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第57話 古代の記憶

海底神殿から帰還。《古代の記憶》が示す驚くべき大陸の秘密とは。

 水中から浮上すると、朝の光が眩しかった。


 船縁に手をかけて這い上がると、老漁師が目を丸くして待っていた。「本当に帰ってきた……しかも全員無事で」


 「心配をかけた」とアキトは言った。


 「心配どころじゃなかった。どうだった、神殿は?」


 「存在を確認した。内部も調査した」


 老漁師が感嘆したように天を仰いだ。「五年越しの謎が解けるな……」


 ミレイが手帳を開いた。壁画の模写、内部の構造図、古代文字の記録——細かく書き留めてある。「これ全部、ギルドに提出します。学者に解析してもらえれば、大陸の歴史に新たなページが加わるかもしれません」


 「すごいもんだ」と老漁師が呟いた。


 ◇


 港に戻り、ギルドへ報告した。


 担当者は報告書とミレイの記録を受け取り、何度も見返した。「これは……本物の海底神殿の記録ですか」


 「ええ。水深八十メートル、柱六本の古代様式の建造物です。内部の最奥に祭壇があり、古代の遺物を回収しました」


 「遺物というのは?」


 アキトは青い石を取り出した。担当者が息を呑む。「これは……魔力を持った石ですね。鑑定が必要ですが、相当な価値がありそうです」


 「俺たちが持っていてよいか?依頼の成果物ではなく、発見物として」


 「依頼書には遺物の帰属については言及がありません。持ち主のいない遺物は発見者のものになります。もちろんです」


 報酬の金貨五十枚を受け取り、ギルドを出た。カルツが「いい仕事だったな」と腕を伸ばした。


 「何かが始まりそうな気がする」とミレイが言った。


 「何が?」


 「あの石——ただの遺物じゃないと思う。アキトの手に渡るべくして渡った気がして」


 アキトは懐の石を握りしめた。温かく脈動している。《古代の記憶》——まだ全てを理解できてはいない。しかしこの石が何かを教えようとしているのは確かだった。

 ◇


 夜、宿の部屋でアキトは石に意識を向けた。


 《古代の記憶》を発動させると、石の中から情報が流れ込んでくる。ゼファンの記憶石とは質が違う——こちらは誰か個人の記録ではなく、大陸全体の歴史が積み重なったような感覚だ。


 最初に見えたのは、この海底神殿が作られた時代のことだった。


 今から千年以上前、エルザ大陸に《始源の民》と呼ばれる人々がいた。彼らは現代人よりはるかに高度な術式技術を持ち、大陸各地に神殿や遺跡を残した。海底神殿はその一つで、水属性の研究拠点だったという。


 そして——《始源の民》の記録の中に、アキトが見たことのない文字で書かれた一節があった。《古代の記憶》が翻訳してくれる。


 『無限の器を持つ者よ、汝が全てを解き放ちし時、次なる扉が開かれん』


 アキトは目を開けた。無限の器——《∞解放》で封印を解いた自分のことだろうか。


 「次なる扉、か」


 石の光が脈動した。何かを伝えようとしている。しかしまだ全てはわからなかった。


 ◇


 翌朝の食事の席で、アキトは昨夜見た記録を全員に話した。


 「《始源の民》?」とカルツが聞いた。「初めて聞く名前だな」


 「千年以上前の話だ。詳しい記録は残っていない」


 「でもその石に記録が残っている」とミレイが腕を組んだ。「『無限の器を持つ者』——それがアキトだとすれば、次なる扉とは何?」


 「わからない。でも《古代の記憶》を使えば、手がかりを探せるかもしれない」


 「どこで?」とセルが聞いた。


 「大陸に残る始源の民の遺跡だ。石の記録によれば、エルザ大陸に七か所ある。海底神殿はその一つ。残り六か所のどこかに、答えがある」


 「六か所か……」とカルツが口笛を吹いた。「また旅が長くなるな」


 「嫌か?」


 「嫌なわけないだろ」とカルツが即答した。「むしろ張り合いが出てきた」


 ブルスが静かに言った。「場所はわかるのか」


 「石を使えば絞り込める。一番近い遺跡は——《古代の記憶》を使うと、南の岬の先にあるようだ。ここから船で半日ほど」


 「では次の目的地はそこだ」とミレイがさっそく地図を広げた。


 新たな謎が、静かに動き始めた。

 ◇


 出発の前に、老漁師に礼を言いに行った。


 「また来るかもしれない」とアキトが言うと、老漁師は「いつでも歓迎だ」と笑った。「お前さんたちのおかげで、五年来の謎が解けた。港の連中みんな喜んでいる」


 「神殿には、今後も人が近づかない方がいい。守護する魔物を倒してしまったから、代わりに騎士団か冒険者に見張りを頼んでほしい」


 「わかった、ギルドに伝える」


 握手をして別れた。カルツが「いい爺さんだったな」と歩きながら言った。「ああいう人が港に一人いると、町が温かくなる」


 「旅先でそういう人に会えるのが、旅のいいところだ」とミレイが言った。


 「哲学者みたいなことを言うな」


 「たまにはいいでしょ」


 セルが小さく笑った。ブルスが先頭を歩きながら、振り返らずに言った。「急ぐぞ。船が出る」


 「あ、待ってくれ!」


 五人が港へ走った。朝の潮風が頬を撫で、カモメが空高く鳴いていた。


 ◇


 船は小型の帆船を借りた。ミレイが意外にも操船の心得があり、セルが風属性の術で補助した。アキトが《古代の記憶》で示される方角を確認しながら舵を取る。


 「こっちだ、南東」


 「了解」とミレイが帆を調整した。


 カルツは船首に座って海風を浴びていた。「気持ちいいな!」


 「落ちるなよ」とブルスが短く言った。


 「落ちるわけないだろ——」


 波に揺れて、カルツがよろけた。ブルスが無言で首根っこを掴んで戻した。


 「……ありがとう」


 「急ぐな」


 アキトは石を握りながら、水平線の先を見つめた。《古代の記憶》が示す遺跡が、その向こうにある。千年前の民が残した答えが。


 始源の民の謎を解く旅が、今始まった。

 ◇


 南東へ四時間ほど進んだとき、岬が見えてきた。


 断崖絶壁の岬で、白い岩肌が海に落ち込んでいる。上部には草が生え、小さな灯台のような建物の廃墟がある。《古代の記憶》の反応はその先——岬の先端を回った場所にある。


 「あそこだ」


 船を岬の岩場に寄せ、上陸した。岩が滑りやすく、慎重に進む。岬の先端を回ると、断崖に大きな空洞があった。高さ五メートルほどの入り口で、中から微かに光が漏れている。


 「自然の洞窟ではないな」とブルスが言った。「石組みの跡がある」


 「始源の民の遺跡だ」


 洞窟の入り口に足を踏み入れると、壁面に発光する文様が刻まれていた。青白い光が内部を照らし、奥へと続く通路が見える。


 「罠の反応は?」とミレイが聞いた。


 「《深層感知》には引っかからない。ただ、奥に一つ、大きな反応がある」


 「魔物か?」


 「違う。術式だ——かなり強力な」


 全員が武器の確認をした。アキトは石を握り、《古代の記憶》に意識を向けた。この遺跡が何の場所か、わかった。


 「ここは始源の民が《試練》を残した場所だ。扉を開く条件がある——無限の器を持つ者が、正面から力を示すこと」


 「つまり戦うのか?」とカルツが言った。


 「おそらく。しかしそれを乗り越えた先に、次の答えがある」


 「なら行くしかないな」


 五人は洞窟の奥へと進んだ。壁の光が強くなり、足元の石畳が輝き始める。遠くから低い振動音が届いてきた。


 アキトは深く息を吸い込んだ。始源の民が千年前に残した試練——どんなものが待っているかはわからない。しかし仲間たちがいる。


 それで十分だった。

古代の謎が動き始めました。次回もよろしくお願いします!

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