第43話 北への旅路
四つの封印を解いた五人、いよいよ最後の封印へ向かう旅が始まります。
塩湖を発ったのは翌朝だった。
白い塩の大地を後にして、五人は北へ向かった。最初は草原が続いていたが、半日も歩くと地面が固くなり、低い丘が増えてきた。北の山脈はまだ遠く、霞んで見えるだけだった。
「《深層感知》で今も感じ取れるか?」
ミレイが歩きながら聞いた。
「ああ。北の方角、ずっと同じ位置にある。ぶれていない」
「距離は?」
「感覚的に……五日か六日分の距離だ。山に入ってからも時間がかかるかもしれない」
「長い旅ね」とミレイが息をついた。「でも、最後だもの。じっくり行きましょう」
カルツが大きく伸びをした。「俺は長い旅は嫌いじゃないぞ。宿の飯さえうまければな」
「野宿も多くなるぞ」とブルスが言った。
「……それは少し嫌だ」
セルが小さく笑った。
◇
二日目は森に入った。北に向かうほど木々が増え、陽の光が葉の間から細く差し込む薄暗い道が続く。足元は根が張り出して歩きにくいが、砂漠の灼熱に比べれば涼しくて快適だった。
道中、《深層感知》が微弱な反応を拾った。封印の気配ではなく——何かが隠れている気配だ。
「待て、右の茂みに何かいる」
アキトが手を上げると、全員が足を止めた。ブルスが静かに斧に手をかける。
茂みがざわりと揺れ、中から現れたのは小さな子供だった。
年は十歳前後。ぼろぼろの服を着て、頬に傷がある。怯えた目でアキトたちを見上げていた。
「……迷子か?」
カルツが腰をかがめて優しく声をかけた。子供はびくりと震えたが、逃げなかった。
「おじさんたち、冒険者?」
「そうだ。怖くないぞ」
「村が……魔物に襲われて。みんな逃げたけど、俺だけはぐれた」
五人は顔を見合わせた。
◇
子供の名はレン、十一歳だと言った。北の森の外れにある小さな村の出身で、二日前から魔物の群れが村に押し寄せ、住民は森の奥に逃げ込んだという。
「村はどのくらい先だ?」
「ここから……一時間くらい」
ブルスが黙ってアキトを見た。封印を目指すなら、寄り道になる。しかしアキトはすでに決めていた。
「行こう。村の様子を確認する」
カルツがレンに向かって笑いかけた。「安心しろ。俺たちが一緒に行ってやる」
レンの目が少しだけ緩んだ。
◇
村に近づくと、遠くから唸り声が聞こえてきた。《深層感知》で気配を探ると、村の周囲に十数匹の魔物が集まっているのがわかった。オークの一種——Cランク相当だが、数が問題だ。
「十四匹。散らばってる」
「問題ない」とブルスが静かに言った。
「レン、ここで待ってろ。終わったら呼ぶ」
カルツがレンを木の根元に座らせ、五人は村へ向かった。
戦闘は短かった。アキトが《炎熱弾》と《風刃》で遠距離から崩し、カルツとブルスが前衛で押さえ、ミレイの矢が的確に急所を射抜く。セルが全員の状態を管理しながら後方支援に徹した。十分もかからず、十四匹は全滅した。
村の住民が恐る恐る姿を現した。老人、女性、子供——逃げ遅れた人々が、家々の陰から出てきた。
「助けてくれたのか……」
老人が涙ぐみながら言った。「旅の方々に、なんとお礼を申し上げればいいか」
「礼は結構です。レンという子供を保護しています。連れてきます」
セルが丁寧に答えた。老人はレンの名を聞いて「おお!」と声を上げ、村の奥へ呼びかけた。
すぐに一人の女性が駆け出してきた。レンの母親らしく、彼女はレンを見つけるなり泣きながら抱きしめた。レンも最初は「はずかしい」という顔をしていたが、やがて母の背に腕を回した。
その光景を、アキトは少し離れたところから見ていた。
「いい顔してるな」
カルツが隣に並んで言った。
「何が?」
「お前の顔だよ。追放されたころの顔と全然違う」
アキトは答えなかった。でも、そうかもしれないとは思った。
◇
村に一泊させてもらうことになった。住民たちは持てる限りのもてなしをしてくれた。素朴だが温かい食事、干し草を詰めた寝床——砂漠の野営や塩湖の岸と比べれば、十分すぎるほどだった。
食後、レンがアキトの隣に来て座った。
「お兄さんたち、どこへ行くの?」
「北の山に用がある」
「山の奥?あそこは危ないよ。村の大人たちが近づくなって言ってる」
「何かいるのか?」
レンは少し考えてから言った。「じいちゃんが言ってた。昔から山の奥には《眠れる力》があって、時々唸り声みたいなのが聞こえるって。魔物じゃないけど、何か大きなものがあるって」
アキトは静かに頷いた。《深層感知》で感じ取っていた気配——あの重く凝縮した感覚と、一致する。
「教えてくれてありがとう。参考になった」
「……気をつけてね」
レンが真剣な顔で言った。子供らしくない、まっすぐな目だった。アキトは少し笑って答えた。
「ああ、気をつける」
◇
翌朝、村を出た。住民たちが見送りに出てくれた。レンも手を振っている。
「いい子だったな」とカルツが言った。「ああいう子供を見ると、守るべきものがあるって実感する」
「同感だ」
アキトは北を向いた。《深層感知》が静かに反応している。封印の気配は変わらず、北の深い山の中に宿っていた。
三日目の旅が始まった。山脈の稜線が、少しずつ大きくなってきている。
最後の封印まで、あと少し。五人の足取りは、揃っていた。
◇
四日目、山の麓に着いた。
目の前に迫った山脈は圧倒的だった。霧に包まれた峰が幾重にも重なり、その奥に何かが眠っている気配がひしひしと伝わってくる。登山道らしき細い踏み跡が、岩肌の間をくねりながら上へ続いていた。
「ここから山に入るのか」
カルツが見上げながら言った。「なかなかの迫力だな」
「霧が濃い。視界が悪くなる」とブルスが観察した。
ミレイが地図を確認した。「この山脈に名前はついていないみたい。地図には《霧峰帯》とだけ書かれてる」
「《深層感知》で封印の方向は?」とセルが聞いた。
アキトは意識を集中させた。重く、冷たく、古い気配が山の奥から届く。五つの封印の中で最も強く、最も深い感覚だった。
「あの霧の向こう、山の中腹より上にある。おそらく明日の午前中には辿り着ける」
「よし」とカルツが拳を握った。「最後の封印だ。気合い入れていくぞ」
「入れすぎて空回りするなよ」とミレイが釘を刺した。
「わかってるって」
五人は山道の入り口に立った。霧が流れ、冷たい風が吹き下ろしてくる。どこか神聖な静けさがある場所だった。
アキトは深く息を吸い込み、一歩踏み出した。最後の封印が待っている。どんな試練が来ても、この仲間たちと一緒なら乗り越えられる。
霧の中へ、五人は進んでいった。
夜、山の中腹で野営した。霧の中の焚き火は幻想的で、煙が白い霧に溶けて消えていく。
「明日で最後か」とカルツが呟いた。
「そうだな」
「終わった後、何が変わると思う?」
アキトはしばらく考えた。封印が全て解ければ、体にかかっていた制限が完全に消える。スキルはより強く使えるようになるはずだ。しかしそれより——
「お前たちと旅を続けられる、ということが変わらなければいい」
カルツが黙った。それからにやりと笑った。
「お前も言えるようになったな、そういうこと」
「うるさい」
笑い声が霧の中に溶けていった。明日、最後の戦いが始まる。
次回、最後の封印の地に到着します。クライマックスまでもう少し!応援よろしくお願いします!




