第66話 旅の町アルマ
刺客を街道脇の木に縛りつけ、俺たちは歩き続けた。
誰かに見つけてもらえるだろう。命は取っていない。ただ、エルドライン侯爵家がここまで手を伸ばしてきたという事実が、頭から離れなかった。
「エルドライン侯爵って、どんな人物だ?」と俺はシルヴィアに聞いた。
「王国の重鎮よ」と彼女は歩きながら答えた。「軍の一部を私兵として持ち、王に次ぐ権力を持つと言われているわ。表向きは温厚な貴族だけど、裏では情報網を張り巡らせていて、不都合な人物は静かに消すとも言われている」
「不都合な人物……俺たちが?」
「五つの遺跡を制覇した冒険者グループが現れたとなれば、警戒するでしょうね。古代魔法の力を持つ者は、権力者にとって脅威になり得る」
レオが舌打ちした。「面倒だな。俺たちは別に権力争いに首を突っ込むつもりはないのに」
「関係ないのよ、こっちの意図は」とシルヴィアが冷静に言った。「向こうが脅威だと判断したなら、消しにくる。それが貴族の論理」
ガルダンが無言で周囲を警戒しながら歩いている。その目は鋭く、追加の刺客が来ることを想定しているようだった。
街道を南に二日歩くと、小さな町が見えてきた。
「アルマ」とシルヴィアが地図を確認した。「フォルスハイムへの中継地点の町よ。補給と情報収集ができるわ」
「お風呂があればいいです」とリナが疲れた顔で言った。
「さすがにあるだろ」とレオが笑った。
町の入り口には石造りの門がある。門番が俺たちを一瞥し、通行料を受け取って通してくれた。
アルマは小さいながらも活気のある町だった。市場には野菜や肉が並び、鍛冶屋の金槌の音が響いている。旅人も多く、俺たちのような冒険者風の格好は目立たない。
「二手に分かれよう」と俺は言った。「シルヴィアとガルダンは情報収集。レオとリナは食料と消耗品の補給。俺は宿を取る」
「了解」と全員が頷いた。
宿を一軒見つけ、五人分の部屋を確保した。宿の主人は人の良さそうな中年の女性で、「長旅かい? うちの飯は量が多いから安心して」と笑ってくれた。
夕方、全員が宿に集まった。
「面白い話を聞いてきた」とシルヴィアが地図を広げた。「エルドライン侯爵の私兵が、この町にも入ってきているらしい。我々の情報を集めているようよ」
「追いつかれるのは時間の問題か」とガルダンが言った。
「それだけじゃない」とシルヴィアが声を低くした。「フォルスハイムについての情報も得たわ。侯爵家は五年前から廃都への調査隊を送っている。しかし全員が戻ってこない」
「全員?」とレオが眉を上げた。
「そう。延べ三十人以上。誰一人帰還していない。それでも侯爵家は諦めずに調査を続けているらしいわ。何か、それほどまでして手に入れたいものがあるということね」
沈黙が落ちた。
「俺たちが五つの遺跡を回ったことで、フォルスハイムへの道が開かれたとしたら」と俺は言った。「侯爵家はそれを利用しようとしている可能性がある」
「つまり、俺たちを消すんじゃなくて——使おうとしているのか?」とレオが低く言った。
「あるいは両方だ」とガルダンが言った。「使えるなら使う。使えないなら消す」
重い空気が漂った。
「今夜は休もう」と俺は言った。「考えても答えは出ない。行って確かめるしかない」
宿の飯は主人の言う通り量が多く、肉の煮込みとパンがたっぷり出てきた。リナは念願の湯浴みができたらしく、夕食の席では珍しくにこにこしていた。
「やっぱりお風呂は最高ですね」と彼女が言うと、レオが「命がけの旅の感想がそれか」と突っ込んだ。
笑い声が上がる。宿の他の客がこちらを見たが、俺たちは気にしなかった。
翌朝、早めに出発した。
アルマを出て南の街道を進む。空は快晴で、遠くに山脈の稜線が見えた。道中は穏やかで、追っ手の気配もない。しかし俺は《深層感知》を常に展開し、周囲を警戒し続けた。
昼過ぎ、街道を外れた森の中から人の声がした。
「助けてください!」
女の声だった。
「罠かもしれないぞ」とレオが俺の腕を掴んだ。
「わかってる」と俺は言った。「でも確認する」
《深層感知》を向けると、森の中に二つの気配。一つは女性で、もう一つは大型の魔物——地竜だ。地竜は通常、山の奥にしか生息しないはずだが、何かに追われてここまで来たのかもしれない。
「本物だ。行くぞ」
五人は森へ駆け込んだ。木々の間を抜けると、大きな岩の上に若い女性が逃げ上がっていた。その下では、牛ほどの大きさの地竜が岩を爪で引っ掻いている。
「助かった……!」と女性が叫んだ。
「退いてろ」とレオが剣を抜いた。
地竜が俺たちに気づき、低く唸った。緑色の鱗が陽光に鈍く光る。なかなかの強さだが——
「俺がやる」と俺は前に出た。
地竜が突進してくる。俺は《属性融合》を発動し、地竜の足元の地面を氷で固めた。巨体がつんのめり、倒れる。そこへ《光魔法・眩暈光》を放つと、地竜は光に包まれてそのまま意識を失った。
五秒もかからなかった。
「……相変わらず規格外だな」とレオが剣を収めながら言った。
岩から降りてきた女性が俺たちに駆け寄った。年は二十歳前後で、旅人風の格好をしている。しかしその服の下から覗く刺繍に、俺は目を止めた。
侯爵家の紋章ではない。もっと見覚えのある——王国の使者が持つ印章だ。
「あなたたちは……もしかして、ライトさんたちですか?」と女性が俺を見た。
俺は眉を上げた。
「俺を知っているのか?」
「はい」と女性は真剣な表情で言った。「私はカーラ。王国宮廷の伝令使です。ライト・アシュフォードさんを探してここまで来ました」
俺の旧姓。追放される前の名前だ。
「なぜ俺を?」
「王国からの伝言をお届けするよう、命を受けました」
カーラは懐から封蝋された封書を取り出した。封蝋の紋章は——王家の紋章だった。
「王から直々に?」とシルヴィアが鋭く反応した。
「はい。陛下自らがライトさんへの書状をご用意されました」
俺は封書を受け取った。手の中に確かな重さがある。追放された俺への、王からの手紙。
「開けてみろよ」とレオが言った。
俺は封蝋を割り、紙を広げた。流麗な筆致で書かれた文章を読む。
読み終えた俺は、しばらく黙っていた。
「何が書いてあった?」とガルダンが静かに聞いた。
俺は手紙を折り、懐にしまった。
「王が俺に謝罪してきた」
誰も言葉を発しなかった。
「それと——王都に戻ってきてほしいという要請だ。エルドライン侯爵が反乱を起こそうとしている。王は俺の力を借りたいと言っている」
「……戻るのか?」とレオが俺を見た。
俺は空を仰いだ。青く、高い空だった。
かつて俺を無能と切り捨てた場所。仲間を失い、全てを失ったあの王都。戻る理由などないはずだった。しかし——
「フォルスハイムには行く」と俺は言った。「それが終わったら——考える」
カーラが深く頭を下げた。「必ずお返事をお待ちしております」
風が吹き、木々が揺れた。
旅はまた、新たな局面を迎えようとしていた。
「カーラ、今夜はアルマの宿に泊まるといい。危険な道を一人で来たんだろう」
「ありがとうございます」と彼女は微笑んだ。「ご厚意に甘えます」
五人とカーラは森を出て、街道へ戻った。夕暮れの空が赤く染まり、遠くでフクロウが鳴いた。王からの手紙は、俺の胸の中で静かに重さを増していた。
毎日更新中!王からの手紙が届きました。次話もお楽しみに!




