな)
アキトは小さく苦笑して、掲示板へ向き直った。
実力を隠すのは、思ったより難しいかもしれない。
◇
その日の午後、アキトは通常通り依頼をこなしていた。
だが市場での一件が広まったのか、ギルドの空気が昨日と少し変わっていた。露骨に見てくる者はいないが、視線の質が違う。馬鹿にするような目ではなく、「こいつは何者だ」という目だ。
食堂でブルスと夕食を食べていると、ブルスが腕を組んで唸った。
「お前、市場で偽薬草を見抜いたって本当か」
「通りがかっただけだ」
「通りがかっただけで分かるか、普通。スキルなしで」
アキトはパンを千切りながら答えた。
「目が慣れれば分かる」
「嘘をつけ。俺も冒険者三年やってるが、あの二種類の草を素手で見分けろと言われたって無理だ。お前、本当に何なんだ」
「ただの冒険者見習いだ」
「どこが見習いだ」
ブルスは呆れたような顔をしながらも、どこかおかしそうに笑っていた。怒っているわけではない。ただ、自分の常識が日々更新されていくのを持て余しているようだった。
「……正直に聞くが、お前はどこを目指してるんだ」
アキトは少し考えた。
「まだ決めていない。とりあえず、やれることをやる」
「目標もないのか」
「今はまだない。目標より先に、足場を固めたい」
ブルスは黙って頷いた。
「……まあ、それでいいか。焦って死ぬ奴を何人も見てきたからな」
「経験から言うのか」
「仲間を二人亡くした。二人とも、自分の実力以上のことをしようとして」
アキトは黙った。
ブルスはエールを一口飲み、どこか遠くを見るような目をした。
「だから俺は慎重に三年やってきた。ランクは遅いが、生きてる。それでいいと思ってる」
「……それは正しいと思う」
「お前に言われると複雑だがな」
二人は同時に苦笑した。
◇
宿に戻り、ベッドで天井を見上げながら、アキトはブルスの言葉を反芻した。
自分の実力以上のことをして死んだ仲間。アキトの場合は逆だ。実力以下のことをして、追放された。だが結果として、ゆっくりと積み上げることを選んでいる点では同じかもしれない。
鑑定スキルを起動し、自分のステータスを確認した。
【名前】霧島アキト
【冒険者ランク】F
【スキル】∞
Fランクのまま、三日が過ぎた。だが確実に、この街での立場は変わってきている。実力を隠しながら動いているつもりだが、それでも滲み出てしまうものがある。
(リナにはもう、かなり気づかれているな)
アキトは苦笑して目を閉じた。
隠すことにこだわりすぎる必要もない。ただ、必要な時に必要なだけ使えればいい。
――四日目が、明日始まる。
◇
翌朝、ギルドに顔を出すと、掲示板の前にいつもより多くの冒険者が集まっていた。
何事かと近づくと、掲示板の端に一枚の紙が貼り出されていた。
「緊急依頼:偽薬草流通調査。関与した卸業者の特定と、市内全露店への流通範囲確認。Cランク以上推奨。報酬:金貨三枚」
昨日アキトが見つけた件が、正式な緊急依頼になっていた。
周囲がざわめいている。金貨三枚はCランクとしても破格の報酬だ。
「これ、最初に見抜いたのって昨日の……」
「Fランクの新入りだろ? あのスキルなしの」
誰かが囁く声が聞こえた。アキトは知らんふりをして、いつも通りFランク依頼の棚へ向かった。
カウンターでリナと目が合った。
「今日も通常依頼ですか」
「そうだ」
「……緊急依頼の発端は霧島さんなんですが」
「Cランク以上推奨と書いてあった。俺にはまだ早い」
リナは一瞬、何か言いたそうな顔をした。だが結局は「承知しました」と静かに頷いた。
アキトは依頼票を受け取り、ギルドを出た。
自分が起点になった依頼が、金貨三枚の案件に化けている。少しおかしな気分だった。
だがそれでいい。目立つのはまだ早い。
今日もFランクらしく、淡々とこなすだけだ。
第7話、お読みいただきありがとうございました!
戦闘ではなく鑑定スキルで街を救うアキト、楽しんでいただけましたか?
ブルスとの会話も少しずつ深まってきましたね。
自分が起こした騒ぎがCランク緊急依頼になっているのに「Fランクらしく淡々とこなす」というアキトの姿勢、彼らしいと思っています。
リナもじわじわとアキトの正体に気づき始めています。次話もお楽しみに!
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