第46話 魔獣の巣窟へ
封印編が終わり、新章スタート。次なる目的地は最凶の魔物たちが棲む《魔獣の巣窟》。
霧峰帯を後にした五人は、北東へと向かった。
《魔獣の巣窟》——正式な地名ではなく、冒険者たちがそう呼ぶようになったのがいつしか定着した場所だ。エルザ大陸の北東端、険しい岩山が連なる一帯に、Sランク相当の魔物が複数生息している。討伐依頼は何度か出されたが、成功した例はほとんどない。
「本当に行くのか、その場所に」
馬車の中でミレイが地図を広げながら言った。赤い印がついた場所は、地図の端の方にある。周囲に街や村の記載がほとんどない。
「行くと決めた」とカルツが即答した。
「Sランク魔獣が複数いるのよ?封印が解けたからって、無敵になったわけじゃないでしょ」
「アキトがいる」
「私に全部任せる気か」
「頼もしい仲間がいると言いたかった」
ミレイが眉を上げると、カルツが少し慌てて付け加えた。「もちろん俺たちも戦う。当然だ」
アキトは窓の外を見ながら言った。「行く前に、近くの街で情報を集めよう。無策で突っ込むつもりはない」
「それが聞けてよかった」とミレイがため息をついた。
セルが地図を覗き込んだ。「巣窟の手前に《ガルダ》という街があります。冒険者の拠点になっているようで、情報が集まりやすいかもしれません」
「そこへ先に寄ろう」
馬車がゆっくりと揺れる。道の両脇に森が続き、木々の間から薄く光が差し込んでいた。
◇
ガルダの街に着いたのは三日後だった。
小さいが活気のある街だった。冒険者風の人間が多く、武具屋や宿屋が軒を連ねている。街の入り口には「魔獣の巣窟への立入は推奨しない」という看板が出ていた。
冒険者ギルドに入ると、カウンターの奥の壁に大きな地図が貼られていた。巣窟の位置と、これまでに確認された魔物の種類が書き込まれている。
「《黒鉄竜》に《天雷獣》、《深淵蜘蛛》か……」
カルツが地図を見ながら口を開いた。どれもSランク相当の魔物だ。
受付の女性が近づいてきた。「巣窟の情報をお探みですか?」
「ああ。できるだけ詳しく教えてほしい」
女性は少し眉をひそめた。「先月も三つのパーティが挑戦しましたが、全員撤退しています。ランクはどちらですか?」
アキトが冒険者証を見せた。女性の目が少し丸くなった。
「Aランクですね……それでも十分注意してください。先月撤退したパーティの中にもAランクの方がいました」
「どこまで入れたんだ?」
「外縁部までです。入り口から二キロほどで黒鉄竜の縄張りに入り、引き返すことになったと聞いています」
「内部の構造は?」
女性は奥から冊子を取り出した。「これが現在わかっている範囲の地図です。外縁部は比較的Bランク相当の魔物が多いですが、中央部に近づくほど強力な魔物が増えます。最深部は未踏のままです」
アキトは冊子を受け取り、ざっと目を通した。
「外縁部と中央部の境界はどのあたりだ?」
「この岩峰を越えた先です。越えた瞬間から魔物の質が変わると、撤退者が全員証言しています」
「参考になった、ありがとう」
カウンターを離れ、四人のもとへ戻った。ミレイが小声で言った。「どうだった?」
「外縁部はそこまで問題ない。問題は中央部以降だ。でも《深層感知》があれば、魔物の位置と数を事前に把握できる。無闇に突っ込まなければ対処できるはずだ」
「作戦を立てるわね」とミレイが腕を組んだ。「今夜、宿で情報を整理しよう」
◇
その夜、五人は宿の食堂で地図と情報を広げた。
「まず外縁部でウォームアップしながら《深層感知》で内部を探る。中央部への進入は慎重に、一歩一歩確認しながら行こう」
アキトが方針を示すと、全員がうなずいた。
「黒鉄竜は正面から戦うより、弱点の腹側を狙った方がいい」とブルスが静かに言った。「斧で下から叩ければ、一撃で仕留められる可能性がある」
「天雷獣は雷属性を使う。《全属性防護膜》で防げるか?」とカルツが聞いた。
「防げる。ただしかなり出力が必要になる。長期戦は避けたい」
「深淵蜘蛛は毒を持つ」とセルが付け加えた。「解毒薬を多めに持っていきましょう。私の回復術でも対処できますが、時間がかかります」
「明日の朝一番で薬品を補充しよう」
ミレイが各自の役割をまとめ、簡単な作戦図を描いた。五人それぞれが意見を出し合い、一時間かけて基本方針が固まった。
「よし、準備は整った」とカルツが立ち上がった。「あとは寝るだけだ」
「その切り替えの早さは美徳だと思う」とミレイが苦笑いした。
◇
翌朝、薬品と消耗品を補充してから街を出た。
ガルダの北東、森を抜けて一時間ほど歩くと、景色が変わった。木々の密度が増し、地面が黒ずんだ岩肌になる。空気が重く、獣の臭いが混じっている。
「ここからが外縁部か」
カルツが大剣を背から外して手に持った。全員が戦闘態勢に入る。
アキトは《深層感知》を発動させた。周囲の気配が一気に流れ込んでくる。前方百メートルに三つの反応。左側の岩陰に一つ。後方は今のところクリアだ。
「前方に三匹、左に一匹。Bランク相当の気配だ」
「数と位置がわかるのはありがたいな」とカルツが言った。「案内頼む」
「ゆっくり前進する。左の一匹を先に処理しよう」
五人が静かに動き始めた。封印が全て解かれた今、アキトのスキルは以前より格段に精度が上がっている。《深層感知》の範囲も広くなり、より遠くまで気配を読み取れるようになっていた。
岩陰に回り込み、待ち構えていた魔物——大型の岩蜥蜴が飛びかかってくる前に、アキトの《炎熱弾》が直撃した。一撃で倒れた。
「早い」とブルスが短く言った。
「スキルの出力が上がってる。以前より威力が出せる」
「それは心強い」とセルが言った。
前方の三匹も、カルツとブルスが挟み撃ちにして片付けた。外縁部の魔物は強くはあるが、五人の連携の前では歯が立たない。
「調子がいいな」とカルツが笑った。
「気を抜くな。中央部はこの比じゃない」とミレイが釘を刺した。
アキトは前方に意識を向けた。《深層感知》の先に、重く大きな気配が感じ取れる。岩峰の向こう——中央部の領域だ。
黒鉄竜の気配が、確かにそこにあった。
◇
外縁部をさらに進み、岩峰の手前で一度立ち止まった。
「《深層感知》で中央部を探る。少し時間をくれ」
アキトが目を閉じ、意識を遠くへ伸ばした。岩峰の向こう——重く、黒く、巨大な気配が複数ある。黒鉄竜が二匹。天雷獣が一匹。深淵蜘蛛の群れが奥の方に。
さらに奥、最深部の方角には——何かがいる。これまで感じたことのない、底知れない気配だ。巣窟の魔物たちとも違う、人智を超えた何かの存在感。
アキトは目を開いた。
「どうだった?」とミレイが聞いた。
「予想通りの配置だ。黒鉄竜が二匹、天雷獣が一匹、深淵蜘蛛の群れ。ただ——最深部に、想定外の気配がある」
「想定外?」
「大きい。巣窟の魔物たちとは質が違う。何者かはわからないが、近づけばわかるはずだ」
全員が沈黙した。カルツが口を開いた。「それって、危ないやつか?」
「わからない。でも無視はできない」
「なら確かめに行くしかないな」
ブルスが岩峰を見上げ、静かに言った。「進むぞ」
五人は岩峰を越え始めた。足元から伝わる振動が増す。空気が変わった。
魔獣の巣窟の中央部へ——本当の戦いが、今始まろうとしていた。
新章開幕です!Sランク魔獣との戦いが近づいています。応援よろしくお願いします!




