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第59話 東の大森林

七遺跡巡りの旅、第三弾。東の大森林へ向かう五人を待つ試練とは。

 ラーゼを発って東へ四日、道が細くなり始めたころ、遠くに緑の壁が見えてきた。


 東の大森林——エルザ大陸最大の原生林で、内部に踏み込んだ者のほとんどが帰らないと言われる場所だ。外縁部は周辺の村が薬草や木材を採取しているが、深部は未踏のまま地図が白く残っている。


 「でかいな」とカルツが木々の高さを見上げた。「霧峰帯よりも木が高い」


 確かにそうだった。樹高は三十メートルを超え、幹の太さは三人が手を繋いでも回り切れないほどだ。木々の間から差し込む光が薄く、昼間でも森の中は薄暗い。


 「《古代の記憶》で遺跡の位置を確認する」


 アキトが意識を集中させた。森の深部、東へ二十キロほどの位置に遺跡の気配がある。《深層感知》でも確認できた——古く、重く、静かな気配だ。岬の洞窟と同じ属性の反応だった。


 「二十キロか。森の中を歩いて一日か二日かかるな」


 「道はあるのか?」とミレイが問いながら入り口付近を見回した。


 かろうじて踏み跡らしきものがある。しかし人が歩いた跡というより、大型の動物が通ったような形跡だ。


 「注意しながら進もう。《深層感知》で魔物の気配は常に確認する」


 「了解」


 五人は森に踏み込んだ。


 ◇


 森の中は別世界だった。


 外の音が嘘のように静かで、聞こえるのは風が木々を揺らす音と、どこか遠くの鳥の声だけだ。地面は柔らかく、苔が厚く積もっている。踏み込むたびに足元がふかりと沈んだ。


 「気持ちいいな、これ」とカルツが足元を踏みしめながら言った。


 「砂漠の砂と全然違う」とミレイが苦笑いした。


 「どちらが好きか?」とセルが聞いた。


 「こっち。断然こっち」


 アキトは森の空気を感じながら歩いた。《全属性感応》で周囲の属性の流れを探ると、この森は圧倒的に木属性——土属性と風属性が混合した自然の力に満ちている。始源の試練の場所として選ばれた理由がわかる気がした。


 一時間ほど進むと、《深層感知》が反応した。


 「右前方、百メートル。大型が一匹」


 全員が足を止めた。ブルスが静かに斧に手をかける。


 「何の魔物だ?」


 「判別できないが……大きい。Aランク以上の気配だ」

 木々の間から、それが姿を現した。


 巨大な鹿——いや、鹿に似た何かだ。体高は三メートルを超え、全身が深い緑色の毛に覆われている。角は幾重にも枝分かれして、先端に淡い光が宿っている。目は静かで、敵意はない。しかしその存在感は圧倒的だった。


 「《森の守護者》だ」とセルが静かに言った。「伝説上の存在で、大森林に一体だけ棲むと言われています。敵対しなければ襲ってこないはず」


 全員が動きを止めた。守護者はこちらをじっと見ている。


 アキトは《全属性感応》で守護者の気配を感じ取った。土属性と木属性が深く絡み合い、この森そのものと繋がっている。攻撃的な気配はない——しかし試されているような感覚がある。


 守護者がゆっくりと頭を下げた。まるで挨拶のように。


 アキトも静かに頭を下げた。


 守護者が向きを変え、森の奥へ歩き始めた。数歩進んでから、振り返ってアキトを見た。


 「ついてこい、と言っているのか?」


 「……そうかもしれない」とセルが言った。「遺跡へ案内してくれているのでは?」


 五人は顔を見合わせてから、守護者の後に続いた。


 ◇


 守護者は迷いなく森を進んだ。普通なら迷ってしまうような木々の迷路も、守護者の歩く道は自然と開けていく。棘のある茂みが避け、倒木が道を塞いでいた場所も、近づくと木々が静かに傾いて道を作った。


 「森が道を作っている……」とミレイが息を呑んだ。


 「守護者が意思疎通しているんだと思います」とセルが言った。「この森は守護者を中心に動いている」


 三時間ほど歩いたころ、木々が開けた。


 円形の広場——いや、広場ではない。古い石造りの建造物だ。森に覆われてほとんど見えないが、地面の下から石柱が顔を出し、苔に覆われた壁が木々に絡まりながら立っている。二つ目の始源の遺跡だ。


 守護者は広場の前で立ち止まり、またゆっくりと頭を下げた。


 「ありがとう」とアキトは言った。


 守護者は無言で振り返り、森の奥へと消えていった。その後ろ姿が木々に溶けると、ふっと風が吹いた。森が静かになった。


 「遺跡だ」とカルツが石柱に触れながら言った。「こんな場所に隠れてたのか」


 「始源の民が意図的に森の中に置いたんでしょう。守護者が案内役を務めるように設計したのかもしれません」とセルが分析した。


 「守護者を怒らせなくてよかったな」とカルツがほっとした顔で言った。


 「最初から攻撃しなくて正解だったわね」とミレイが相槌を打った。

 ◇


 遺跡の入り口は、地面から突き出した石柱の間にあった。苔を手で払うと、始源の文字が刻まれているのが見える。アキトが《古代の記憶》で読み取ると、こう記されていた。


 ——ここは《生と死の間》の遺跡なり。生きる者は死を知り、死する者は生を知る。試練は己の最も恐れるものと向き合うことにある。


 「己の最も恐れるもの……」とカルツが繰り返した。「怖いやつだな」


 「海底神殿は《七属性との共鳴》だった。今回は《恐れとの対峙》か」


 「俺は何が一番怖いんだろう」とカルツが腕を組んで考え込んだ。「仲間を失うことかな」


 「それは立派な恐れだ」とブルスが静かに言った。


 ミレイが入り口を見つめた。「入る前に確認しておきたいんだけど——みんな、無事に出てこられる?」


 「試練だから死ぬわけではないと思う。岬の洞窟も全員無事だった」


 「でも今回は《恐れと向き合う》。精神的にきつい試練かもしれない」


 「ならなおさら、五人で入る」とアキトは言った。「一人で向き合うより、仲間がいる方が心強い」


 全員が頷いた。


 アキトが入り口に一歩踏み込んだ。《古代の記憶》が静かに反応し、遺跡の奥から温かくも重い気配が届いてくる。


 この試練を越えれば、また一つ前に進める。


 五人は揃って遺跡の中へと歩み入った。苔むした壁に囲まれながら、暗い通路が奥へ続いている。守護者が案内した場所は、確かに次の試練の入り口だった。


 ◇


 野営は遺跡の外、広場の端で行った。今夜はゆっくり休んで、明朝試練に臨む。


 焚き火を囲みながら、カルツが言った。「なあ、お前は何が一番怖い?」


 アキトは少し考えた。


 「仲間を守れなくなること、かな。力があっても、間に合わなかったとき——それが一番怖い」


 「それを言うなよ、怖くなってくる」とカルツが苦い顔をした。


 「お前が聞いたんだろ」


 「そうだけど」


 ミレイが「私は孤独かな」と静かに言った。「誰もいなくなること」


 セルが「私も同じです」と頷いた。


 ブルスは黙っていたが、しばらくして「仲間が笑わなくなること」と言った。全員が少し驚いてブルスを見た。ブルスは「なんだ」という顔をした。


 カルツが「ブルスが一番いいことを言った」と笑い、場が和らいだ。


 焚き火が揺れた。明日の試練が何をもたらすかはわからない。でも今夜は——五人で笑っていた。それだけで十分だった。

大森林編スタート!次回、遺跡の奥深くへ。応援よろしくお願いします!

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