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第61話 白砂の海

七遺跡巡り第三弾。大陸西端の《白砂の海》へ。灼熱の砂漠に三つ目の遺跡が眠る。

 西へ七日の旅だった。


 森を抜け、草原を越え、丘を幾つも登り降りするうち、大地の色が少しずつ変わっていった。緑が薄れ、乾いた黄土色の土が増え、やがて草もまばらになる。風が乾燥し、唇が荒れ始めた。


 「また砂漠の空気だ」とカルツが鼻をすすった。「体が覚えてる」


 「フォルク周辺の砂漠とは少し違う気がする」とミレイが言った。「もっと乾いている」


 「《白砂の海》は大陸西端の砂漠で、フォルク周辺より緯度が高い。夏は灼熱、冬は雪が降ることもあると記録にある」


 「雪が降る砂漠?」とカルツが眉をひそめた。


 「世界は広い」とブルスが短く言った。


 七日目の昼、丘を登りきったとき——眼下に白い大地が広がった。


 「……白い」


 カルツが呆然と言った。確かに白かった。砂が白いのだ。石英を多く含む砂が太陽光を反射して、まるで雪原のように輝いている。地平線まで白い砂が続き、風が砂煙を舞い上げるたびに虹色の光が散った。


 「きれいだな」とセルが静かに言った。


 「砂漠がきれいと思ったのは初めてだ」とカルツが言い、ミレイが「素直ね」と笑った。


 アキトは《古代の記憶》と《深層感知》を同時に発動させた。白砂の海の奥深く——東の大森林より少し深い場所に、三つ目の遺跡の気配がある。


 「遺跡は砂漠の中央付近だ。歩いて一日半ほどかかる」


 「水の補給は?」


 「途中に岩場があって、地下水が湧き出ているはずだ。《深層感知》で確認できる」


 「さすがだ、頼りになる」とカルツが親指を立てた。


 ◇


 白砂の海に踏み込んだ。


 砂は細かく、歩くたびにさらさらと音を立てた。色は確かに白く、直射日光を受けてまぶしいほどだ。全員がスカーフで顔を覆い、目を細めながら進む。


 しかし思っていたより風が強かった。砂が横から吹きつけ、前が見えにくくなる。アキトは《全属性防護膜》を薄く展開して砂を防いだ。


 「助かる」とミレイが砂を払いながら言った。


 「前回の砂漠より砂嵐が多い気がする」


 「地形が平坦なので風が遮られないんだと思います」とセルが言った。「注意が必要ですね」


 四時間ほど進むと、《深層感知》が反応した。「地下水の場所はここだ」と言いながら岩場の割れ目を探すと、細い水の筋が岩を濡らしていた。全員が水筒に水を補充した。ひんやりと冷たく、砂漠の真ん中で飲む水は格別にうまかった。

 ◇


 夜、白砂の上に毛布を敷いて野営した。


 日が沈むと白砂の海は一変した。砂は急速に冷え、気温が下がる。しかし空が澄み切っていて、星が驚くほどよく見えた。砂漠の空は、フォルク周辺とも霧峰帯とも違う——水平線まで遮るものが何もないため、天球全体が見渡せる。


 「星が近い気がする」とカルツが空を見上げながら言った。


 「白砂が光を反射して、目が星に慣れやすくなるんです」とセルが教えた。「白砂の海は星見の名所とも言われているそうです」


 「知らなかったな。ただ暑い砂漠だと思ってた」


 ミレイが毛布に包まりながら言った。「砂漠ってこういう顔もあるのね。前の砂漠のときは、そんな余裕なかったから」


 「封印解除のときは必死だったからな」とカルツが苦笑いした。


 アキトは星空を見ながら、旅を振り返った。霧の湖、霜の谷、灼熱の岩壁、塩湖、霧峰帯——五つの封印を解いた旅。そしてガドルとの決着、リオンとの和解。海底神殿、大森林の試練——これまでの全てが、今ここに繋がっている。


 「次の試練、何だろうな」とカルツが言った。


 「《古代の記憶》には《時の試練》と記されている。時間に関する何かだと思う」


 「時間……難しそうだな」


 「どんな試練でも、今まで越えてきた」


 「そうだな」とカルツが頷き、毛布に包まった。「まあ、なんとかなるか」


 「その楽観、いつも助かる」


 カルツが笑い、すぐに寝息を立て始めた。アキトも目を閉じた。


 白砂の海の夜は静かで、冷たく、美しかった。


 ◇


 二日目の昼前、白砂の海の中央付近で、砂の中から石が顔を出しているのが見えた。


 最初は一つ、二つ——近づくにつれて数が増え、やがて砂の下に大きな構造物があることがわかった。《深層感知》が強く反応している。


 「ここだ」


 砂を払うと、石畳が現れた。始源の文字が刻まれた入り口が砂に半分埋まっている。四人がかりで砂をどかすと、下に通路が続いていた。


 「砂の下に埋まっていたのか」とカルツが言った。「千年かけて砂に沈んだんだな」


 「それだけ時間が経っている」


 五人は砂をかき分けながら遺跡に降りた。内部は砂が入り込んでいるが、構造は保たれていた。壁の光が薄く遺跡を照らし、始源の文字が読み取れる。


 アキトが《古代の記憶》で入り口の碑文を読んだ。


 ——ここは《時の遺跡》なり。過去を変えることはできない。しかし過去をいかに受け入れるかが、未来を決める。試練は己の過去と和解することにある。


 「過去との和解か」


 ブルスが静かに言った。「それも一つの戦いだ」


 五人は遺跡の奥へと進んだ。白砂の海の地下に眠る、三つ目の試練が待っていた。

 ◇


 遺跡の内部は思ったより広かった。


 砂が積もった床を踏みしめながら進むと、壁に描かれた壁画が見えてきた。人々が集まり、笑い、争い、別れ、また出会う——人の生の営みが描かれている。始源の民は千年前に何を思い、これを描いたのだろうか。


 「きれいな壁画だ」とミレイが立ち止まって眺めた。「描いた人が伝えたかったことがある気がする」


 「人は過去を積み重ねて今があるということかもしれない」とセルが静かに言った。


 「哲学的だな」とカルツが頭をかいた。「俺には難しい」


 「難しく考えなくていい。自分の過去を、自分なりに受け入れればいい——それだけのことだ」


 アキトは壁画の一場面に目を留めた。一人の人間が大勢から離れ、孤独に立っている絵。しかしその人間の周囲には、薄く光の輪が描かれていた。


 孤独に見えて、繋がっている。


 「行こう」


 通路の奥に、また五つの分岐があった。それぞれに名前が刻まれている。今度の試練は——己の過去との和解だ。


 アキトは自分の通路へ踏み込んだ。今度はどんな過去が現れるのか、少しだけ身構えた。しかし同時に——もう怖くないとも思った。恐れを越えた先に、過去との和解がある。


 石の扉が静かに閉じた。


 白砂の海の地下で、三つ目の試練が始まった。

 ◇


 砂漠に夕風が吹き始めたころ、セルが遺跡の外で待ちながら空を見上げていた。


 試練はまだ続いている。しかし不思議と不安はなかった。大森林でも全員が無事に越えた。今回も——きっと越えられる。


 白砂が風に舞い、橙の夕日を受けて金色に光った。遺跡の入り口から、微かに光が漏れている。始源の民が千年前に残したものが、今もここで生きている。


 その不思議さに、セルはそっと手を合わせた。


 五人が揃って遺跡を出るのは、もう少し後のことだ。しかし白砂の海の夕暮れの中で、三つ目の試練は確かに動き始めていた。次回へ続く。白砂が風に運ばれ、遺跡の入り口を静かに覆っていった。千年の時を超えた試練が、今もここにある。

白砂の海編スタート!次回、三つ目の試練へ。応援よろしくお願いします!

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