第60話 恐れと向き合う
大森林の遺跡、第二の試練。五人それぞれが己の恐れと対峙する。
翌朝、遺跡の入り口に五人が揃った。
朝露に濡れた苔が光り、森の鳥が遠くで鳴いている。静かで、穏やかな朝だった。しかし遺跡の奥から届く気配は重く、昨夜より濃い。
「行こう」
アキトを先頭に、五人は通路を進んだ。石壁には始源の文字が続き、《古代の記憶》が断片的に翻訳してくれる——生と死、光と闇、恐れと勇気。相反するものが対になって刻まれていた。
五十メートルほど進むと、通路が五つに分岐した。
それぞれの入り口に、文字が刻まれている。アキトが読み取ると——それぞれに名前が記されていた。アキト、カルツ、ブルス、ミレイ、セル。
「俺たちの名前が……」とカルツが目を丸くした。「始源の民がなぜ俺たちの名を?」
「遺跡に入った瞬間に感知されたのかもしれない。試練は個人ごとに用意されている」
「つまり、一人ずつ入るのか」
「そうなる。制限時間はわからないが——各自、自分の通路へ」
全員が頷いた。アキトは自分の名が刻まれた通路へ足を踏み入れた。
◇
通路の先は、見覚えのある場所だった。
ギルドの一室——追放された日の光景だ。テーブルを挟んでリオンが立っており、他のパーティメンバーが壁際に並んでいる。
「アキト。お前はパーティを脱退してもらう」
リオンの声。あの日と同じ言葉。
これは幻だとわかっていた。試練だとわかっていた。しかしあの日の感覚が、じわりと蘇ってくる。足元が揺れるような、何かが崩れていくような感覚。
——お前の最も恐れるものと向き合え。
アキトは立ち止まった。幻の中のリオンがこちらを見ている。他のメンバーも。誰も助けてくれない、あの沈黙。
恐れているのは、追放そのものではない。
力があっても、また誰かに必要とされなくなること。また一人になること——それが本当の恐れだ。
アキトは深く息を吸った。
「……もう、一人じゃない」
声に出すと、幻が揺れた。リオンの顔が歪み、部屋の輪郭が滲んでいく。
「俺には仲間がいる。その仲間は、俺を必要としてくれている。それは事実だ」
幻が消えた。部屋が光に包まれ、静かになった。
◇
全員が分岐点に戻ってきたのは、ほぼ同時だった。
カルツの目が少し赤い。ミレイは唇をきゅっと結んでいる。セルは静かに目を伏せていた。ブルスはいつも通りの無表情だったが、その目の奥に何かを乗り越えた静けさがあった。
「みんな、無事か」
「無事だ」とカルツが答えた。「きつかったけどな」
「何が見えた?」と聞くのは野暮だと思った。それぞれが向き合ったものは、それぞれのものだ。
「一つだけ聞いていいか」とカルツが言った。「お前は、越えられたか」
「越えられた」
「なら十分だ」
五人は短く頷き合った。それ以上の言葉は必要なかった。
分岐点の先、中央に新しい通路が開いていた。試練を全員が越えたことで、次の扉が開いたのだ。
中に入ると、岬の洞窟と同じように台座があり、光る球体が浮かんでいた。球体の前に石板があり、始源の文字が刻まれている。
《恐れを知る者は強い。しかし恐れを抱えたまま進める者は、もっと強い》
アキトはその言葉を静かに読んだ。
「いい言葉だな」とカルツが言った。「俺には刺さる」
「私にも」とミレイが答えた。
球体に触れると、光が広間を満たした。試練クリアの証として、《記憶の欠片》が五人それぞれの中に宿った——始源の民が残した記憶の断片だ。《古代の記憶》と組み合わせることで、次の遺跡への道標になると感じた。
◇
遺跡を出ると、森の守護者が広場の端に立っていた。五人の姿を見て、静かに頭を下げた。
「試練を見届けてくれていたのか」
守護者は答えない。しかし目に温かさがある。アキトは深く頭を下げた。「ありがとう」
守護者が踵を返し、森の奥へ消えていく。その背中を五人で見送った。
「次は西の砂漠だな」とカルツが言った。「また砂漠か……」
「嫌か?」とミレイが笑った。
「嫌じゃないが、暑いのは覚悟する」
「霧峰帯よりはましよ」
「……それはそうだな」
笑い声が大森林に響いた。守護者が消えた方向で、風が木々を揺らした。二つ目の試練を越えた。残りはあと五つ——それぞれに何が待つかはわからない。しかし今は、この笑い声があれば十分だった。
◇
森を出るまでに半日かかった。帰り道も守護者が先導してくれるかと思ったが、今度は現れなかった。アキトが《深層感知》と《古代の記憶》を組み合わせて方角を確かめながら、慎重に進んだ。
外縁部を抜け、街道に出たときには夕方になっていた。空が橙に染まり、草原の向こうに小さな村の灯りが見える。
「あの村で一泊しよう」とアキトが言った。「明日から西へ向かう」
「西の砂漠か……前回とは違う場所だよな?」とカルツが確認した。
「ああ。前のフォルク周辺の砂漠より西、大陸の端に近い場所だ。《古代の記憶》では《白砂の海》と記されている」
「白砂……雰囲気はよさそうだな」
「昼間は灼熱、夜は凍えるほど寒い。砂漠の性質は同じだ」
「雰囲気だけよかった」とカルツが肩を落とした。
ミレイが「準備はしっかりしましょうね」と言い、セルが「砂漠対策の薬は村で補充できるか確認します」と動いた。ブルスはすでに村への道を歩き始めていた。
アキトは最後にもう一度、東の大森林を振り返った。木々の向こうに守護者の姿はない。しかし森全体が、静かに見送ってくれているような気がした。
二つ目の試練を越えた。《恐れを抱えたまま進める者は、もっと強い》——その言葉を胸に刻みながら、アキトは仲間たちの後を追った。
七つの試練の旅は、まだ続く。
◇
村の宿に泊まり、食事を終えた後、セルが静かにアキトに言った。
「アキト、今日の試練で何を見ましたか。答えたくなければいいのですが」
「……追放された日の光景だ。また一人になる恐れ」
セルが頷いた。「それを越えられたのですね」
「越えられたのは、今は一人じゃないとわかっているからだ。お前たちがいるから」
セルが静かに微笑んだ。「ありがとうございます。私も同じです——孤独が怖かった。でも今は、怖くない」
「それが答えだな」
「そうですね」
窓の外で虫が鳴いていた。森の端の小さな村は、夜は深く静かだ。アキトは目を閉じた。
恐れを抱えたまま進むことができる。それを今日、五人全員が証明した。次の遺跡でどんな試練が待っていても——この仲間たちと一緒なら、越えられる。そう思えた。
白砂の海が、西で待っている。
◇
翌朝、村の入り口でセルが薬草と砂漠対策の薬品を買い込んだ。カルツが「また砂漠の準備をする日が来るとは」と苦笑いし、ミレイが「今度は慣れたものよ」と笑った。
ブルスが西を向き、静かに言った。「行くか」
「行こう」
五人は西へ向けて歩き出した。白砂の海まで、まだ遠い。しかし足取りは軽かった。二つの試練を越えた自信が、確かに体の中にあった。
大森林が朝靄の中に消えていく。守護者はどこかで見ているだろうか——アキトはふと思いながら、前を向いた。
七遺跡の旅は続く。仲間と共に、一歩ずつ。
第60話!記念の節目に感謝です。試練を越えた五人の絆がまた深まりました。応援よろしくお願いします!




