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第63話 北の雪原

七遺跡巡り第四弾。北へ十日の旅を経て、白銀の雪原に四つ目の遺跡が姿を現す。

 北への旅は十二日かかった。


 宿場町を出て、草原を越え、針葉樹の森を抜け、標高が上がるにつれて気温が下がっていった。七日目には雪がちらつき始め、九日目には積雪が膝まで達した。街道は雪に覆われ、踏み跡を頼りに進むしかない。


 「寒い」とカルツが白い息を吐きながら言った。


 「霜の谷を越えた人が言うことか」とミレイが苦笑いした。


 「霜の谷は通り過ぎるだけだった。これは歩き続けながらだ。体感が違う」


 確かにそうだった。アキトは《全属性防護膜》を薄く展開して全員に防寒を施していたが、それでも頬が痛むほどの寒さだ。


 「あと三日ほどで雪原の中心部に入ります」とセルが地図を確認しながら言った。「北端の集落イェルカが最後の補給地点になります」


 「集落があるのか」


 「寒冷地の猟師たちが住んでいます。この時期は閉鎖しているかもしれませんが」


 ◇


 十日目、《イェルカ》に着いた。


 十数軒の小屋が集まった小さな集落で、半数は雪に埋もれていた。しかし煙突から煙が上がっている小屋が三軒あり、住人がいることがわかった。


 ドアをノックすると、毛皮の外套を着た老女が出てきた。外国人の訪問者に驚いた顔をしたが、追い返すことはなかった。


 「こんな時期に南から来るとは物好きな」と老女は言いながら全員を中に招き入れた。「温まっていけ」


 暖炉の前に座ると、一気に体が解けていくような感覚があった。カルツが「極楽だ」と呟いた。


 「北の雪原の奥に用があるのか?」と老女が聞いた。


 「はい。古い遺跡を探しています」


 老女の目が細くなった。「遺跡……《光の柱》のことか」


 「光の柱?」


 「雪原の奥に、時々光の柱が立つんだ。古くからここに住む者は皆知っている。近づいた者は誰も戻らなかった——戻った者が言うには、夢のような場所だったとな」


 「それが遺跡だと思います」


 老女はしばらくアキトを見てから、「気をつけな」と言った。「雪原の魔物は冬になると活発になる。視界も悪い。迷ったら死ぬ」


 「《深層感知》で位置は把握できます」


 「スキル持ちか。なら多少はましだ」


 一晩泊めてもらい、翌朝厚い毛皮の上着を分けてもらった。老女は「代金はいらない。無事で帰れ」と言った。

 ◇


 雪原に踏み込んだのは翌朝だった。


 視界が白く塗りつぶされていた。空も地面も全て白く、どこが地平線なのかわからない。風が雪を横に流し、顔に細かい氷の粒が刺さってくる。イェルカの老女の言った通り、油断すれば方向を見失う。


 「《深層感知》で遺跡の方向は?」とミレイが声を張り上げた。風の音に負けないためだ。


 「北北東、五キロ先。ただし途中に魔物の気配が複数ある」


 「どんな魔物だ?」


 「白い——雪に同化している。おそらく《雪熊》の類だ。Bランク以上」


 「視界が悪い中での戦闘は厄介だな」とカルツが言った。


 「《深層感知》で先行探知する。気配を読んで迂回できるなら迂回する」


 「戦わずに済むなら越したことはない」とブルスが言った。


 五人は慎重に雪原を進んだ。アキトが先頭で気配を探り、魔物の位置を随時伝える。二度迂回し、一度は雪の中に隠れて魔物をやり過ごした。


 「さながら忍者だな」とカルツが小声で笑った。


 「静かにして」とミレイが肘で突いた。


 三時間かけて五キロを進んだころ、前方に光が見えた。


 白い吹雪の中に、青白い光の柱が細く立っている。老女の言っていた《光の柱》だ。遺跡そのものが光を放っているのだと、《古代の記憶》が教えてくれた。


 「あそこだ」


 五人は光に向かって歩いた。近づくにつれて、吹雪が穏やかになっていく。遺跡の周囲だけ、風が静まっている。不思議な静寂が広がった。


 遺跡は氷に覆われた石造りの建造物だった。しかし氷の下から光が漏れており、全体が淡く青く輝いている。入り口の碑文を《古代の記憶》で読んだ。


 ——ここは《繋がりの遺跡》なり。一人では越えられぬ試練がある。五人の心が一つになるとき、道は開かれる。


 「五人の心が一つに……」とカルツが繰り返した。「どうやって?」


 「入ってみればわかるはずだ」


 ◇


 遺跡の内部は意外なほど温かかった。氷の外壁が断熱材の役割を果たしているのだろうか。壁から漏れる青白い光が足元を照らし、奥へ続く通路が見えた。


 今回の通路は一本道だった。大森林や白砂の海は各自の分岐があったが、ここは違う。五人が一緒に進む設計になっている。


 「繋がりの試練だから、一緒に挑む、ということか」とセルが言った。


 「そう思う。今回はバラバラに向き合うんじゃなく、五人で一つの試練を越える」


 ミレイが少し緊張した顔で言った。「それはそれで難しそうね」


 「でも——」アキトは仲間たちを見た。「俺たちは今まで全部一緒に越えてきた。今回もそうすればいい」


 全員が頷いた。五人は横に並んで通路を進んだ。青白い光が足元を照らし、奥へ奥へと続いていく。


 繋がりの試練が、今始まろうとしていた。


 回廊の奥へ進むと、広い円形の空間が現れた。直径二十メートルほどの部屋の中央には、巨大な氷の台座が鎮座している。台座の上には五つの窪みが、花びらのように配置されていた。


「手を置く場所……か」


 レオが呟いた。窪みはそれぞれ人の手の形をしていて、五人分ちょうどある。


「同時に触れる必要があるのだろう」とシルヴィア。「でも、それだけでは済まないはずよ。これまでの遺跡はどれも、表面的な試練の裏に本質があった」


 俺は《深層感知》を発動させた。台座の内部に複雑な魔法陣が刻まれているのが見える。五つの窪みはそれぞれ異なる属性の魔力を要求していた。火、水、風、土、そして——光。


「属性がバラバラだ。それぞれが自分の魔力を流し込む必要がある」


「私は火属性ですね」とリナ。


「水は私が」とシルヴィア。


「風属性なら俺だ」とレオ。


「土は俺でいい」とガルダン。


 残るのは光属性。それは俺——ライトの持つ、かつて『無能』と蔑まれた《光魔法》だった。


「ライト、あなたの出番よ」


 シルヴィアの言葉に、俺は頷いた。かつては役に立たないと笑われた力。だが今、この瞬間、それが五人の鍵となる。


「行くぞ。せーので同時に」


 五人が台座を囲み、それぞれの窪みに手を置いた。


「せーの——」


 五色の光が台座から溢れ出した瞬間、円形の部屋全体が輝きに包まれた。床の魔法陣が次々と起動し、天井の氷が万華鏡のように煌めく。


 そして——深い場所から、声が響いた。


『五つの心、確かに繋がれり。汝らに次なる道を示そう』


 繋がりの試練が、今、完成しようとしていた。


 光の柱が細まり、部屋の奥の壁がゆっくりと開いていく。その先には、また新たな回廊——そして、遠くから暖かな風が流れてきた。雪原の中にあるとは思えない、春の匂い。


「次の場所への道……」


 俺は仲間たちと顔を見合わせた。五人の表情には疲労より、確かな高揚感があった。バラバラだった俺たちが、今日初めて本当の意味で『チーム』になれた気がした。


「行きましょう」とリナが笑った。


「ああ」と俺は答えた。


 五番目の遺跡へ向かう道が、今、開かれた。

北の雪原編スタート!《繋がりの試練》とは何か。次回もお楽しみに!

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