第44話 霧峰の守護者
いよいよ最後の封印へ。霧の山中で五人が直面する最大の試練。
霧の中の夜明けは静かだった。
鳥の声もなく、風の音もない。ただ白い霧が淡く光り、木々の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。アキトは起き上がり、《深層感知》で封印の位置を確認した。昨夜より近い。もう半日もかからないはずだ。
「みんな、起きろ。出発する」
全員が素早く動いた。長い旅の中で、朝の支度は手際よくなっていた。食事は行動食で済ませ、荷物を整えて山道へと踏み出す。
霧の中の山道は険しかった。足元の岩が濡れて滑りやすく、傾斜も急だ。それでも五人は黙々と登り続けた。カルツが先頭で道を切り開き、ブルスが後衛を固める。ミレイとセルが中央で互いの様子を確認しながら進んだ。
「この霧、自然のものじゃないな」
一時間ほど登ったところで、アキトが立ち止まった。《全属性感応》で周囲を探ると、霧の中に薄い属性の乱れがある。意図的に作られた霧だ。
「結界の一種か?」とミレイが聞いた。
「封印が周囲の環境を変えているんだと思う。近づくにつれて濃くなってきている」
「なら正しい方向に進んでるってことだ」とカルツが言った。「行くぞ」
◇
さらに一時間登ったとき、霧が急に晴れた。
目の前に、広い岩場が広がっていた。直径五十メートルほどの円形の平地で、中央に巨大な岩柱が天を突くように立っている。高さは十メートルを超え、表面には古代文字のような紋様が刻まれていた。全体が淡く白く光り、近づくだけで全身に圧力を感じる。
「あれが……最後の封印」
アキトは息を呑んだ。《深層感知》が強く反応している。これまでの四つとは比べものにならない密度だ。
「何層あるんだ?」とカルツが聞いた。
アキトは意識を伸ばして封印の構造を読もうとした。だが——
「読めない。近くに行かないと把握できない。それだけ複雑だ」
「それって、つまり」
「十三層以上かもしれない」
全員が沈黙した。霧の湖が五層、霜の谷が七層、岩壁が九層、塩湖が十一層——順当に増えれば、十三層だ。
その沈黙を破ったのは、岩柱の奥から響いてきた低い唸り声だった。
岩場の端から、それが姿を現した。
全長十メートルを超える巨大な白い竜——いや、竜に似た何かだ。鱗はなく、全身が霧のように半透明で、淡く発光している。四本の脚は岩をつかみ、長い首の先についた頭が五人をゆっくりと見下ろした。その目には瞳がなく、ただ白い光だけが宿っていた。
「……でかい」
カルツが珍しく声を詰まらせた。
「《霧峰の守護者》だ」とミレイが地図の端に書かれた注釈を見ながら言った。「まさかこれが実在したとは」
「封印の番人か」とブルスが静かに言い、斧を構えた。
守護者が首を持ち上げ、口を開く。霧が渦を巻き、岩場全体に広がった。視界が一気に白くなる。
「散るな!声で位置を確認しながら動け!」
アキトが叫んだ。《全属性感応》で守護者の位置は感じ取れる。しかし仲間たちには見えていない。
「カルツ、右前方十メートル!」
「了解!」
大剣が霧を切り裂き、守護者の前足に当たった。金属音ではなく、霧を叩いたような鈍い音がした。傷がついたかどうかさえわからない。
「効いてるのか?」
「体が霧でできている。物理攻撃は通りにくいかもしれない」
セルが素早く判断した。「属性攻撃を試してください!」
アキトは《炎熱弾》を放った。白い霧の体に炎が当たり、その部分が一瞬かき消えた。しかしすぐに霧が補充されて元に戻る。
「属性は効く。でも再生が早い」
「じゃあ同時に複数箇所を攻撃すれば?」とミレイが言いながら矢に風の術を纏わせて放った。
炎と風が守護者の胴と頭を同時に叩く。今度は再生が間に合わなかった。守護者が低く唸り、後退した。
「行ける!」
◇
戦いは三十分続いた。
守護者は知性があった。単純に突進するのではなく、霧を濃くして視界を奪い、死角から攻撃してくる。カルツが右肩を爪で引っかかれ、ミレイが霧の渦に巻かれて転倒した。
それでも五人は崩れなかった。
アキトが《全属性感応》で位置を伝え続け、ブルスが盾役に徹し、セルが切れ目なく回復術をかける。ミレイの精密射撃が急所を射抜き、カルツが大技で守護者の動きを止める——それを繰り返すうちに、守護者の発光が少しずつ弱まっていった。
「もう少しだ、押せ!」
カルツの一撃が守護者の首に決まった。守護者が静かに崩れ、霧に溶けるように消えていく。
岩場に静寂が戻った。
「全員無事か」
アキトが確認すると、「かすり傷だけだ」とカルツが肩を押さえながら言った。セルがすぐに回復術をかける。
「あれが番人か……強かった」とミレイが息を整えながら言った。「封印が解けたら、また現れるのかな」
「守護者の役目は封印を守ることだったはずだ。封印が解ければ、もう現れないと思う」
「そうだといいけど」
ブルスが岩柱を見上げた。守護者が消えた今、岩柱の光は以前より穏やかになっている。まるで来るのを待っていたかのように、静かに佇んでいた。
「アキト、封印の構造は読めるか?」
改めて《深層感知》と《全属性感応》を組み合わせて意識を向けた。封印の層が一枚一枚、はっきりと見えてくる。
「十三層だ。やはり」
「やれるか?」
アキトは岩柱を見上げた。十三層——これまでで最も多い。消耗も最大になるだろう。しかし。
「やる。これが最後だ」
カルツが大きく頷いた。ミレイが静かに目を閉じてから開いた。セルが両手を組んで祈るように頷く。ブルスは無言で、しかし確かにアキトを見ていた。
アキトは岩柱へと歩みを進めた。最後の封印が、目の前にある。
◇
岩柱に両手を当てた瞬間、全身に震えが走った。
これまでの四つとは比べものにならない圧力だ。封印が意思を持っているかのように、アキトの意識を押しのけようとしてくる。
一層目——分厚い。霧の湖の一層目の三倍はある。
それでも手を離さなかった。全属性感応で流れを読み、深層感知で構造を把握しながら、一本一本糸をほどいていく。
二層、三層、四層——汗が額から顎へ伝い、岩の上に落ちた。
「アキト!」ミレイの声。「顔色が悪い、大丈夫!?」
「……まだいける!」
声に出すと決めていた。黙ったままでは、また心配をかける。
五層、六層。手の感覚がなくなってきた。体が岩柱の属性に引きずられているような感覚がある。
七層、八層——視界が歪んだ。
「限界が近いなら言え!」カルツの声が鋭い。
「あと半分だ……離れない!」
九層、十層。膝が笑い始めた。それでも意識だけは繋いだまま、封印の奥へと分け入っていく。
十一層、十二層——
「《全属性解放》——!」
アキトは残った全ての力を叩き込んだ。十三層目が、音もなく崩れた。
岩柱が白く輝き、光が四方へ広がる。霧が一瞬で晴れ、青い空が頭上に広がった。
アキトは膝をついた。体に力が入らない。しかし意識は鮮明だった。
スキルウィンドウに、静かに文字が浮かんだ。
《∞解放》——全てのスキルの制限が解除される。
五つの封印が、全て解かれた。
次回、ついに最後の封印解除へ!クライマックス目前です。応援よろしくお願いします!




