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第30話 エルザを発つ日

今回もお読みいただきありがとうございます!

記念すべき第30話。アキトたちがいよいよエルザを旅立ちます。ゼナ師匠との別れのシーン、ぜひ最後まで読んでください。

どうぞお楽しみください!

 翌朝、俺はロイドが滞在しているという宿を訪ねた。


 部屋に通されると、ロイドはすでに地図を広げていた。


「来たか。昨日、何かあったね?」


 俺が路地でカインと話したことを伝えると、ロイドが静かに頷いた。


「影の鎖か。王城の中でも精鋭集団だ。カインという名前は聞いたことがある。優秀で、ある程度自分の裁量で動ける人間だ」

「今回は見逃してくれました。ただ、賢者会議が動いてくるのは時間の問題だと」

「そうだな。賢者会議は動きが遅い。議論と根回しを好む集団だから、実際に手が伸びてくるまで、おそらく二週間から一ヶ月はある」


 俺は地図を覗き込んだ。


「次の封印地点——竜骨山脈の具体的な場所は分かりますか?」


 ロイドが地図の一点を指した。


「ここだ。竜骨山脈の中腹、霧氷の谷(むひょうのたに)と呼ばれる場所がある。冬は完全に雪に閉ざされるが、今の季節なら踏み込める」


「難易度は?」

「谷へのルートはBランク以上推奨。ただし谷の奥は未踏地に近い。どんな魔物がいるかは不明だ」


 俺は地図をしばらく見た。


「依頼として動ける名目を探しています。北部方面のBランク依頼があれば、自然な理由で向かえる」


 ロイドが少し考えてから言った。


「竜骨山脈の南麓に、シルヴァン(しるゔぁん)という街がある。そこのギルドが、長年の難問依頼を抱えているはずだ。山脈に棲む竜蛇(りゅうじゃ)の群れが街道を塞いでいる問題で、Bランク以上のパーティーを募集していると聞いた」


「それを受ければ、北上の理由になる」

「ちょうどいいだろう。エルザのギルドで広域依頼として登録されているはずだ」


 俺は頷いた。


「ありがとうございます。出発は明後日にします」


「一つ忠告を」


ロイドが真剣な目で言った。


「竜骨山脈は、魔力の流れが強い場所だ。第二の封印が近づけば近づくほど、あなたのスキルに何らかの反応が出るかもしれない。慌てず、感覚に従いなさい」


「分かりました」


   ◇


 その日の午後、ギルドで竜蛇の群れ討伐依頼を確認した。

 シルヴァン・ギルドからの広域依頼で、報酬は三人で三十万ルム。

 加えて、現地での滞在費は依頼主持ちとある。


「これね」


 ミレイが依頼票を手に取った。


「竜蛇……Bランク上位相当の群れか。やりがいがあるな」


ブルスが腕を組んだ。


「問題ないですよ。アキトの全属性同調があれば」

「俺に頼りすぎです」

「事実だろ」


 三人で笑いながら依頼を受理した。


 出発は明後日の朝。


   ◇


 前日の夜、俺はゼナの工房に最後の挨拶に行った。


「旅に出るか」


 ゼナは炉の前に座り、火の加減を見ながら言った。


「しばらくエルザを離れます。戻ってくる予定ですが、いつになるかは分からない」

「正直だね」

「嘘をついても仕方ないので」


 ゼナが炉から目を離し、俺を見た。


「次の封印に向かうんだね」

「はい」


 沈黙。


 ゼナが立ち上がり、棚から小さな箱を取り出した。


「これを持っていきな」


 俺は受け取った。箱の中には、小さな魔道具が入っていた。

 青白く輝く、楕円形の石。


位置記録石(いちきろくせき)だ。私との間で、場所の感知ができる。どこにいても、お前がどこにいるか分かる」


「……師匠が作ったんですか?」

「そうだよ。昨日の夜に」


 俺は石を手の中で握った。

 温かかった。


「……ありがとうございます」


ゼナが鼻を鳴らした。


「礼はいい。ただ——死ぬな」


 それだけだった。

 でも、それだけで十分だった。


 俺は深く頭を下げた。


「必ず戻ります」


 工房を出ると、夜風が頬をなでた。


 空に星が多かった。


   ◇


 出発の朝、夜明け前から三人でエルザの北門に集まった。


 それぞれの荷物は小ぶりだ。

 長旅の備えはしているが、身軽に動けるよう余分は持たない。


「……行くか」


ブルスが言った。


「行きましょう」


 俺が答えた。


「行くわよ」


 ミレイが一歩踏み出した。


 三人で、北の街道を歩き始めた。


 振り返ると、エルザの街がまだ眠っている。

 ゼナの工房の灯りだけが、夜明け前の闇の中でぽつりと光っていた。


 ——見ていてください、ゼナさん。


 俺は前を向き、足を進めた。


 追放された日から、俺はずっと一人だった。

 でも今は、隣に二人がいる。


 北へ。次の封印へ。

 そして——まだ見ぬ俺自身の力へ。


 エルザ編に幕が降り、三人の旅が始まった。


   ◇


 街道を一時間ほど歩いたところで、ミレイが口を開いた。


「ねえ、エルザが恋しくなったりする?」


 俺は少し考えてから答えた。


「……少し。でも、前を向いていたい気持ちの方が強いです」

「私はもう恋しい。ゼナさんの工房の匂いとか、食堂のあの席とか」


 ブルスが苦笑した。


「まだ一時間しか歩いてないぞ」

「感傷に浸る時間も必要でしょ!」


 俺は笑った。


「戻れますよ。今回の依頼が終わったら」

「……そうね。ただの遠征よ」


 ミレイが気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。


「よし。気合い入れ直し。シルヴァンまで何日かかるの?」

「街道をまっすぐ進んで、七日から十日です」

「途中、街はある?」

「三か所ほど。宿泊場所には困らないと思います」


「なら安心ね。私、野宿は苦手で」

「全員分の毛布は持ってきましたよ」

「やっぱりアキトは抜け目ない」


 ブルスが前を歩きながら笑った。


「さすが錬金術師、荷物の組み方も違うな」

「経験はないですが、準備は徹底しました」


 三人の話し声が、早朝の街道に広がった。


 日が昇り始め、空が橙色に染まる。

 鳥の声が聞こえ、草原に朝露が輝いていた。


   ◇


 昼前に最初の休憩を取った。


 小高い丘の上で、三人並んで腰を下ろした。

 エルザはもう、地平線の向こうに小さく見えるだけだった。


「……随分来たな」


ブルスが水を飲みながら呟く。


「一ヶ月前はエルザを出るとは思っていなかった」


「そうですね。俺も」


「色々あったわね」とミレイ。「F……じゃなかった、Cランクから始めて、あっという間にBランクになって、錬金術師の弟子になって、封印まで解いちゃって」


「並べると、確かに濃いですね」


「普通、一年かけてもここまでいかないわよ。アキトが異常なの」


「……そうでしょうか」


「そうよ!」


 ブルスが遠くを見ながら言った。


「でも、お前が規格外じゃなかったら、俺はまだエルザでくすぶってたかもな」


 俺は少し驚いて、ブルスを見た。


「……どういう意味ですか?」


「二年間、Cランクで止まってた。動けなかったんじゃなくて、動く理由を見つけられなかった。お前と出会って、初めて『もっと上を目指したい』と思えた」


 俺は何も言わなかった。

 言葉が、見つからなかった。


 ミレイが静かに言った。


「私もよ。ずっとエルザのギルドで中堅止まりだった。アキトが来てから、毎日が面白くなった」


 二人の言葉が、胸に沁みた。


 俺は前を向きながら、静かに言った。


「……俺こそ、二人に助けてもらっています。追放されてから、誰かを信じることが怖かった。でも今は——二人がいるから、怖くない」


 短い沈黙。


 ブルスが立ち上がった。


「よし。感傷はここまでだ。行くぞ」


「ブルス、目が赤くない?」


「花粉だ」


「この季節に?」


「花粉だっつってんだろ!」


 ミレイが吹き出した。俺も、思わず笑った。


 三人で丘を下り、再び北へ向かって歩き始めた。


 エルザは遠くなっていく。

 でも——背中には確かな温かさがあった。


 旅は始まったばかりだ。


 先は長い。でも、一人じゃない。


 それだけで、何でも乗り越えられる気がした。

第30話、お読みいただきありがとうございました!

30話まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

エルザ編に幕が降りました。次回第31話からは旅立ちの第三章です。お楽しみに!

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