第62話 過去との和解
白砂の遺跡で各自の過去と向き合う。五人それぞれの試練が明かされる感動の一話。
扉の向こうは、記憶の中だった。
アキトが足を踏み入れた瞬間、白砂の遺跡ではなく、見覚えのある場所に立っていた。孤児院の食堂——小さな木のテーブルが並び、子供たちの声が聞こえる。
懐かしかった。そして、少し苦しかった。
「ここは……」
「お前の原点だ」
声がした。振り向くと、誰もいない。しかし声は続いた。始源の民の遺跡が生み出した幻だろうか。
「追放された日を覚えているか」
「覚えている」
「あの日、何を失ったと思った」
アキトは答えた。「全てを失ったと思った。居場所も、仲間も、未来も」
「しかし今は?」
「全てが戻ってきた。いや——それ以上のものがある」
「では、あの日のお前を、今のお前はどう思う」
アキトは孤児院の食堂を見回した。幼い頃の自分がそこにいる気がした。何も持たず、何も知らず、それでも前を向こうとしていた子供が。
「……よくやったと思う」
静かに言えた。追放された日に折れなかったこと。何も知らずに信じ続けたこと。それは弱さではなかった。
光が広間を満たした。記憶が解けるように消え、アキトは遺跡の通路に戻っていた。扉が静かに開く。
試練は、終わっていた。
◇
五人が揃って遺跡を出たのは、日が傾きかけたころだった。
白砂の上に並んで座り、しばらく誰も口を開かなかった。それぞれが、それぞれの過去と向き合ってきたのだ。言葉が出るまで時間がかかるのは当然だった。
最初に口を開いたのはカルツだった。
「俺は……昔、一緒に組んでいたパーティを見捨てたことを見せられた」
誰も驚かなかった。静かに聞いた。
「危ない依頼で、俺だけ逃げた。仲間は全員重傷を負って、その後パーティは解散した。ずっと引きずってた」
「今はどうだ?」とアキトが聞いた。
「……あのとき逃げたのは間違いだった。でも、だからこそ今は逃げない人間になろうとしてる。それでいいと、やっと思えた」
ミレイが静かに言った。「私は孤独だった頃を見せられた。弓の腕を磨きながら、誰とも深く関わらなかった時期。怖かったから。また失うのが怖くて」
「今は?」
「今は怖くない。失う前提で、それでも一緒にいたいと思える人たちがいるから」
セルが小さく言った。「私は故郷を出るときの自分を見せられました。何もできないのに一人で旅に出て、すぐに困った自分。恥ずかしかった」
「でも今のセルがある」とカルツが言った。
「はい。あの頃の私がいたから、今の私がいます。恥ずかしいけれど、大事な過去です」
全員がブルスを見た。ブルスはしばらく黙っていた。
「……俺は、父を助けられなかった場面を見た」
それだけ言った。誰も追及しなかった。
「越えられたか?」とアキトが静かに聞いた。
「越えた」とブルスが短く答えた。その目は、いつもより少し柔らかかった。
◇
五人の試練が全て終わると、遺跡の奥から光が漏れた。広間に戻ると、中央に小さな台座が現れており、その上に光の玉が浮かんでいた。岬の洞窟と同じ形だ。
アキトが手を伸ばすと、玉が掌に触れた瞬間、新たな情報が《古代の記憶》に流れ込んできた。
「次の遺跡——北の雪原の場所と、試練の名前がわかった」
「なんだ?」
「《繋がりの試練》だ」
「繋がり……」とミレイが繰り返した。「どんな試練だろう」
「今は想像できない。でも——」アキトは仲間たちを見回した。「今日、過去の全てを受け入れた俺たちなら越えられる気がする」
カルツが立ち上がり、砂を払った。「よし、北の雪原に行こう。次も全員で」
「全員で」と残りの四人が答えた。
白砂の遺跡を後にした五人の後ろで、砂が風に舞い、入り口をゆっくりと覆い始めた。また千年後、誰かがここに来るかもしれない。その人のために、試練は眠り続ける。
◇
砂漠を戻りながら、カルツがアキトに言った。
「お前は何を見せられたんだ?」
「孤児院の食堂。そして追放された日」
「それで?」
「よくやったと思えた。あの日の自分に」
カルツが少し間を置いて言った。「俺もそう思う。お前はよくやってきた」
アキトは少し照れて前を向いた。
「お前に言われると、なぜか重みがある」
「俺は正直な男だからな」
「それは認める」
ミレイが後ろから「二人とも、砂嵐が来る前に急ぐよ」と言った。確かに西の空が少し霞んでいた。
五人は足を速めた。白砂の海が、夕日を受けて金色に輝いていた。これほど美しい砂漠を見たのは初めてだと、アキトは思った。
◇
砂漠を抜け、街道沿いの小さな宿場町で一泊した。
食事をしながら、ミレイが次の行程を説明した。
「北の雪原まで、最短でも十日以上かかる。途中に大きな街がいくつかあるから、補給しながら進みましょう」
「雪原か……久しぶりだな」とカルツが言った。「霜の谷を思い出す」
「霜の谷より寒いかもしれないわよ」
「まあ、なんとかなるだろ」
「その言葉、何回聞いたかわからない」とミレイが苦笑いした。
「なんとかなってきたから問題ない」
否定できないのが悔しいとミレイが言い、全員が笑った。
七つの遺跡のうち三つを越えた。残りは四つ——北の雪原、中央の火山、王都の地下、そして最後の一か所。《最後の問い》が近づいている。
アキトは夜空を見上げた。星が瞬いている。北の方角——まだ見ぬ雪原の彼方に、次の試練が待っていた。
◇
翌朝、宿場町を出る前にセルがアキトに話しかけた。
「昨日の試練で、一つ気づいたことがあります」
「何だ?」
「過去と和解する試練でしたが——私が見た過去は、一人で抱えていたものでした。でも今は一人じゃない。過去を一人で抱えるより、誰かと一緒に持つ方が、ずっと軽くなる気がします」
アキトはその言葉を噛みしめた。
「繋がりの試練、か」
「次の試練の名前を聞いて、そう思いました。過去との和解の次が繋がり——順番に意味がある気がします」
「始源の民は、何かを伝えようとしているんだな」
「はい。千年越しのメッセージです」
アキトは北の空を見た。澄んでいて、遠かった。しかしその先に、確かに次の答えがある。
「行こう」
「はい」
五人は宿場町を後にした。北へ向かう道が、朝日の中に続いていた。過去を越えた者たちの足取りは、どこか軽やかだった。
◇
その日の夕方、カルツが歩きながらぽつりと言った。
「なあ、試練を全部越えたら《最後の問い》が来るんだろ。どんな問いだと思う?」
「まだわからない」
「お前は怖くないのか」
「怖くはない。ただ——答えられるかどうかは、越えてみないとわからない」
「どんな問いでも、お前なら答えられると思うけどな」
「お前がそう言うなら、そうかもしれない」
カルツが笑った。ミレイが「また二人でいい話してる」と口を挟み、ブルスが「うるさい」と珍しく笑った。セルが声を上げて笑い、それに釣られて全員が笑った。
北への道が続く。残り四つの試練と、千年越しの問いが待っている。五人の旅は、まだまだ終わらない。
三つ目の試練クリア!次は北の雪原へ。応援よろしくお願いします!




