第53話 決着の前夜
王都の戦いが終わり、残る幹部四人の行方が判明。最後の決着が近づく。
王都での待機は三日続いた。
騎士団が他の都市の幹部を追い、情報が少しずつ王都に集まってくる。アキトたちは宿に拠点を置き、報告を待ちながら装備の整備と体の回復に時間を使った。
二日目の午後、リオンが宿を訪ねてきた。
食堂の隅に腰を下ろし、アキトと向き合った。カルツたちは気を利かせて席を外した。
「少し話せるか」
「ああ」
リオンは両手でカップを包むようにして持ちながら、視線を落とした。
「俺が追放を決めたのは、パーティのためだと思っていた。戦力にならない人間がいれば、全員の足を引っ張ると。あの時はそれが正しい判断だと信じていた」
「聞いてる」
「でも……本当のことを言えば、お前が羨ましかったのかもしれない」
アキトは少し驚いて、リオンを見た。
「羨ましい?スキルがなかった俺を?」
「スキルじゃない」とリオンは静かに言った。「お前は弱くても腐らなかった。ギルドで雑用をしながら、それでも諦めていなかった。俺はAランクを目指しながら、ずっと焦っていた。焦りが、判断を歪めた」
アキトは何も言わなかった。リオンの言葉を、ただ聞いた。
「《蒼穹の楔》に近づいたのも焦りからだ。近道を求めた。その結果がこれだ」
リオンが苦く笑った。自嘲のような笑みだった。
「これからどうするつもりだ」とアキトは聞いた。
「わからない。縛りは解けたが、禁術の後遺症で今の俺の実力は以前の半分もない。Aランクどころか、Cランク相当まで落ちている」
「セルにもう一度診てもらえ。時間はかかるかもしれないが、回復できるかもしれない」
「……なぜそこまで」
「お前が前に進んだ方が、俺にとっても気持ちがいい。それだけだ」
リオンは長い間黙っていた。やがて小さく「ありがとう」と言った。
◇
三日目の夕方、騎士団から報告が届いた。
「残る幹部四人のうち、三人を別の都市で確保しました。しかし最後の一人——組織の首魁と思われる人物が、いまだ行方不明です」
「首魁の名は?」
騎士が書状を読み上げた。「《蒼穹の楔》を設立した人物で、名をガドル・メイという男です。年齢は六十代。魔術師として高い実力を持ち、接触した者が全員組織に取り込まれてきた張本人とされています」
「居場所の見当は?」
「王都近郊に隠れているという情報があります。しかし詳しい場所は——」
「俺が探す」
アキトは《深層感知》を最大出力で展開した。王都の中、その外、近郊の森や廃墟——意識を広げていく。異質な気配、警戒を張り巡らせた重い感覚を探して。
三分後、反応があった。
「北西、王都から一時間ほどの廃砦だ。一人でいる。ただし——強い。記憶石に記録されていた通りなら、これまでで最も手強い相手になる」
「行くのか?」とカルツが聞いた。
「ああ、明朝に出る。今夜は最後の準備をしよう」
◇
その夜、六人で食事をした——リオンも含めて。
「俺も来る」とリオンが言い出したのは食事の途中だった。
「後遺症が残ってるんじゃないのか」とカルツが眉をひそめた。
「セルに診てもらった。戦力にはならないかもしれないが、動けないほどじゃない」
「リオン、無理するな」とアキトは言った。
「無理じゃない。俺もあの組織の被害者だ。ガドルには言いたいことがある」
全員が黙った。それからカルツが肩をすくめた。「……まあ、仕方ないな」
「ブルス、お前は?」とミレイが聞いた。
ブルスは無言でリオンを一瞬見てから、アキトを見た。「問題ない」
それで決まった。七人で、明朝出発する。
リオンが静かに言った。「今度は足を引っ張らない」
「引っ張ったとしても俺たちがカバーする」とセルが微笑んだ。
リオンが少し目を丸くして、それから小さく「……変なパーティだ」と呟いた。
◇
夜、アキトは部屋で記憶石を握りしめながら、ガドル・メイの記録を改めて確認した。
設立から十五年。組織の被害者は百人を超える。禁術の縛りを受けた者の多くは、回復までに数年かかる。中には戻れなかった者もいた。
ゼファン老師が「止めてほしい」と言った理由が、改めてわかった。
ガドルはただの権力欲の男ではなかった。記録によれば、彼もかつて力を求めて別の組織に取り込まれ、禁術の縛りを受けた過去がある。その苦しみを経験しながら、なぜ同じことを他者にするのか——記憶石の記録には、その答えは書かれていなかった。
「明日、聞けるかもしれない」
アキトは石を懐にしまった。倒すだけが目的ではない。理由を聞いた上で、止める。それがゼファン老師の願いに応えることだとアキトは思っていた。
◇
部屋をノックする音がした。開けるとカルツが立っていた。
「眠れないのか」
「少し考えていた」
カルツが廊下に並んで壁にもたれた。「ガドルとやら、強いんだろ」
「記憶石の記録では、全属性魔術に精通した老術師だ。正面からの攻撃は全て防がれる可能性がある」
「じゃあどうする」
「《全属性感応》と《深層感知》を組み合わせれば、相手の術の構造を先読みできる。後手に回らなければ負けない」
「お前がそう言うなら信じる」とカルツがあっさりと言った。
アキトは少し笑った。「根拠は?」
「これまで全部乗り越えてきたからだ。霧の湖も、岩壁も、塩湖も——その全部にお前は勝った。なら明日も同じだろ」
アキトは黙った。シンプルな論理だが、それが妙に力になった。
「ありがとう」
「礼はいらん。明日の飯の心配をしろ。空腹で戦うと俺は弱い」
「覚えておく」
カルツが軽く手を振って自分の部屋に戻っていった。アキトはその背中を見送り、深く息を吸った。
明日が来れば、全てが終わる。終わらせる——そのための力は、今の自分の中に確かにある。
静かな王都の夜が、ゆっくりと更けていった。
◇
翌朝、七人は夜明けとともに宿を出た。
王都の北西門を抜け、街道を外れた野道を進む。朝露に濡れた草が靴を湿らせ、冷たい空気が頬を撫でた。一時間ほど歩くと、丘の向こうに廃砦の輪郭が見えてきた。
かつては砦として機能していたのだろうが、今は石壁が崩れ、木の扉も腐り落ちている。しかし《深層感知》には、その奥にはっきりと気配が宿っていた。
「いる。奥の塔の中だ」
「罠は?」とミレイが周囲を見回しながら聞いた。
「術式が三か所に仕掛けられている。左の崩れた壁、正門の前、奥の通路——回避ルートを指示する」
「頼む」
七人はアキトの誘導で罠を避けながら廃砦の内部へ進んだ。足音を消し、気配を最小限に抑える。リオンは後方でミレイの隣に位置し、慎重に動いていた。
奥の塔の扉の前で、アキトは立ち止まった。
扉の向こうに、老人の気配がある。動いていない。待っている——おそらくこちらが来ることを知っていたのだろう。
「ゼファン老師の記憶石があることも、バレているかもしれない」
「それでも行くか」とブルスが静かに言った。
「行く」
アキトは扉に手をかけた。深く息を吸い、押し開ける。
薄暗い室内に、一人の老人が椅子に座っていた。白い長衣——ゼファンとは異なる、黒い縁取りの衣だ。皺深い顔に、静かな目をしている。
老人がゆっくりと口を開いた。
「来たか、アキト・シルヴァ。……ゼファンの弟子よ」
決着の時が来た。
《蒼穹の楔》との最終決戦が迫ります!次回もよろしくお願いします!




