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第6話 格差の洗礼

今回もお読みいただきありがとうございます!

第6話は古参冒険者たちの洗礼を受けながらも、アキトがあえて実力を隠す場面をお届けします。

じわじわと周囲がざわつき始める展開です。どうぞお楽しみください!

 翌朝、アキトはギルドが開く時間に合わせて訪れた。


 昨日より少し早い時間だったが、すでに十数人の冒険者が掲示板の前に集まっていた。朝一番に依頼を押さえる連中だ。アキトもその流れに混ざり、Fランク依頼の中から三枚の依頼票を手に取った。


 薬草採取、スライム討伐、街外れの害獣駆除。


 受付カウンターで、リナが軽く目を見開いた。


「三枚……同時にですか?」


「まとめてこなせそうだから」


「Fランクは通常一日一枚が推奨されています。複数同時は……」


「規則ではないだろう?」


 リナは少し迷った顔をして、確認のため内規を見た。規則ではないらしく、渋々三枚に受理の印を押した。


「……お気をつけて」


「ありがとう」


 カウンターを離れようとしたとき、背後から笑い声が飛んできた。


「おい聞いたか。昨日登録したFランクが三枚同時受注だとよ」


 昨日と同じ顔ぶれだった。ブルス(ぶるす)と、その仲間たち。テーブルに肘をついて、こちらを見て笑っている。


「Fランクが調子に乗るから仕事が回らなくなるんだ。失敗したら違約金があるの、知ってるか?」


「知ってる」


「じゃあなんで三枚取るんだ。自分の実力も分からないのか」


 アキトは振り返らずに答えた。


「分かってるから取った」


 笑いが少しとまった。


 アキトはそのままギルドを出た。


 ◇


 三つの依頼を片付けるのに、二時間とかからなかった。


 スライムは炎魔法を最小出力で使い、核を一撃で溶かした。薬草は鑑定スキルで最短ルートを辿り、あっという間に必要数を集めた。害獣の大型野鼠(おおがたのねずみ)は隠密スキルで気配を消してから接近し、一匹ずつ静かに仕留めた。


 どれも、力を使っている感覚がほとんどなかった。


(抑えすぎかな)


 アキトは内心で思った。本気を出せばもっと早く済む。だがそれをすると目立ちすぎる。今は目立つ必要がない。Fランクから順番に積み上げて、自然にランクアップしていくのが一番余計な摩擦が少ない。


 ギルドに戻ると、まだ昼前だった。


 三枚の依頼票を提出すると、リナが確認作業をしながら何度もアキトの顔を見た。


「……全部、完了ですか」


「ああ」


「害獣駆除も? あの区域は地形が複雑で、ベテランでも半日かかることが多いんですが」


「近道があった」


 リナはしばらく黙っていた。何かを考えているような目だった。


「……霧島(きりしま)さん、少し伺ってもいいですか」


「何を?」


「本当に、今日が登録二日目ですか?」


 アキトは少しだけ間を置いた。


「そうだが」


「……そうですか」


 リナはそれ以上は聞かなかった。報酬の銅貨六十枚をカウンターに並べながら、小さく息を吐いた。


 その時、ブルスが立ち上がってこちらに近づいてきた。


「おい。本当に三枚終わらせたのか」


「見ての通りだ」


「……何かインチキをしたんじゃないだろうな。依頼を飛ばしたとか、証拠を偽造したとか」


 アキトはブルスを見た。


 鑑定スキルが情報を出す。Dランク、三年選手。実力は中程度。だが悪い人間ではない。ただ、プライドが高くて、自分より下のはずの人間に先を越されることが我慢できないタイプだ。


「インチキをする理由がない。やれると思ったからやった、それだけだ」


「……お前、スキルなしで登録したって聞いたぞ」


「そう書いた」


「じゃあなんで――」


「スキルがなくても、動き方と判断で補える仕事もある」


 嘘ではない。スキルを使わなくても、知識と体の動かし方だけで済む場面は多い。


 ブルスは黙った。反論できないというより、返す言葉が見つからないという顔だった。


 アキトは銅貨を受け取り、踵を返した。


「明日もまた来る」


 それだけ言って、ギルドの扉を押し開けた。


 背後で、誰かが小さく呟いた。


「……あいつ、絶対スキルなしじゃないだろ」


 アキトは聞こえないふりをして、外へ出た。


 昼の陽光が、石畳を白く照らしていた。


 まだ二日目だ。焦ることは何もない。ただ一歩ずつ、着実に積み上げていく。


 それだけでいい。

 ◇


 午後も二枚の依頼をこなして、アキトがギルドに戻ってきたのは夕方だった。


 食堂区画では冒険者たちが酒を飲みながら今日の収穫を語り合っていた。アキトが入ってきた瞬間、何人かの視線が向く。昨日より、少し真剣な目だった。


 報酬を受け取り、空いた隅のテーブルに座って軽食を頼んだ。パンとスープ。宿代を払ってもまだ余裕がある。


「隣、いいか」


 声がして顔を上げると、ブルスが立っていた。昼間とは打って変わって、険のない表情をしている。


「好きにしろ」


 ブルスは向かいに座り、エールを一口飲んでから口を開いた。


「……朝は悪かった。インチキとか言って」


「気にしてない」


「気にしてないって顔じゃなかったけどな」


「どんな顔だった」


「……呆れたような顔」


 アキトは少し考えて、否定しなかった。


 ブルスがエールを傾けながら続けた。


「お前、本当にスキルなしなのか?」


「登録の時にそう書いた」


「それは聞いた。そうじゃなくて……本当に、スキルが一つもないのかって聞いてる」


 アキトはスープを一口すすった。


「なぜそれを聞く?」


「俺はDランクで三年やってる。Fランクが一日に五枚の依頼を片付けるのを見たことがない。しかもスキルなしで。お前が嘘をついてる可能性もあるが……もしそうじゃないなら、お前は化け物か天才かどっちかだ」


 アキトは静かにブルスを見た。


 この男は、馬鹿にしたいわけじゃない。ただ、自分の中の常識が揺らいでいて、答えを求めているだけだ。


「教えられることは何もない。ただ、やれると思ったことをやっただけだ」


「……それだけか」


「それだけだ」


 ブルスは少し黙って、またエールを飲んだ。


「お前、強いのか」


「さあ」


「なんで分からないんだ」


「比べる相手がいないから」


 ブルスは眉間に皺を寄せ、それからふっと笑った。


「……変なやつだな」


「そうかもしれない」


「俺はブルスだ。一応、名前くらいは教えてやる」


霧島(きりしま)アキト。よろしく」


 二人はしばらく無言で食事を続けた。会話はそれだけだったが、妙に居心地の悪くない時間だった。


 ◇


 宿に戻ったアキトは、ベッドに腰を下ろしてステータスプレートを取り出した。


 今日一日で銅貨百枚以上を稼いだ。明日以降の依頼の目星もついている。このペースで行けば、一週間もしないうちにEランクへの昇格条件を満たせるだろう。


 だが急ぐ必要はない。


 アキトはプレートをしまい、天井を見上げた。


 追放されてから五日も経っていない。なのに今は宿があって、飯があって、少しずつ顔見知りもできてきた。ブルスは最初こそ嫌な奴に見えたが、根は悪くなさそうだ。リナは誠実で、仕事ができる。


(悪くない)


 アキトは目を閉じた。


 かつてのパーティーのことを、ふと思った。レイドたちは今頃どうしているだろう。英雄気取りで王都を闊歩しているに違いない。


 だがそれでいい。あちらはあちらで勝手にやればいい。


 こちらはこちらで、積み上げていく。


 上を目指すのに、理由はいらない。ただ、やれることをやり続けるだけだ。


 ――Fランク冒険者・霧島アキトの、二日目が終わった。

第6話、お読みいただきありがとうございました!


一日五枚の依頼を黙々とこなすアキト、楽しんでいただけましたか?

ブルスとの夕食シーン、実はこの後の展開への伏線になっています。

口は悪いけど根は真面目な男です。少しずつ関係が変わっていきますよ。


次話ではいよいよアキトの実力に周囲が本格的に気づき始めます。

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