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第42話 塩湖の底へ

四つ目の封印、いよいよ水中決戦。塩水鱗魚との戦いが始まります。

 夜明けとともに五人は目を覚ました。塩湖の水面が朝日を受けて金色に光り、息を呑むほど美しかった。しかしその美しさの奥に、重く冷たい封印の気配が潜んでいることを、アキトは知っていた。


 「水中呼吸薬、一本ずつ飲んでおけ」


 アキトが瓶を配ると、全員が無言で受け取り口にした。微かに塩気のある液体が喉を通る。これで二時間は水中でも呼吸できる。


 「武器と装備を確認しろ。水中では動きが鈍くなる。無駄な動きをするな」


 ブルスが短く言い、全員がうなずいた。


 アキトは《水流操作》を発動させ、五人の周囲の水圧を軽減するフィールドを展開した。深く潜るほど圧力は増す。このスキルがなければ、五十メートル下では体が押しつぶされてしまう。


 「潜るぞ」


 五人は水に入った。塩湖の水は透明で、岸辺では底まで見通せた。しかし十メートルも潜ると光が薄れ、青みが増す。二十メートルを超えると、周囲はほぼ深い青に染まっていた。


 ◇


 三十メートル付近で、それらが現れた。


 全長三メートルほどの巨大な魚が、三方向から滑るように迫ってくる。鱗が塩の結晶を纏ったように白く輝き、その眼は黄金色だった——《塩水鱗魚》だ。


 「来た!」


 カルツが水中で大剣を構えた。しかし陸上とは勝手が違う。水の抵抗が動きを殺し、踏み込みが使えない。それでも体格と力任せに剣を振るい、一匹の突進を弾いた。


 ブルスが斧を横に薙ぎ、鱗に深い傷を入れる。塩水が赤く染まった。


 「数が増えるぞ!」


 ミレイが叫んだ。血の匂いに引き寄せられたのか、暗い水の中から新たな影が幾つも浮かび上がってくる。


 「アキト、先に進め!俺たちが抑える!」


 カルツの声が水中に響いた。アキトは一瞬躊躇したが、うなずいた。封印を解くことが最優先だ。


 《水流操作》で自分の周囲の水流を操り、魚の群れをかわしながら深く潜る。四十メートル、四十五メートル——水圧が増し、光がほぼ消えた。アキトは《光源》のスキルで淡い光を灯しながら進んだ。


 そして五十二メートルの底に、それはあった。


 湖底の泥の中に半分埋まった、滑らかな石柱。表面が青白く脈動している——《水封柱》だ。前の三つとは素材が違う。水属性の封印は、より繊細に絡み合っているように感じた。


 「十一層か……」


 予想通りだった。一つずつ、着実に解いていくしかない。

 両手を水封柱に当てた瞬間、冷たさが全身を突き抜けた。水属性の封印は炎とも氷とも違う——じわじわと浸透するような、静かな抵抗感がある。


 一層目、二層目と意識を沈めていく。全属性感応のおかげで、封印の構造が以前より素早く読めた。水の流れの中に織り込まれた封印の糸を、一本一本丁寧にほどいていく。


 四層目を抜けたとき、頭上で大きな水流が起きた。カルツたちが戦っている。鈍い衝突音が水を伝わって届く。


 集中しろ。


 五層、六層、七層。指先の感覚が薄れ始めた。水圧のせいか、それとも封印の抵抗のせいか。《圧力軽減》のスキルを強化し、意識を封印に繋ぎ止める。


 八層、九層。視界が揺れた。水中で消耗すると、陸上より早く限界が来る。


 「もう少し——!」


 泡が口元に浮かんだ。十層目を引き千切るように解除し、最後の一層に触れる。


 十一層目——水封柱が激しく脈動した。封印が抵抗し、水の流れが渦を巻いてアキトを押しのけようとする。しかし手を離さなかった。足を踏ん張り、全力で意識を押し込む。


 轟音。


 水封柱が静かになった。


 ◇


 浮上したアキトを、四本の腕が引き上げた。


 「生きてるか!」


 カルツの声。アキトは湖面で仰向けになりながら、荒い息を吐いた。空が青い。眩しい。


 「……生きてる」


 ミレイが隣で膝をついた。「顔色が真っ青よ。大丈夫?」


 「大丈夫だ。ちゃんと解除できた」


 セルがすぐに回復術をかけた。冷えた体に温かさが戻ってくる。


 スキルウィンドウに新たな文字が浮かんでいた。


 《深層感知》——水中・地中・空中など、あらゆる媒体の奥深くにある気配や構造を感知する力。


 「四つ目、か」


 ブルスが静かに言った。「残りは一つだな」


 「ああ」


 アキトは空を見上げたまま答えた。五つの封印のうち四つが解かれた。最後の封印がどこにあるのかは、まだわかっていない。しかし《深層感知》があれば、見つけることができるはずだ。


 湖面の波紋が広がり、静かになっていく。


 終わりが、もう一歩先に来ていた。

 ◇


 岸に上がった五人は、しばらく誰も口を開かなかった。塩水鱗魚との戦いで全員に傷があり、セルが順番に回復術をかけていく。


 カルツの右腕に深い裂傷があった。「鱗の端が刃みたいになってた。水中で避けるのは無理だな」と笑い飛ばしながらも顔をしかめた。


 ブルスの肩にも打撲の跡があった。しかし彼は何も言わず、ただ水平線を見つめていた。


 「みんな、ありがとう」


 アキトが言うと、カルツが肩をすくめた。


 「礼はいらん。俺たちもちゃんと仕事した。それだけだ」


 「でも、あの魚の数……かなり多かった」


 「十七匹は仕留めたな」とブルスが静かに言った。「水中でのブルスさんは頼もしかったです」とセルが付け加えると、ブルスはわずかに目を細めた。珍しく照れているように見えた。


 ミレイが地図を広げ、四つ目の封印に線を引いた。残るは一つだけだ。


 「最後の封印はどこにあるか、わかる?」


 「《深層感知》を使えば探せるかもしれない」


 アキトはスキルを発動させ、遠くに意識を向けた。水の中を通り、大地を抜けて、空気の層を超えていく——かすかな反応があった。北の方角、遠く離れた場所に、重く凝縮した気配が宿っている。


 「北だ。かなり遠い」


 「北……どのくらい?」


 「一週間以上はかかるかもしれない。でも確かにある」


 全員が北を向いた。澄んだ空の下、遠くに山脈の稜線がうっすらと見えている。


 「行くか」とカルツが言った。


 「ああ、行こう」


 アキトは立ち上がり、北の空を見据えた。五つの封印の最後が、遠い山の彼方で待っている。仲間たちと一緒に、必ずたどり着く。


 塩湖の水面が、風に揺れてきらきらと光った。

 ◇


 その夜、野営地で食事をしながら、ミレイが言った。


 「ねえ、最初のことを覚えてる?アキトが追放されて、ギルドの入り口で倒れてたとき」


 「覚えてる。お前が声をかけてくれた」


 「あのとき、まさかここまで一緒に旅することになるとは思ってなかった」


 カルツが笑った。「俺も同じだ。正直、最初はどこまで本物かと思ってたぞ」


 「今は?」


 「本物以上だな」


 アキトは焚き火を見つめながら、静かに笑った。追放された日、何もかもを失ったと思っていた。でも今は——失ったものより、得たものの方がずっと多い。


 「最後の封印を解いたら、お祝いをしよう」


 ミレイが言った。「五人で、盛大に」


 「その言葉、忘れるなよ」とカルツが指を立てた。


 「忘れないわよ」


 セルが静かに微笑んだ。ブルスは無言だったが、その口元がわずかに緩んでいた。


 北の山脈が、星明かりの下に黒く連なっていた。最後の旅が、明日から始まる。

封印四つ目攻略!残るはあと一つ。次回もよろしくお願いします!

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