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第51話 夜明け前の奇襲

いよいよ《蒼穹の楔》への奇襲作戦が始まる。五人、それぞれの持ち場で動き出す。

 夜明けの一時間前、王都の路地は静まり返っていた。


 五人は三手に分かれて所定の位置についた。カルツが《緑雨堂》の表通り側、ブルスが裏口の路地、アキト・ミレイ・セルが抜け道の出口となる廃屋側だ。


 合図は《光球》を三秒点灯させること——アキトが出すまで誰も動かない。


 アキトは廃屋の影に背を預け、《深層感知》で地下の気配を確認した。五人全員が地下にいる。夜が深い時間帯は見張りも少なく、動きが鈍い。今が好機だ。


 「セル、念のため回復術の準備を」


 「はい、いつでも」


 「ミレイ、抜け道の出口から誰かが出てきたら先制で動いてくれ」


 「任せて」


 アキトは深く息を吸った。全属性防護膜を薄く纏い、《気配遮断》を解除する。ここからは速度と制圧力が全てだ。


 《光球》を三秒——。


 ◇


 合図と同時に、三方向が動いた。


 カルツが表の扉を蹴破り、ブルスが裏口の錠前を斧で叩き割る。アキトは《風刃》で廃屋の床板を吹き飛ばし、地下通路の入り口を剥き出しにした。


 「《蒼穹の楔》に告ぐ——包囲した。抵抗するな」


 地下から怒声と金属音が響いた。驚いた気配が一斉に動き出す。逃げようとした二人が抜け道に向かったが、ミレイの矢が足元に突き刺さり、足が止まった。


 「次は外れない」


 静かな声で言うと、二人がその場で両手を上げた。


 カルツが表から、ブルスが裏から地下へ突入する。アキトも廃屋側から降りた。地下室は思ったより広く、木箱が積まれ、中央に机と椅子が並んでいた。


 五人のうち三人が武器を構えて向かってきた。


 「《氷結場》」


 アキトが床を凍らせると、三人の脚が止まった。カルツが大剣の腹で一人を弾き飛ばし、ブルスが残り二人の武器を叩き落とした。十秒とかからなかった。


 「全員制圧」とブルスが静かに言った。

 五人を縛り上げたところで、アキトは部屋を見回した。机の上に書類が散らばっている。ざっと目を通すと、組織の構成員リスト、依頼記録、金の流れが書かれていた。


 「証拠書類がある。全部回収しろ」


 ミレイが手際よく書類を纏め始めた。セルが捕えた五人に拘束術をかけ直す。カルツが「あっさり終わりすぎじゃないか」と呟いた。


 「これは支部の末端だ。幹部はここにいない」


 アキトは書類の一枚を手に取った。そこに組織の上位構成員の集合場所が記されている——王都の第一区画、貴族街にある屋敷だ。


 「本拠点は別にある。貴族街だ」


 「貴族街……」とミレイが眉をひそめた。「表向きは貴族として活動しているのか」


 「そういうことになる。厄介だな」


 縛り上げた一人が、震える声で言った。「お前たち……《蒼穹の楔》に逆らって無事でいられると思うなよ。幹部が動けば、お前たちなど——」


 「その幹部を次に訪ねる」


 アキトが静かに遮ると、男は黙った。


 ◇


 夜明けとともに、縛り上げた五人を王都のギルドへ引き渡した。書類も一緒に提出すると、ギルドマスターが目を丸くした。


 「《蒼穹の楔》の支部を……一夜で?」


 「支部だけです。本拠点は第一区画にあります。王都の騎士団に動いてもらえますか」


 「わかった。しかし第一区画は貴族の管轄になる。すぐには動けないかもしれない」


 「時間をください。俺たちが先に動きます」


 ギルドマスターが難しい顔をしたが、最終的に「協力する」と言った。


 ギルドを出ると、朝の光が王都を照らしていた。カルツが大きく伸びをした。「さて、貴族街か。場違いだな」


 「着替えた方がいいかもしれない」とミレイが苦笑いした。


 「気合いで乗り切る」


 「そういう問題じゃないわよ」


 セルが「私が適切な服を見繕います」と言い、全員がセルを頼もしそうに見た。

 ◇


 午後、五人は服を新調して第一区画へ向かった。


 貴族街は第三区画とは別世界だった。石畳は磨かれ、並木が整然と並び、馬車が静かに行き交っている。すれ違う人々は上等な服を着ており、冒険者風の五人はどうしても浮いた。


 「やっぱり場違いだ」とカルツが小声で言った。


 「黙って歩いて」とミレイが肘で突いた。


 目標の屋敷は通りの奥にあった。三階建ての石造りで、正門に紋章が刻まれている——表向きは「ヴェルナー商会」という貿易商の屋敷だ。


 アキトは立ち止まり、《深層感知》を向けた。屋敷の中に多数の気配がある。使用人らしき反応と、それとは明らかに異なる強い気配が数人——幹部クラスだ。


 そしてもう一つ。


 廊下の奥、二階の一室に感じる気配——アキトには覚えがあった。


 「いる」


 声が、わずかに固くなった。


 「リオンが、あの屋敷にいる」


 カルツが静かに拳を握った。ミレイが「……そう」と短く言った。ブルスは無言で屋敷を見つめた。セルがアキトの横顔をそっと窺った。


 アキトは屋敷の正門を見据えた。怒りではない。しかし向き合わなければならない。ゼファン老師の願いのためだけでなく——かつて同じ場所に立っていた者として。


 「行こう」


 五人は並んで、貴族街の石畳を踏みしめた。

 ◇


 屋敷の正門前で、門番が二人立ちふさがった。


 「ヴェルナー商会への御用は?アポイントメントはおありですか」


 「ない。しかし急用だ」


 アキトが冒険者証を示した。門番の目が細くなる。


 「冒険者の方には——」


 「緑雨堂が今朝制圧された。その報告に来た」


 門番の顔色が変わった。一瞬だけ、確かに変わった。


 「……少しお待ちください」


 一人が屋敷の中へ走った。アキトは《深層感知》で内部の気配が動き出すのを感じた。逃げようとしている気配が一つ、二つ——しかし全方向を確認すると、裏口にはすでにブルスが回っていた。


 数分後、屋敷の正門が開いた。


 「どうぞ、お入りください」


 出てきたのは、四十代ほどの上品な男だった。穏やかな笑みを浮かべているが、目が笑っていない。《深層感知》が警告を発している——この男が幹部の一人だ。


 「ようこそ、冒険者の皆さん。話を聞きましょう」


 男が促す奥の部屋へ歩きながら、アキトは意識を研ぎ澄ませた。二階の気配は変わらない。リオンはまだそこにいる。


 応接室に通され、全員が椅子に座った。男が向かいに腰を下ろし、静かに言った。


 「緑雨堂の件は残念でした。しかし我々は正当な商会です。何か誤解があるのではないですか」


 「誤解ではない」


 アキトは机の上に、今朝回収した書類の写しを置いた。組織の構成員リスト——そこに目の前の男の名前も記されていた。


 男の笑みが、わずかに崩れた。


 「さて、話しましょうか」


 アキトは静かに言った。「《蒼穹の楔》の全てを」

 ◇


 男は観念したように息を吐いた。


 「……どこまで知っている」


 「組織の構成、拠点、目的。ゼファン老師の記憶石から得た情報だ」


 男の目が揺れた。「ゼファンが……まだ生きていたのか」


 「亡くなりました。しかし彼の意志は俺たちが引き継いでいる」


 重い沈黙が続いた。カルツが静かに大剣の柄に手をかけ、ブルスが男の逃げ道を無言で塞いでいた。


 やがて男が口を開いた。「……わかった。話す」


 全てが動き始めた瞬間だった。しかし二階のリオンの気配が、静かにこちらへ近づいてきていた。アキトはそれを感じながら、正面の男を見据え続けた。


 次の対話が、すぐそこまで来ている。

緑雨堂突入!次回、リオンとの対面が迫ります。応援よろしくお願いします!

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