第34話 北街道と霧氷の谷へ
今回もお読みいただきありがとうございます!
第34話、北街道の竜蛇討伐と、いよいよ竜骨山脈の奥・霧氷の谷へ踏み込みます。緊迫感のある回です!
どうぞお楽しみください!
北街道の入り口は、すでに霧が漂い始めていた。
白ではなく、薄い黒。
あの、魔力を吸う霧だ。
「来たな」
ブルスが低く言った。
「竜蛇の前に、霧が出ています。俺が魔力膜を張りながら進みます。みなさんは俺の三メートル以内にいてください」
「分かった」
「了解よ」
「任せる」
俺は全属性同調を起動し、身体の周囲に薄い魔力の膜を展開した。
さらに三人を包む、やや広めの保護膜を追加する。
「この膜の中にいれば、霧の影響を受けません」
カーツが膜に指を近づけ、不思議そうに見た。
「見えないが、なんか暖かい感じがするな」
「魔力が安定しているせいだと思います。では、進みましょう」
四人で霧の中に踏み込んだ。
◇
五十メートルほど進んだところで、最初の竜蛇が現れた。
霧の中でも、俺の魔力感知には引っかかる。
「右前方、三体。警戒しています」
ブルスが盾を構えた。カーツが剣を抜く。
「霧の中では視界が悪い。前衛は俺の指示で動いてください」
「了解」
俺は魔力感知で竜蛇の動きをリアルタイムで追いながら、指示を出した。
「先頭一体が突進します——今!」
ブルスが盾で受け止め、カーツが横から斬り込んだ。
「残り二体、左に回り込もうとしています。ミレイさん!」
「氷壁!」
左側に氷の壁が出現し、竜蛇の回り込みを阻んだ。
「俺が仕留めます」
俺は雷魔法を二発、素早く放った。
霧の中を走る雷が、二体を同時に仕留める。
三体、四十秒。
「すごい……霧の中でも完全に把握できてるのか」
カーツが感嘆する。
「魔力感知は視覚に依存しません。むしろ、こういう状況の方が活きます」
「お前と組んでると、俺の目がいらない気がしてくるな」
「カーツさんの速度は、指示の前に体が動いてくれる。それが一番助かっています」
カーツが少し照れた顔をした。
残りの竜蛇を順々に処理し、八体を三十分足らずで討伐した。
◇
北街道の安全を確保した後、四人は街道の先へ進んだ。
竜骨山脈の登山口。
これ以上は未踏の領域だ。
「一応、ギルドへの報告は今日中にできないな」
ブルスが言った。
「シルヴァンには明日戻ります。今日中に霧氷の谷まで到達できれば、一泊して翌朝に封印に向かいたい」
「野宿になるのか」
ミレイが渋い顔をした。
「野宿道具は持ってきています。山の中なので、焚き火の準備もしてあります」
「……やっぱり抜け目ないわね」
「野宿が嫌いなのは知ってたので」
ミレイが苦笑した。
「それを見越して準備してたの?」
「快適な方がいいですから」
カーツが「俺は野宿慣れてるから大丈夫だ」と言った。
「ブルスさんは?」
「山の野宿は好きだ。星がきれい」
意外な一面だった。
「では問題なしですね。行きましょう」
◇
山道を二時間ほど登ったところで、霧氷の谷が見えてきた。
両側を急峻な岩壁に挟まれた、細長い谷だ。
谷底に沿って細い川が流れ、岸辺に白い霜が張っている。
そして——谷の奥から、黒い霧が濃く流れ出ていた。
「……これは」
カーツが息を飲んだ。
「霧が濃い。かなり近いですね」
俺は魔力感知を最大に広げた。
谷の奥、二百メートルほど先に——強烈な魔力の収束点がある。
第一の封印とは比べ物にならない密度だ。
「……感じます。第二の封印がある」
「どのくらい強い?」
ブルスが聞いた。
「第一の五倍……いや、もっとかもしれません」
四人が沈黙した。
「解除できるか?」
「やってみないと分かりません。ただ——試みる価値はあります」
俺は谷を見据えた。
黒い霧が、風もないのに揺れている。
まるで、こちらを感知しているように。
「今日は入り口で野営します。明日の早朝、万全の状態で踏み込みましょう」
「賢明だ」
カーツが頷いた。
「無理に今日やることはない。英気を養ってからの方がいい」
四人で谷の入り口から少し離れた場所に野営地を設けた。
焚き火を囲み、四人が静かに座った。
ブルスが言っていた通り、山の夜空は星が多かった。
「……きれいだな」
ミレイが静かに呟いた。
「ええ」
俺も空を見上げた。
明日、第二の封印に挑む。
どうなるか分からない。
でも——四人いる。
それだけで、俺の中の不安は、驚くほど小さかった。
焚き火の炎が揺れ、山の夜風が四人の周りをそっと通り過ぎた。
◇
焚き火を囲みながら、カーツが言った。
「アキト、一つ聞いていいか」
「何でしょう」
「封印を解いた後、お前はどうなる? 力が増える、というのは分かったが……何か体に影響は出るのか?」
俺は少し考えた。
「第一の解放の時は、スキルが確立されたという感覚と、魔力の見え方が変わった程度でした。体への負担は感じませんでした」
「今回は第一の五倍の密度だと言っていた。それでも大丈夫か?」
「……分かりません。試してみるしかない」
カーツが静かに頷いた。
「もし途中で限界が来たら、無理するな。引いてくれ」
「封印が解けかけている状態で引いたら、どうなるか分からないので、途中では止められません」
「……そうか」
カーツが火を見つめた。
「なら、俺たちができることは——お前が集中できる環境を作ることだ。外のことは全部任せてくれ」
ブルスが「ああ」と頷いた。
ミレイも「もちろんよ」と言った。
俺は三人を見た。
「……ありがとう」
「礼は後でいい」
ブルスが焚き火に枝を足した。
「今日は寝ろ。明日に備えて」
「はい」
俺は毛布を被り、横になった。
星空が、岩壁の隙間から見えた。
——明日、第二の封印を解く。
体に何が起きるか分からない。
でも——
三人が側にいる。
それが、今の俺には何よりの力だった。
目を閉じると、焚き火の温もりが背中から伝わってきた。
ブルスの寝息が聞こえ始め、ミレイが小さくあくびをした。
カーツが最後まで起きて見張りをしてくれているのが、気配で分かった。
「カーツさん、交代しますよ」
「いい。お前は寝ろ。俺は夜が得意だ」
俺は静かに、その言葉に甘えた。
眠りに落ちる前、最後に思ったのは——
追放された夜、荒野で一人だった俺は、今、山の中に四人いる。
それだけで、もう十分じゃないか、と。
霧氷の谷の夜は、静かに更けていった。
◇
夜中の見張りの途中、カーツはふと空を見上げた。
星が多かった。
エルザを出た時、アキトはどんな思いで旅に出たのだろう、と思った。
昇格試験で初めて会った時から、あの目が気になっていた。
落ち着いた、静かな目。
でも、奥に何かを燃やしている目。
長く一人だった人間の目だ、とカーツは直感した。
自分も、かつてそうだった。
違うのは——アキトはもう、一人じゃないことを分かっていながら、まだ一人で抱えようとする癖が残っていること。
あれは時間がかかる。
カーツは苦笑しながら、再び谷の奥を見た。
黒い霧が、谷の奥で静かに揺れている。
あそこに、何があるのか。
正直、恐ろしくないわけじゃない。
でも——アキトが「やれる」と思っているなら、側にいることが自分にできる最善だ。
明日、あいつが封印を解く。
その間、自分たちができることをやる。
それだけだ。
カーツは焚き火に枝を一本追加し、温かくなったコートの前を合わせた。
山の夜風が、静かに谷を吹き抜けた。
長い夜が、少しずつ明けていく。
やがて東の空が、ほのかに明るくなり始めた。
カーツは眠っている三人を見回し、静かに言った。
「……朝だぞ。起きろ」
ブルスが最初に目を開けた。
「……お前、ずっと起きてたのか」
「夜番が好きだと言っただろう」
ブルスが苦笑しながら体を起こした。
アキトも目を開けた。
「カーツさん、すみません」
「謝るな。さあ、行くぞ」
四人は荷物をまとめ、霧氷の谷の奥へ向けて歩き始めた。
夜明けの光が、谷の岩壁を淡く照らしている。
黒い霧が、四人の前に静かに広がっていた。
第二の封印が、もうそこにある。
第34話、お読みいただきありがとうございました!
谷の奥に待ち受けるもの——次回第35話、第二の封印との対峙です!お楽しみに!
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