第48話 天雷獣と深淵の糸
黒鉄竜を倒した翌朝、天雷獣・深淵蜘蛛との戦いが続く。最深部への道が開ける。
夜明けとともに五人は動き出した。
焚き火の残り火を踏み消し、装備を整える。カルツの打撲はセルの治療でほぼ回復していたが、念のため動きを確認してから出発した。
「今日の目標は天雷獣と深淵蜘蛛を片付けて、最深部に近づくことだ」
「《深層感知》で位置は?」
「天雷獣は北西、二百五十メートル。深淵蜘蛛の群れは最深部手前の洞窟の中だ。天雷獣を先に倒して、それから蜘蛛の群れに当たろう」
「了解」と全員が頷いた。
北西へ進むにつれて、空気が帯電し始めた。肌がじりじりとする感覚がある。毛が逆立つような静電気が空中を走っている。
「近いな」とカルツが言った。
「五十メートル先。岩陰に潜んでいる」
◇
天雷獣は、見た目は大型の獅子に似ていた。しかし全身の毛が白く輝き、常に微弱な雷が体表を走っている。四本の脚が地面を蹴るたびに、接地面から青い火花が散った。
「速い。黒鉄竜より動きが素早い」
アキトが《深層感知》で動きを追いながら言った。天雷獣は黒鉄竜のような重厚さとは対照的に、俊敏さで戦う魔物だ。
「雷属性攻撃は防護膜で受ける。近距離戦はなるべく避けてくれ」
「了解、遠距離から崩す」とミレイが弓を構えた。
天雷獣がこちらに気づいた瞬間、閃光のような速さで突進してきた。
「来た!」
アキトは《全属性防護膜》を最大出力で展開した。天雷獣が体当たりしてきた瞬間、膜が弾いて衝撃を受け流す。しかし想定以上の出力だった——腕に痺れが走った。
「これは……強い」
「アキト!」
ミレイの矢が天雷獣の横腹を射抜いた。しかし天雷獣は怯みもせず、今度はカルツへ向かって跳躍した。
「くっ——!」
カルツが大剣で受けようとしたが、天雷獣の速度が速すぎて軌道を読み切れない。肩口を爪で掠め、弾き飛ばされた。
「カルツ!」
「大丈夫だ、骨は折れてない!」
天雷獣の速度に対抗するには、動きを封じるしかない。
「《氷結場》を展開する。足元を凍らせて動きを止める——三秒だけ止まれ!」
全員がその場で動きを止めた。アキトが《氷結場》を広範囲に展開すると、地面が瞬時に凍りつく。天雷獣の四本の脚が氷に捕らわれ、動きが止まった。
たった三秒。しかしそれで十分だった。
「ブルス!」
ブルスが全力疾走で間合いを詰め、凍った天雷獣の喉元に斧を叩き込んだ。雷が逆流するように走り、ブルスの腕が焦げる。それでも手を離さなかった。
二撃目で、天雷獣が力を失って倒れた。
「……熱い」とブルスが腕を見下ろした。焦げ跡が手首まで走っている。
「すぐ治します!」セルが駆け寄った。
「天雷獣、撃破。消耗は大きいが問題ない」
アキトは《深層感知》で深淵蜘蛛の位置を確認した。洞窟の入り口付近で群れをなしている。数は……十二匹。
「深淵蜘蛛は十二匹、洞窟の中にいる。毒に注意しながら各個撃破する」
「了解」
◇
洞窟の中は暗く、狭かった。
深淵蜘蛛は全長一メートルほどの大型の蜘蛛で、全身が漆黒だった。八本の目が暗闇の中で鈍く光り、脚の先から毒液を滴らせている。糸を天井から垂らして待ち伏せるのが得意な魔物だ。
「上にも注意しろ。天井から落ちてくる」
アキトが《光源》で洞窟を照らすと、天井に三匹がへばりついているのが見えた。
「三匹上、九匹前方。ミレイ、上を頼む」
「任せて」
ミレイの矢が連続で天井の三匹を射落とした。前方の九匹が一斉にこちらへ向かってくる。
カルツが大剣を横に薙いで二匹を弾き飛ばし、ブルスが正面の一匹を踏み潰した。アキトは《炎熱弾》の連射で後方の群れを焼いた。
セルが毒を受けた仲間に解毒術を素早くかける——ミレイの足に一匹が噛みついていた。「大丈夫です、すぐに処置します」
「ありがとう!」
五分後、洞窟の中の深淵蜘蛛は全滅していた。
「十二匹、完了」とカルツが息を吐いた。「毒だけが厄介だったな」
「セルがいてよかった」とミレイが足を動かしながら言った。「痺れが残ってるけど、歩ける」
洞窟を抜けると、道が開けた。
前方に、これまでとは違う空間が広がっている。岩山に囲まれた、広い円形の窪地。そこに立つだけで、重く大きな気配が全身を包んだ。
「ここが……最深部か」
アキトは静かに言った。《深層感知》が強く反応している。謎の存在は、この窪地の中心にいる。
◇
窪地の中心に、一人の人影があった。
老人だった。白い長衣をまとい、長い杖を地面についている。髪も髭も白く、年齢は見当もつかない。目を閉じて静かに立っており、まるで最初からそこにいたかのような佇まいだった。
「……人間か?」とカルツが呟いた。
「気配が違う」とブルスが静かに言った。「普通の人間じゃない」
アキトは《深層感知》で老人を探った。深く、広く、底知れない——この気配は先ほどまで感じていた「想定外の存在」だ。
老人がゆっくりと目を開いた。その目は澄んでいて、何百年もの時を見てきたような静けさがあった。
「来たか」
低く穏やかな声が窪地に響いた。「ずいぶん時間がかかったな、アキト」
全員が息を呑んだ。アキトは一歩前に出た。
「俺のことを知っているのか」
「知っている」
老人が静かに微笑んだ。「五つの封印を作ったのは、この儂じゃ」
沈黙が落ちた。
カルツが目を丸くした。ミレイが息を呑む。ブルスは無言で老人を見つめ、セルが静かに口を押さえた。
アキトは老人の目を見据えたまま、口を開いた。
「なぜ俺に封印を?」
老人は答える前に、もう一度静かに笑った。その笑みには、長い年月の重みがあった。
「話せば長くなる。まずは座れ。……お前たちも、遠慮するな」
窪地の岩に、いつの間にか石の椅子のようなものが並んでいた。まるで最初から準備されていたかのように。
アキトは仲間たちと顔を見合わせた。それから、静かに腰を下ろした。
封印の謎が、今ここで解かれようとしていた。
◇
老人は静かに話し始めた。
「儂の名はゼファン。かつてこの大陸で最も多くのスキルを持つと言われた術師じゃった」
「かつて……?」
「今はただの老いぼれよ。しかしお前が生まれたとき、儂にはわかった。この子は途方もない力を持って生まれてきた、と」
アキトは黙って聞いた。
「スキルとは、使う者の器に合わせて育つものじゃ。しかしお前の器は、生まれながらに大きすぎた。幼い頃に全てが開放されれば、制御できずに壊れていた。だから儂は封印を作った。段階を踏んで、少しずつ解放されるように」
「俺を守るために……」
「そうじゃ。お前が成長し、仲間を得て、自らの力で封印を解いていく——それが儂の描いた道だった」
カルツが口を開いた。「じゃあ最初から全部計画されてたのか?追放も?」
「追放は想定外じゃった」とゼファンが静かに言った。「人の愚かさまでは計算に入れられぬ。しかしお前は追放されても折れなかった。それはお前自身の力じゃ」
アキトは長い間、黙っていた。怒りがないわけではない。何も知らされずに生きてきたことへの戸惑いもある。しかし——
「ありがとうございます」
声に出すと、不思議と腑に落ちた。「おかげで、今の俺がある」
ゼファンが目を細めた。その目が、初めて柔らかくなった。
「……よく育った」
窪地の上の空が、夕焼けに染まり始めていた。長い話はまだ続く。しかしアキトの胸の中で、ずっと引っかかっていた何かが、静かに解けていくのを感じた。
次回いよいよ最深部へ!謎の存在との対面が近づいています。応援よろしくお願いします!




