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第54話 ガドルとの決戦

《蒼穹の楔》首魁ガドル・メイとの最終決戦。アキトの全力が試される。

 「ゼファンの弟子、か」


 アキトは静かに言った。「俺はゼファン老師から直接教えを受けたわけではない。記憶石を受け取っただけだ」


 ガドルが薄く笑った。「それでも弟子だ。あの老いぼれが最後の力を使って残したものを受け継いだのなら」


 「あなたとゼファン老師は知り合いだったのか」


 「古い友人だった」


 その言葉に、アキトは少し驚いた。ガドルが続けた。


 「五十年前、俺とゼファンは同じ師に学んだ。共に修行し、共に旅をした。しかしある時、俺たちの道は分かれた」


 「なぜ」


 ガドルは椅子から立ち上がり、窓の外を見た。廃砦の向こうに、朝の光が広がっている。


 「俺は力を欲した。どんな手段を使っても、世界の頂点に立てる力を。ゼファンはそれを止めようとした。俺は聞かなかった」


 「禁術の縛りを使い始めたのは、その頃からか」


 「ある組織に捕まり、縛りをかけられた。そこから逃げるために、同じ術を学んだ。逃げた後——俺はその術を他者に使い始めた」


 「なぜ同じことを繰り返す」


 ガドルが振り向いた。目に複雑な光がある。


 「孤独だったからかもしれん。縛られた者は逃げられない。傍に置いておける。……愚かだとわかっている」


 重い沈黙が落ちた。リオンが後ろで小さく息を呑む気配がした。


 「ゼファン老師はあなたを止めたかった。でも老師はもういない」とアキトは言った。「だから俺が止める」


 「止められると思うか」


 「やってみなければわからない」


 ガドルが静かに杖を持ち直した。その瞬間、室内の空気が変わった。

 「下がれ」とアキトは後ろの六人に言った。


 全員が後退し、廃砦の広間に移動する。アキトだけが前に残った。


 ガドルが術を発動させた。全属性の魔力が室内に渦巻き、石壁が震える。圧力が肌を押してくる——これまでのどの相手とも違う密度だ。


 「《全属性感応》——」


 アキトは即座にスキルを発動させた。ガドルの術の流れが手に取るように感じ取れる。炎、氷、雷、風、土、水、光、闇——全ての属性が複雑に絡み合って術が構成されている。


 「読める」


 アキトは《全属性防護膜》を最大出力で展開した。ガドルの第一波が打ち込まれる——光と炎が混合した爆発的な術だ。防護膜が受けきり、熱波だけが頬を撫でた。


 「ほう」とガドルが目を細めた。「全て受けきるか」


 「あなたの術の構造は読んでいる。後手には回らない」


 「では——これはどうだ」


 ガドルが杖を床に叩きつけた。廃砦の石床が割れ、地下から属性のエネルギーが噴き出してくる。単一の術ではなく、砦全体を術式として使う——広域魔術だ。


 「《深層感知》——」


 地下に張り巡らされた術式の構造が見えた。起点は三か所。同時に崩せば連鎖が断ち切れる。


 「カルツ!左の柱!ブルス、右!俺は中央!」


 「了解!」


 三人が同時に動いた。カルツが大剣で左の柱を叩き割り、ブルスが斧で右を破砕し、アキトが《炎熱弾》の集中砲火で中央の起点を焼き払った。


 轟音。術式の連鎖が断ち切れ、床から噴き出したエネルギーが霧散した。


 ガドルが初めて表情を崩した。「……連携まで使うか」


 「一人で戦うつもりはない」


 仲間がいる。それがアキトの最大の武器だ。

 ◇


 戦いは二十分続いた。


 ガドルの術は多彩で強力だった。単一の攻撃を防いでも、次の瞬間には別の属性で別の角度から来る。しかし《全属性感応》がある限り、アキトの目には全ての術の起点と軌道が見えていた。


 ミレイの矢がガドルの右肩を掠め、動きが鈍った。その隙にブルスが間合いを詰め、斧の腹でガドルの杖を弾き飛ばした。


 ガドルが後退し、壁に背をつけた。杖なしでも術は使えるが、出力が大幅に落ちる。


 「……参った」


 老人が静かに両手を上げた。


 室内が静まり返った。カルツが「終わったか?」と小声で言った。


 ガドルはゆっくりと床に座り込んだ。疲れ果てた顔だった。しかしどこか——憑き物が落ちたような表情でもあった。


 「お前たちに負けたのではない」


 静かに言った。「もう終わりにしようと思っていた。誰かに止めてもらうのを、待っていたのかもしれない」


 リオンが前に出た。縄を持っていたが、それを使わずにガドルの前に立った。


 「あんたが俺に術をかけた」


 「ああ」


 「苦しかった」


 「……そうだな」


 「謝れとは言わない。でも、もう誰にも同じことをするな」


 ガドルは長い間黙っていた。それからゆっくりと頷いた。「……わかった」


 セルが静かに前に出た。「縛りの解除が必要な方が他にいれば、教えてください。できる限り助けます」


 ガドルが目を細めた。「……お前たちは変わった連中だ」


 「よく言われます」とセルが微笑んだ。


 ◇


 廃砦の外に出ると、騎士団が待機していた。ガドルを引き渡すと、騎士団長が敬礼した。


 「《蒼穹の楔》の首魁確保を確認しました。大陸中の支部は今日中に解体の手配をします」


 「縛りを受けた被害者の救済も必要です。セルに術の記録を渡しますので、各地の治療師に共有してください」


 「承知しました」


 アキトは振り返った。七人が廃砦の前に立っている。朝の光が全員を照らしていた。


 「終わった」


 カルツが大きく息を吐いた。「本当に終わったな」


 「ゼファン老師、見ていてくれましたか」


 アキトは小さく空を見上げた。青い空が広がっていた。老師が「よくやった」と言ってくれているような気がした。

 ◇


 王都に戻る道中、リオンがアキトの隣を歩いた。


 「これからどうする?」とアキトは聞いた。


 「しばらく王都で療養する。後遺症が完全に消えるまでは無理に動けない」


 「そうしろ」


 「お前たちは?」


 「次の旅に出る。目的地はまだ決めていない」


 リオンが少し間を置いてから言った。「……俺も、いつかまた旅に出たい。お前たちとではなくていい。自分のペースで」


 「それがいい」


 「追いつけるとは思っていないぞ。お前の強さに」


 「追いつく必要はない。お前はお前のペースで行けばいい」


 リオンが短く笑った。「お前、昔より口がうまくなったな」


 「仲間のおかげだ」


 「そうか」


 リオンはそれ以上は何も言わなかった。しかし歩く速度が少しだけ軽くなったような気がした。


 ◇


 王都の宿に戻り、七人で昼食を囲んだ。


 食事の途中でカルツが言った。「なあ、次はどこへ行く?」


 「まだ決めていない。候補はいくつかある」


 「南の海はどうだ。まだ行ったことがない」


 「いいね」とミレイが顔を上げた。「温かい場所に行きたかった」


 「砂漠より暑くなるかもしれないけれど」とセルが笑った。


 「砂漠はもういい」とカルツが首を振った。全員が笑った。リオンだけが「砂漠?」と首を傾けたが、誰かが「長い話がある」と言うと諦めた顔をした。


 《蒼穹の楔》との戦いが終わった。ゼファン老師の願いを果たした。アキトの旅は、また新しい形で続いていく。


 青い空の下、笑い声が宿の食堂に溢れた。それで十分だった。

《蒼穹の楔》編クライマックス!次回で決着です。応援よろしくお願いします!

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