第47話 黒鉄竜との激闘
魔獣の巣窟中央部へ突入。Sランク魔獣《黒鉄竜》との決戦が始まる。
岩峰を越えた瞬間、空気が変わった。
重く、濃く、獣の息吹が混じった空気が全身を包む。足元の岩は黒ずみ、所々に深い爪痕が刻まれていた。大型の魔物が縄張りを主張した跡だ。
「ここが中央部か」
カルツが大剣を両手で構え、周囲を見回した。外縁部とは明らかに違う緊張感がある。
「《深層感知》で確認する。……黒鉄竜、前方二百メートル。二匹が並んでいる」
「並んでるってことはペアか。同時に相手するのはまずいな」とミレイが眉をひそめた。
「一匹ずつ誘き出せるか?」とカルツが聞いた。
「やってみる。《風刃》を一匹だけに当てて注意を引く」
アキトは岩陰に身を潜め、遠距離から《風刃》を放った。鋭い風の刃が岩を削りながら飛び、黒鉄竜の一匹の肩口に当たった。
低い唸り声。そして地響き。
一匹が、こちらに向かってくる気配がした。もう一匹は動かない。
「引き付けた。来るぞ、全員構えろ」
◇
黒鉄竜が岩陰から姿を現した。
全長二十メートルを超える巨体。全身を覆う鱗は漆黒で、金属のような光沢を放っている。四本の脚が地面を踏みしめるたびに岩が砕け、太い尾が空気を唸らせた。目は赤く、こちらを見据えている。
「でかい……」
カルツが思わず呟いた。それでも足は止めなかった。
「ブルス、左から!カルツ、正面から注意を引け!俺は上から崩す!」
「了解!」
カルツが大声を上げながら正面に躍り出た。黒鉄竜の注意がそちらへ向く。その隙にブルスが左側へ回り込み、斧を振りかぶる。
アキトは《水流操作》で自分の体を持ち上げ、上空から《全属性砲》を竜の背に叩き込んだ。炎・水・風・土・雷、全属性が混合した一撃が直撃し、黒い鱗が数枚剥がれ飛んだ。
竜が怒りの咆哮を上げた。地響きがするほどの声だ。
「効いてる!続けろ!」
ミレイが矢に《風刃》の術を纏わせ、剥がれた鱗の隙間を正確に射抜く。セルが全員の傷を随時回復しながら、体力管理を続ける。
戦闘は激しかった。
黒鉄竜は単純に力押しするだけでなく、尾を薙いで広範囲を薙ぎ払い、口から黒い炎を吐いた。黒炎はアキトの《全属性防護膜》でも完全には防ぎきれず、カルツの篭手に焦げ跡が残った。
「熱い!でも動ける!」
「退くな、押し込め!」
ブルスが竜の左後脚の付け根に斧を叩き込んだ。硬い鱗に阻まれながらも、分厚い筋肉まで刃が届く。竜が体を傾け、バランスを崩した。
その瞬間を逃さず、アキトが真上から《氷炎転換》を発動した。極限まで圧縮した炎と氷を交互に叩き込むことで、急激な温度差が鱗を内側から砕く——霜の谷で習得した技の応用だ。
黒鉄竜の胴体に亀裂が走った。
「今だ!カルツ!」
「任せろ!」
カルツが跳躍し、大剣を両手で握り締め、亀裂の真上に全体重を乗せて叩き込んだ。金属を叩き割るような轟音。
黒鉄竜がゆっくりと崩れ落ちた。地面が揺れ、砂埃が舞い上がる。
静寂。
「……一匹目、倒した」
カルツが荒い息のまま言った。全員が肩で息をしている。
「まだ二匹目がいる。態勢を整えろ」
アキトが《深層感知》で確認すると、もう一匹の黒鉄竜は同じ位置にいる。こちらの戦闘音に反応して動き始めている気配があった。
「来るぞ。セル、全員の傷を急いで」
「はい!」
セルが素早く全員に回復術をかける。三十秒もしないうちに、二匹目の黒鉄竜が岩を砕きながら現れた。一匹目より一回り大きい。おそらくこちらが雄だ。
「大きい方か……やるぞ!」
カルツが吠えた。
◇
二匹目との戦いは、一匹目より長引いた。
体が大きい分、力も速さも上だった。尾の一撃でカルツが吹き飛ばされ、岩に叩きつけられた。セルの回復術がなければそれだけで戦闘不能になっていただろう。
「カルツ!」
「生きてる……ぜんぜん平気だ!」
強がりだとわかったが、立ち上がった。それだけで十分だ。
アキトは戦いながら冷静に分析した。一匹目と同じ手は通用しない。鱗が厚く、《氷炎転換》だけでは亀裂が入らない。
「属性を変える。《全属性砲》を連続で当てて、鱗を内側から熱膨張させる」
「どのくらい時間がかかる?」
「三十秒、竜を足止めしてくれれば十分だ」
「任せろ!」
ブルスとカルツが同時に竜に挑みかかった。二人がかりで注意を引き、ミレイが矢で目を狙って攪乱する。その間にアキトは《全属性砲》を七連続で竜の腹に叩き込んだ。
七発目で、竜が動きを止めた。内側から熱膨張した鱗が一気に弾け飛ぶ。
「今だ、ブルス!」
ブルスが渾身の力で斧を振り下ろした。鱗のない腹部に深々と刃が刺さる。竜が低く唸り、ゆっくりと倒れた。
二匹目の黒鉄竜も、地に伏した。
◇
岩陰に身を寄せ、全員で回復を取った。
カルツの脇腹に大きな打撲があり、セルが時間をかけて治療した。ブルスの右腕にも竜の爪による裂傷がある。ミレイは体力の消耗が激しく、膝をついて息を整えていた。
「Sランクは伊達じゃないな」とカルツが笑いながら言った。「でも倒せた」
「二匹連続は想定外だった。次はもう少し余裕を持って戦う」
「天雷獣と深淵蜘蛛がまだいるな」とブルスが言った。「今日はここまでにするか?」
アキトは《深層感知》で最深部の気配を確認した。変わらず、重く大きな存在感がある。
「今日はここで野営しよう。体力を戻してから次に進む」
「賛成」とミレイが即座に言った。
夕暮れが近づき、空が橙色に染まっていた。魔獣の巣窟の中央部——ここで一夜を過ごすのは普通の冒険者には考えられないことだ。しかし今の五人には、それができる。
「見張りは二時間交代にしよう。最初は俺が——」
「私がやります」とセルが静かに言った。「アキトさんは今日一番消耗しています。まず休んでください」
「……わかった、頼む」
焚き火が小さく灯り、黒鉄竜の巣窟の夜が静かに始まった。最深部の気配が、じっとこちらを感じ取っているような気がした。
◇
夜半、アキトは目が覚めた。
見張りはブルスの番だった。焚き火の傍に座り、静かに周囲を見張っている。アキトは毛布から抜け出して隣に座った。
「眠れなかったか」
「少し考えてた。最深部の気配のことを」
ブルスは黙って続きを待った。
「魔物じゃない気がする。でも人間でもない。何かもっと別のものだ」
「……封印を作った者と関係があるのか」
アキトははっとした。考えていなかったわけではないが、ブルスに言われると急に現実味を帯びた。
「かもしれない。封印の目的が保護だったとすれば、それを作った者がここで待っている可能性は……ある」
「なら答えが見つかるかもしれないな」
ブルスが静かに言った。感情を表に出さないが、それでも気にかけていることが伝わった。
「ありがとう、ブルス」
「礼はいらない。寝ろ。明日も戦いがある」
アキトは横になった。今度はすぐに眠気が来た。焚き火が静かに燃え、巣窟の夜が更けていく。
最深部の謎が、明日には少し解けるかもしれない。そう思うと、不思議と心が落ち着いた。
黒鉄竜戦決着!次回は天雷獣との戦いへ。応援よろしくお願いします!




