第40話 灼熱の岩壁
三つ目の封印、灼熱の岩壁編。アキトたちの挑戦が続きます。
砂漠に踏み込んでから三日目の朝、五人の前にそれは現れた。
高さ百メートルを超える岩の壁が、地平線を横切るように延びている。近づくだけで頬が焼けるような熱を感じた。壁の表面は赤みがかっており、太陽の光を受けてぼんやりと輝いている。まるで巨大な炉の壁面だった。
「これが……灼熱の岩壁」
ミレイが額に手をかざしながら言った。眩しさと熱さが混ざった表情だ。
「近づくだけで汗が出てくるな」
カルツが首の汗をぬぐいながらぼやいた。ブルスは無言で岩壁を見上げ、セルは静かに目を細めていた。
アキトは《全属性防護膜》を展開した。五人の周囲に薄い膜が広がり、外部の熱を遮断する。体感温度が一気に下がった。
「少しはましになったか?」
「助かる」とミレイが息をついた。
岩壁の裾には複数の洞窟の入り口がある。事前に入手した地図によれば、封印の炎石柱は最も深い洞窟の奥にあるという。
「あの一番大きい入り口だ」
アキトが指さすと、全員がうなずいた。
◇
洞窟の中は暗かったが、岩そのものが熱を持っているため、赤みがかった光が壁から滲み出ていた。足元の砂は細かく、踏み込むたびに微かな熱が靴底を通してくる。
「深い」
セルが小声で言った。洞窟は緩やかに下っており、百メートルほど進んでも終わりが見えない。
やがて広間に出た。中央に、高さ二メートルほどの柱が立っている。表面が赤く脈動しており、触れるだけで灼けそうだった。これが炎石柱だ。
「九層か」
アキトは柱に手をかざし、封印の構造を読んだ。霧の湖が五層、霜の谷が七層——今度は九層だった。一つ一つ重なった封印は、前回より複雑に絡み合っている。
「俺が封印を解く。その間、外を頼む」
「わかった」とカルツが答え、三人が洞窟の出口側へ向かった。
アキトは炎石柱に両手を当て、目を閉じた。熱が掌から腕へ伝わってくるが、防護膜が緩和してくれている。意識を封印の層へと潜らせる。
一層目——炎の渦が絡み合っている。前回の霜の谷と構造は似ているが、密度が違う。丁寧に解きほぐすように意識を向けた。一本の糸を引くと、するすると緩む感覚があった。
二層目、三層目と進む。汗が額を伝い、頬を焼いた。防護膜の維持と封印解除を同時に行うのは、じわじわと消耗する。
五層目を抜けたころ、遠くで砂が唸る音がした。
「砂竜だ!二匹来るぞ!」
カルツの声が洞窟に反響した。
「数が多い。ブルス、左を頼む!」
「了解」
剣と斧がぶつかり合う音。セルの癒しの術が発動する気配。三人が戦っている。アキトは奥歯を噛んだ。
集中しろ。
六層目、七層目。指先が痺れ始めた。全属性防護膜の出力を少し下げ、その分を封印解除に回す。それでも熱が増してくる。
「アキト、大丈夫か!」ミレイの声。
「まだいける!」
今回は声に出すと決めていた。前回、黙って限界まで追い込んで心配をかけた反省がある。
八層目。視界が赤く染まる。炎石柱の脈動が速まり、封印が抵抗している。腕の筋肉が震え始めた。
九層目——最後の層に触れた瞬間、熱が爆発的に高まった。
「くっ——!」
叫びながらも意識を離さない。糸を掴んで引き千切るように、全力で封印を解く。
轟音と閃光。
炎石柱が静かになった。
◇
「生きてるか!?」
カルツが洞窟に駆け込んできた。砂竜の鱗の破片が肩についている。アキトは床に膝をついて、荒い息をしていた。
「……生きてる」
ミレイが駆け寄り、アキトの顔を覗き込んだ。目が赤くなっている。泣いてはいないが、泣く一歩手前の顔だった。
「もう少し早く声をかけてよ……」
「ごめん、次は早めにする」
ブルスが静かに近づき、アキトの背に手を置いた。
「よくやった」
それだけで十分だった。
スキルウィンドウに新たな文字が浮かんでいた。《全属性感応》——属性の流れを皮膚で感じ取る力。五つの封印のうち三つ目が解除され、空が少しだけ明るくなったような気がした。
◇
洞窟を出ると、夕暮れが近づいていた。砂漠の空気がわずかに涼しくなり、先ほどまでの灼熱が嘘のようだ。砂竜の残骸がいくつか転がっていたが、カルツとブルスがすでに通り道を確保していた。
「少し休もう」
ミレイが水筒を差し出した。アキトは素直に受け取り、一口飲んだ。ぬるいが、渇いた喉には十分だった。
岩壁の影に腰を下ろした五人は、しばらく無言で空を見上げた。セルが静かに癒しの術をかけ、アキトの手の擦り傷と肩の熱傷跡が薄れていく。
「全属性感応、か」
アキトは新たなスキルの名を小さく口にした。さっきから、周囲の属性の流れが肌でわかる。岩壁に残る炎の残滓、砂の中を走る風の筋、セルが使う光の術の輪郭——それらが以前より鮮明に感じ取れた。
「何かわかるのか?」
カルツが問う。
「属性の流れが、感じられる。次の封印を解くとき、もっと正確に力を調節できそうだ」
「なら次は早くなるな」
ブルスが短く言った。
ミレイが羊皮紙の地図を広げた。四か所に赤い印がつけられており、そのうち三つには細い線が引かれている。
「四つ目の封印は東の塩湖の底だ。深さが特殊で、底に近いほど塩分濃度が上がる。潜るには対策が必要になる」
「水の中か……」
アキトは新たなスキルに意識を向けた。水属性の感応——感じ取れる。次も、必ず攻略できる。
「まずは街に戻って補給しよう」
五人は立ち上がり、夕暮れの砂漠を歩き始めた。星が一つ、砂塵の晴れた空に瞬いた。
五つの封印のうち、残りはあと二つ。終わりが、少しずつ近づいていた。
◇
フォルクの街に戻ったのは翌朝だった。砂漠を歩き通した五人の体には疲労が積もっていたが、宿屋の温かい食事と柔らかいベッドが待っていると思うと足取りは軽かった。
宿の食堂でスープをすすりながら、カルツが言った。
「にしても、毎回ぎりぎりだよな。お前さんは」
「次はもう少し余裕を持って解除できる。全属性感応のおかげで、封印の構造が前より早く読める」
「そう言って毎回倒れそうになってるけどな」
ミレイが苦笑いした。アキトは苦笑いで返した。
セルが静かにカップを置いた。
「でも、毎回強くなってます。それは本当のことです」
その言葉に、四人が少しだけ黙った。それから、カルツが照れ臭そうに頭を掻いた。
「……そりゃ、そうだな」
食後、アキトは部屋で横になりながらスキルウィンドウを開いた。取得スキルの一覧がずらりと並んでいる。封印を一つ解くたびに、また一つ力が増えていく。
——あと二つ。
静かな決意を胸に、アキトは目を閉じた。塩湖の底に眠る四つ目の封印が、どんな力をもたらすのかはまだわからない。だが、この仲間たちと一緒なら、必ず越えられる。そう思えた。
窓の外では、フォルクの街が朝の喧騒に包まれていた。行商人の声、荷馬車の音、どこかで子供が笑っている。何も知らない人々の日常が続いている。
それを守るためにも、残りの封印を全て解く。アキトの意志は、静かに、しかし確かに固まっていた。
封印解除三つ目完了!次回は東の塩湖へ。応援よろしくお願いします!




