第56話 海底神殿の謎
港町ラーゼで新たな依頼を受諾。未踏の海底神殿へ、五人が挑む。
翌朝、五人はギルドへ向かった。
昨日目に留まった《海底神殿の調査》の依頼書を改めて読む。依頼主はラーゼのギルド自体で、報酬は金貨五十枚。内容は「港の沖合三キロ、水深八十メートルに存在するとされる海底神殿の調査および内部マッピング」とある。
「水深八十メートルか。塩湖より深いな」とカルツが言った。
「でも今回は水中呼吸薬の在庫もあるし、水流操作と圧力軽減のスキルも使える」とアキトは答えた。「問題ない」
「神殿に何があるんだ?」
受付の担当者——四十代の日焼けした男性が説明してくれた。「五年前に漁師の網に引っかかった遺物から、海底に何らかの建造物の存在が確認されました。その後、潜水を試みた冒険者が三組いましたが、全員水中魔物に遮られて辿り着けなかったと報告があります」
「水中魔物の種類は?」
「《深海鮫》と《海蛇》が確認されています。いずれもBからAランク相当です」
「辿り着いた者は?」
「まだ誰も。ただし神殿の外観を遠目に確認した者が一人います。古代の神殿に似た様式で、扉に何か紋様が刻まれていたと」
アキトは思わず《深層感知》を海の方向に向けた。沖合の深い場所——確かに何かがある。人工的な、重く静かな気配だ。
「受けよう」
「本当にいいのか?」とミレイが確認した。
「塩湖でも同じことをした。今回は神殿という探索要素もある。面白そうだ」
「……まあ、私も気になっていたわ」とミレイが素直に認めた。
全員が頷いた。カルツが「よし、海に潜るか!」と声を上げた。
◇
準備に一日かけた。
水中呼吸薬を人数分追加購入し、耐圧加工の潜水装備を港の専門店で調達した。塩湖の経験が活きて、今回は準備がずっとスムーズだった。
船は地元の漁師から借りた。ベテランの老漁師で、神殿の噂に詳しかった。
「あの辺りは潮の流れが複雑でな。うちの親父の時代から、漁師は近づかないようにしていた。何かがいる、という感覚がずっとあったんだ」
「それは今も?」
「ああ。でもお前さんたちなら大丈夫かもしれん」老漁師が五人を見回した。「目つきが違う」
「褒め言葉として受け取っておきます」とセルが丁寧に頭を下げた。
◇
翌朝、船は夜明けとともに港を出た。
穏やかな海面を滑るように進み、三十分ほどで目的の沖合に到着した。老漁師が錨を下ろした。
「ここだ。この真下に神殿があるはずだ」
アキトは《深層感知》で真下を探った。八十メートル下——重く古い気配が確かにある。そしてその周囲に、複数の生き物の反応も。
「深海鮫が四匹、海蛇が二匹。神殿の周囲を回っている」
「番犬みたいなものか」とカルツが言った。
「潜る順番はどうする?」とミレイが聞いた。
「全員一緒だ。バラけると対処が難しくなる。俺が先頭で水流を操作しながら降りる。カルツとブルスが両翼、ミレイとセルが中央後方だ」
全員が水中呼吸薬を飲んだ。微かに苦い液体が喉を通る。二時間の余裕がある。
「行くぞ」
五人は海に飛び込んだ。
◇
水中は青く、静かだった。
光が差し込む浅い層から徐々に深くなると、周囲の青みが増し、見通しが悪くなる。アキトは《光源》を灯しながら《水流操作》で五人の周りの水圧を軽減し、スムーズに降下できるよう水流を制御した。
二十メートル、三十メートルと潜ると、最初の敵が来た。
深海鮫——全長四メートルほどの巨大な鮫で、鱗が深海の暗さに溶け込むように黒い。その目が発光し、五人を捉えた瞬間、鋭い突進をかけてきた。
「来た!カルツ、右!」
カルツが大剣を横薙ぎに振り、鮫の横腹を弾いた。水中では力が削がれるが、封印解除後のカルツの膂力は十分だった。鮫が方向を変えて離れる。
左から二匹目が迫った。アキトが《炎熱弾》——水中では威力が落ちるが、衝撃波として使えば有効だ。爆発的な水圧の波が鮫を弾き飛ばした。
「有効だ!衝撃波で押せる!」
残り二匹はブルスとミレイが対処した。ブルスが斧で一匹を仕留め、ミレイが水中用の短刀で急所を貫いた。
「深海鮫、全滅」
時間を使わずに片付けられた。塩湖での経験が確実に活きている。次は海蛇だ——《深層感知》を向けると、五十メートル付近を二匹が泳いでいた。
海蛇は全長十メートルを超える巨体で、体をくねらせながら高速で移動する。鱗が青みがかった緑で、毒牙を持つという情報があった。
「毒に注意。噛まれたらすぐ言え」とセルが手話のように体で示した。水中では声が届かないため、事前に決めた合図だ。
一匹が大きく迂回してカルツの背後から迫った。アキトが察知して《風刃》——水中では風属性が水圧の刃として変換される。海蛇の胴体に深い傷が入り、動きが止まった。
ブルスがその隙に斧を叩き込んだ。一匹目、沈む。
二匹目はミレイの連射とアキトの衝撃波の合わせ技で追い詰め、カルツが止めを刺した。
「完了」
海蛇も全滅。五人は顔を見合わせ、互いにうなずいた。そして再び下へ——。
六十メートル、七十メートル。光がほぼ消え、《光源》だけが頼りになる。
そして八十メートルの海底に、それが現れた。
巨大な石造りの建造物が、海底の砂の中から姿を現している。柱が六本、正面に広い階段、その奥に大きな扉。扉には複雑な紋様が刻まれていた。古代の言語のような文字が、苔に覆われながらも読み取れる。
アキトは建造物全体を《深層感知》で探った。内部に気配はない。ただ——奥の方に、何か静かなエネルギーが宿っている。魔物ではなく、術式か何かだ。
五人は顔を見合わせた。カルツが「入るか」と身振りで問い、全員が頷いた。
アキトは扉に手を当てた。紋様が淡く光り、重い扉がゆっくりと内側へ開いた。
海底神殿の内部が、静かに五人を迎え入れた。
◇
神殿の内部は、外観から想像したより遥かに広かった。
天井は高く、苔と藻が壁を覆っているが、建造物自体はしっかりとしている。床に積もった砂を足で払うと、幾何学模様のタイルが現れた。中央の通路が奥へと続いており、両側に柱が並んでいる。
水中なのに、不思議と静けさがあった。外の海流がここには届かないのか、まるで時が止まったような空間だ。
アキトは《深層感知》で奥を探った。エネルギーの反応は最奥の部屋から来ている。術式の残滓——誰かがここに何かを残した。
「奥に進もう。罠の反応は今のところない」
全員が頷き、ゆっくりと進み始めた。
通路の壁に絵が刻まれていた。人々が海と共に生き、何かを祀る様子が描かれている。文字も混じっているが、現代のどの言語とも違う古代文字だ。
ミレイが壁の絵を丁寧に手帳に模写していた。「これ、学者が見たら大喜びしそう」
「帰ったら報告書に添付しよう」とアキトは言った。
最奥の扉は小さかった。子供がやっと通れるほどの高さしかない。しかし向こうからエネルギーの反応が確かにある。
アキトが屈んで扉を押すと、簡単に開いた。
中は小さな祭壇のような部屋だった。中央に台座があり、その上に青く光る石が置かれている。台座の周囲に古代文字が刻まれており、光が脈動している。
「これが……神殿に残されたもの」
アキトは石に意識を向けた。《深層感知》が強く反応した。ゼファンの記憶石とは異なる——より古く、より広い記憶が宿っている。大陸の古代史、忘れられた術式、失われた知識……。
「触れてみる」
「気をつけて」とミレイが言った。
アキトが石に手を触れた瞬間、青い光が広がり、祭壇の文字が一斉に輝いた。そして——静かに、光が治まった。
手の中に石が収まっている。暖かく、脈動している。
《古代の記憶》——スキルウィンドウに新たな項目が浮かんだ。大陸の歴史と古代術式にアクセスできる力だ。
これが海底神殿に眠っていたものだった。
海底神殿編スタート!謎と宝が待ち受けます。応援よろしくお願いします!




