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第31話 旅の道中

今回もお読みいただきありがとうございます!

第31話は旅の道中です。街道での出会いと小さな事件、そして三人の距離がさらに縮まります。

どうぞお楽しみください!

 エルザを出て三日目。


 街道は変化に乏しいが、歩くほどに空気が変わってきた。

 南に比べ、北の風は少し冷たく、木々の色が濃くなる。


「この辺りから、植生が変わってきますね」


 俺は道沿いの木を見ながら言った。


「確かに。葉の形が違う」


 ミレイが興味深そうに眺める。


「北の薬草が採れるかもしれない。採取しながら歩きましょうか」


「見つけたら声をかけてください。錬金術の素材になるものは教えます」


「さすが錬金術師!」


 ブルスが前を歩きながらぼやく。


「お前ら、歩きながら植物観察できるのか。俺は前方警戒で手一杯だ」


「ブルスさんにしかできない仕事ですよ」


「……そうだな」


 ブルスが少し胸を張った。


   ◇


 その日の昼過ぎ、街道沿いの茂みから物音がした。


 ブルスが即座に剣に手をかけた。


 俺も魔力感知を広げた。


 ——人の気配。一人。小さい。


「待ってください、魔物じゃない」


 茂みを覗くと、十歳くらいの女の子が膝を抱えてうずくまっていた。

 泥だらけの服、擦り傷だらけの足。泣いているが、声を立てていない。


「大丈夫ですか?」


 俺が声をかけると、女の子がびくっと顔を上げた。

 目が大きく、黒髪。警戒の色が強い。


「……冒険者?」


「そうです。怪我はありますか?」


 女の子がしばらく俺を見て、それからぼろぼろと泣き出した。


「まぐれっていう村から来たんだけど、道に迷って……魔物に追われて逃げて……」


 ミレイが屈み込んだ。


「大丈夫よ。もう安全だから」


 女の子が、ミレイにしがみついた。


   ◇


 話を聞くと、女の子の名前はリナ(りな)

 街道から一本外れた村に住んでいて、薬草採取に来て道に迷ったらしい。


まぐれ村(まぐれむら)なら、ここから東に一里ほどです。送っていきます」


「でも……依頼の途中じゃないの?」


ミレイが柔らかく言った。


「子どもを一人で帰すわけにいかないわ」


ブルスが頷く。


「時間は取り返せるが、何かあってからじゃ遅い」


 俺も同意だった。


「急ぎますが、寄り道しましょう」


 リナが少し驚いた顔をした。


「……ほんとにいいの?」


「もちろんです」


 リナの足の傷を、俺は上位回復薬の端切れで処置した。


「痛くない……すごい薬だね」


「ちょっと特別製ですから」


 リナが目を丸くした。


「お兄ちゃん、錬金術師?」


「そうです」


「かっこいい!」


 ミレイがくすりと笑う。ブルスが「お前より俺の方がかっこいいだろ」と横から言った。


「お兄ちゃんの方がかっこいいよ」


 ブルスが静かにダメージを受けた。


   ◇


 まぐれ村に着くと、村の入り口で大人たちが血相を変えて探し回っていた。


「リナ!」


 若い女性が駆け寄り、リナをぎゅっと抱きしめた。

 村長らしき老人が、三人に頭を下げた。


「助けていただいてありがとうございます。お礼を……」


「お気持ちだけで十分です。リナさんが無事でよかった」


 俺が言うと、老人が少し驚いた顔をした。


「……シルヴァンに向かわれるのですか? 道中、気をつけてください。最近、この辺りで見慣れない魔物が出るという話が出ています」


「どんな魔物ですか?」


「詳しくは分かりませんが、黒い霧のような形で現れると……村人が二人、気を失って倒れているところを発見されました。怪我はなかったのですが、魔力が根こそぎ抜かれたような状態で」


 魔力を抜く魔物。


 俺は静かに、その情報を刻んだ。


「……分かりました。注意します」


 リナが追いかけてきて、俺の袖を引いた。


「お兄ちゃん、名前は?」


「アキトです」


「アキト兄ちゃん! また会えるといいな」


 俺は少し微笑んだ。


「またいつか」


 村を後にし、街道に戻ると、ミレイが言った。


「黒い霧の魔物、ね。魔力を抜く……」


「竜骨山脈に近づくにつれて、異常な魔力の動きが出ているのかもしれません。封印が弱まっている影響が、周囲に出ている可能性がある」


「じゃあ、急いだ方がいい?」


「急ぐよりも、慎重に進む方がいいと思います。焦って突っ込むより、情報を集めながら」


ブルスが「そうだな」と頷いた。


   ◇


 その夜、街道沿いの宿場町で一泊した。


 食堂で夕食を取りながら、俺は老人から聞いた話を改めて整理した。


 黒い霧。魔力の吸収。


 これは単なる魔物の行動とは違う気がした。


 封印が目覚めようとする時、周囲の魔力を吸い上げる現象が起きるのかもしれない。

 霧の湖でも、湖面が霧に覆われていた。あれも同じ原理だったのではないか。


「アキト、考え込んでる」


ミレイが食事を続けながら言う。


「少し整理していました。黒い霧は、封印覚醒の前兆現象かもしれません」


「つまり……急がないと、被害が広がる?」


「そうなります。ただ、無理をしても逆効果になる。シルヴァンに着いたら、現地の情報を集めて判断します」


ブルスが静かに言った。


「俺たちは先に進むしかない。ただ、地に足つけてな」


「ええ」


 三人は黙って食事を続けた。


 旅の空気が、少し引き締まっていた。


 でも、それが悪いわけじゃない。


 目的があるから、足に力が入る。


 俺は静かに、スープを一口飲んだ。


   ◇


 翌朝、宿を出ると、旅人たちがざわついていた。


「昨夜、街道で黒い霧が出たらしい」

「冒険者が一人、倒れているのを発見されたとか」


 ブルスが俺を見た。


「聞いたか」

「ええ。範囲が広がっています。急いだ方がよさそうです」


 三人で足を速めた。


 街道を歩きながら、俺は魔力感知を広げた。


 ——前方に、微弱な魔力の揺らぎがある。


「少し先に、何かいます」


 ブルスが剣に手をかけた。ミレイが詠唱の準備をする。


 慎重に進むと、街道の真ん中に薄い黒い霧が漂っていた。

 人の背丈ほどの楕円形で、ゆっくりと脈打っている。


「……これが、黒い霧か」


 ブルスが低く言った。


 俺は足を止め、魔力感知で霧の内部を読み取った。


 ——魔力の空洞。外から周囲の魔力を吸い込んでいる。

 自我はない。生き物というより、現象に近い。


「攻撃よりも、魔力の流れを止める方が有効だと思います」


「どうやって?」


「封じ込めます」


 俺は両手を前に出し、五属性の魔力を均等に展開した。


 霧の周囲に、薄い魔力の膜を張る。


 霧が外から魔力を吸い込もうとするが、膜が遮断する。


 内側から吸い込む力が逆流し、霧自体が縮んでいく。


 一分ほどで、霧は消えた。


「……消えた」


 ミレイが呟いた。


「封じ込めることで、自己崩壊させました。この現象は、外からの魔力供給がなければ維持できないようです」


「お前、また新しいことをさらっとやったな」


 ブルスが額に手を当てた。


「さらっとはしていません。結構集中しました」


「そういう問題じゃない」


 ミレイが周囲を見回した。


「他にも出るかしら」


「竜骨山脈に近づけば近づくほど、増えると思います。急ぎましょう」


 三人は再び歩き始めた。


 黒い霧の脅威が、じわじわと迫ってきている。


 それは——第二の封印が、目覚めようとしているサインかもしれなかった。


 俺は手のひらを見た。


 全属性同調のスキルが、微かに反応している。


 まるで、呼ばれているように。


「……待っていてください」


 誰に言うわけでもなく、俺は呟いた。


 北の空に、竜骨山脈の稜線が、かすかに見えた気がした。

第31話、お読みいただきありがとうございました!

旅の空気感、楽しんでいただけましたか?

次回第32話、いよいよシルヴァンに到着です!お楽しみに!

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