第29話 王都の密偵
今回もお読みいただきありがとうございます!
第29話、ロイドの警告通り、王都からの動きが始まります。アキトはどう立ち回るのか——緊張感のある展開です!
どうぞお楽しみください!
ロイドが訪ねてきた翌々日の朝、俺は早めにギルドへ向かった。
掲示板を確認していると、ミレイがやや早足で近づいてきた。
「アキト、ちょっといい?」
声が、いつもより低い。
「何でしたか?」
「昨日の夜から、ギルドの周辺に見慣れない人物がいる。今朝も、宿の前で一人がうろついてた」
俺は表情を変えずに聞いた。
「特徴は?」
「旅装束だけど、剣の位置が実戦に慣れてる人間のそれ。目が冒険者じゃない——情報を集めてる目よ」
ミレイの観察眼は確かだ。
俺は静かに頷いた。
「ロイドさんの言っていた王都の動きが、予想より早かったようですね」
「どうする?」
「今は動かない。相手が何者か、もう少し確認してから判断します」
◇
昼過ぎ、俺は一人で街を歩いた。
素材屋に寄り、古本屋を覗き、食堂で昼食を取る。
普段通りの行動をしながら、魔力感知を静かに広げた。
——二人、追っている。
一人は三十メートル後方、もう一人は路地を並走している。
どちらも気配を殺す技術がある。通常の感覚では気づかないレベルだ。
だが俺の魔力感知には、引っかかる。
俺は足を止め、人の少ない路地に入った。
少し待つと、後方の一人が路地の入り口で足を止めた。
「用があるなら、直接来ればいいですよ」
俺は振り返らずに言った。
静寂。
やがて、足音がゆっくりと近づいてきた。
現れたのは、三十代前半の男だった。
整った顔立ち、無駄のない体つき。装束は旅人風だが、腰の剣の柄に手をかけていない。
——警戒はしているが、戦闘を望んでいるわけではない。
「気づいていたのか」
「昼前から」
男が少し驚いた顔をした。
「名を聞いていいか?」
「アキトです。あなたは?」
「……カイン。王都の王城直属調査機関、影の鎖所属だ」
俺は静かに、その情報を受け取った。
王城直属——つまり、国王の直命で動いている。
「目的は?」
「霧の湖の封印解除を確認し、実行者の身元と能力を把握すること。それと——継承者であるかどうかの確認だ」
「分かりました。俺がやりました。俺が継承者です」
カインが目を細めた。
「……随分、あっさり認めるんだな」
「隠しても仕方ないので」
「危険だとは思わないのか? 王都が継承者の存在を脅威と見なしている可能性がある」
俺は少し考えてから、正面からカインを見た。
「あなたは今、俺を捕縛しに来たんですか?」
カインが少し間を置いた。
「……命令は確認だけだ。身柄確保の指示は受けていない」
「では、今は話し合いができますね」
俺は路地の壁に背を預けた。
「聞きたいことを聞いてください。俺も聞きたいことがある」
カインがしばらく俺を見て、それから剣から手を離した。
「……お前は、怖くないのか」
「怖いか怖くないかと言えば、怖くはないです。動くべき理由があれば動く。今は、まだその段階ではない」
カインがため息をついた。
「……変わった冒険者だな」
俺は少し笑った。
「よく言われます」
◇
路地の奥で、俺とカインは立ち話をした。
「継承者について、王都はどこまで知っている?」
カインが少し躊躇してから答えた。
「理論的な存在として認識はしていた。まさか本当に現れるとは思っていなかったようだが——霧の湖の件で、上層部が動いた」
「上層部、というのは?」
「国王直属の賢者会議。魔法と国家安全に関わる最高顧問集団だ。彼らは継承者の力を、管理下に置くか、無力化するか——どちらかしかないと考えている」
俺は静かに聞いていた。
「あなたは?」
「俺は命令通りに動く。だが——」
カインが少し言葉を選んだ。
「お前と話して、少し考えが変わった。管理するより、対話した方が良さそうだ」
「それは、あなた個人の判断ですか?」
「そうだ。報告書には『確認完了、危険人物の判断なし』と書く。ただし——賢者会議が次の手を打ってくるのは止められない」
俺は頷いた。
「分かりました。警告ありがとう」
「礼を言われるとは思わなかった」
カインが少し苦笑した。
「一つだけ教えてくれ。お前は何を目指している?」
俺はしばらく考えてから、正直に答えた。
「自分の力の正体を知ること。そして——世界が少しでも、誰かが生きやすい場所になること。それだけです」
カインが無言で俺を見た。
やがて、静かに言った。
「……そういう答えが返ってくるとは思わなかった」
「期待外れでしたか?」
「いや——」
カインは路地の外へ向かいながら、振り返らずに言った。
「次に会う時は、もう少し対等に話せるかもしれない」
足音が遠ざかり、静寂が戻った。
俺は路地を出て、空を見上げた。
王都が動いている。勇者パーティーも近くにいる。
それでも——今すべきことは変わらない。
一歩一歩、前へ。
俺は静かに歩き出した。
◇
夕方、ブルスとミレイに報告した。
「王城直属の調査員と話した、って……お前、また規格外のことをしてるな」
ブルスが額に手を当てる。
「正面から話した方が早いと判断したので」
「普通の冒険者は密偵に気づいた時点で逃げるか、震えるかどっちかよ」
ミレイが呆れ顔で言う。
「逃げても意味がないですし、震える理由もなかったので」
「それが問題なのよ!」
ブルスが苦笑しながら腕を組んだ。
「で、相手はどんな人間だった?」
「命令通りに動く人間ですが、自分の判断も持っている。今回は危険人物なしと報告してくれると言っていました」
「信用できる?」
「……七割くらいは。残りの三割は、賢者会議が次の手を打ってくることへの備えです」
ミレイが「賢者会議」と呟いた。
「なんか物々しい名前ね」
「国王直属の顧問集団だそうです。俺の存在を管理か無力化のどちらかにしたいと考えているようで」
「無力化って……」
ブルスの目が険しくなった。
「そうなってから動いても遅くはありませんが、準備はしておいた方がいい。ロイドさんからも情報を集めたいと思っています」
「ロイドさんはどこにいるの?」
「エルザに滞在していると言っていました。明日、会いに行きます」
ブルスが「分かった」と頷いた。
「俺にできることがあれば言え」
「今は普段通りにしていてください。不審な動きをしない方がいい」
「了解だ。——でも一つだけ聞かせてくれ」
ブルスが真剣な目で俺を見た。
「お前は、どこまで腹をくくってるんだ?」
俺はしばらく考えた。
「……全部です」
短く答えた。
ブルスが少し目を細め、それからゆっくりと頷いた。
「……そうか。なら、俺たちも全部でついていく」
ミレイも静かに頷いた。
「最初からそのつもりよ」
俺は二人を見て、静かに息を吐いた。
強がりではなく、本当に怖くない。
この二人がいる限り、どんな状況でも。
◇
夜、宿の部屋で俺は今後の動きを整理した。
王都の賢者会議が動いている。
カインは今回は見逃してくれた。だが次はない可能性がある。
一方、次の封印は北——竜骨山脈の奥地にある。
移動するなら早い方がいい。
だが、急いで動くと余計に怪しまれる。
最善の手は——依頼として北上すること。
冒険者として自然な理由で竜骨山脈方面に向かえば、怪しまれにくい。
そのためには、北部方面のBランク依頼を探す必要がある。
明日、ロイドに会った後、ギルドの掲示板を確認しよう。
俺は手帳に簡単なメモを書き、ランプを吹き消した。
暗闇の中で、静かに息を整える。
動き始めた歯車は、止まらない。
ならば——こちらも、止まらずに動くだけだ。
エルザの夜が、深く静かに更けていった。
第29話、お読みいただきありがとうございました!
アキトの冷静な判断力、頼もしいですね。
次回第30話もお楽しみに!ブックマーク・評価いただけると励みになります!




