第27話 ゼナの過去
今回もお読みいただきありがとうございます!
第27話はエルザへの帰還と、ゼナ師匠の秘められた過去が明かされます。師弟の絆がさらに深まる、じんわりとした回です。
どうぞお楽しみください!
エルザに戻ったのは、出発から五日後の夕方だった。
ギルドに報告書と証拠品を提出すると、担当者が何度も首を傾けた。
「……古代の封印装置を、解除。依頼内容は魔力の揺らぎの原因調査でしたが、この結果は想定外です」
「霧の原因は封印の副作用でした。解除することで、湖は正常な状態に戻っています」
「古代遺物の鑑定が必要ですね。鑑定士を呼びますので、少々お待ちください」
鑑定士が水晶球の欠片を調べると、目を丸くした。
「これは……二千年以上前の魔法陣の残骸です。現代の技術では作れないものです」
「解除には問題ありませんでしたか?」
「逆に聞きたいくらいです。どうやって解除されたんですか?」
俺は静かに答えた。
「五属性の同時制御で、封印構造を外側から弛緩させました」
鑑定士がしばらく絶句した。
「……五属性同時制御は、理論上可能とされていますが、実証した人物は記録にありません」
「そうなんですか」
「……お名前を伺っていいですか?」
「アキト、Bランクです」
鑑定士が丁寧にメモを取った。
◇
報告を終え、三人でギルドを出ると、ブルスが言った。
「また記録を作ったな」
「そのつもりはなかったんですが」
「でもまあ……いい仕事だった。湖がきれいになって、誰かが喜ぶ。それで十分だ」
ミレイが空を見上げた。
「次の封印がどこかにあるとしたら、いつか行く?」
「……気になっているのは確かです。でも、焦ることはないと思っています」
「なんで?」
俺はしばらく考えてから言った。
「封印が俺を必要としているなら、向こうから引き寄せられる気がして。焦って探し回るより、今できることを続けていれば、自然と次が見つかると思います」
ミレイが少し驚いた顔をした。
「……それ、すごく冷静な考え方ね」
「追放されて以来、焦っても仕方ないと学びました」
ブルスが「そうだな」と静かに頷いた。
◇
翌日、ゼナの工房に報告に行くと、ゼナはすでに結果を察していたように見えた。
「顔を見れば分かる。うまくいったね」
「はい。全属性同調のスキルが解放されました」
ゼナが俺の目を見て、小さく息を吐いた。
「そうか。ついに始まったね」
「始まった、というのは?」
ゼナが作業台に背を預けた。
「アキト、私が十五年前に調べた遺跡の話をしたことを覚えているか?」
「原初の魔法師の記録があった場所ですね」
「その遺跡に、もう一つ記述があった。『継承者は、世界に散る封印を解くたびに新たな力を解放し、やがて全ての力が揃った時——原初の魔法師と同等の存在となる』」
俺は黙って聞いた。
「つまり、霧の湖は最初の封印に過ぎない。まだ先がある」
「……いくつあるんですか?」
「遺跡の記録によれば——五つだ。五属性に対応する、五か所の封印地点」
五つ。
今回で一つ。残り四つ。
「ゼナさんは、なぜそれを最初から教えてくれなかったんですか?」
俺は責めるつもりはなく、ただ疑問として聞いた。
ゼナがしばらく黙った。
「……怖かったんだよ」
静かな声だった。
「昔の弟子の話をしたね。折れてしまった子の話を」
「はい」
「あの子は優秀だった。でも、大きすぎる運命を示してしまったせいで、重さに耐えられなくなった。だから、お前にはまず自分の足で立つ力をつけてほしかった。運命を知る前に」
俺はゼナの目を見た。
静かな眼差しの中に、後悔と、それ以上の何か——慈しみの色があった。
「……今、話してくれたのは?」
「お前はもう、十分に立っているから」
短い言葉だった。
でも、重かった。
俺はゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます、ゼナさん」
ゼナが鼻を鳴らして、炉に向かった。
「礼はいらない。さあ、授業の続きをするよ。今日は魔道具の核に全属性同調を応用する実験だ」
「はい」
俺は炉の前に立った。
五つの封印。残り四つ。
その重さを、俺はゆっくりと受け取った。
でも——重くはなかった。
ゼナがいる。ブルスがいる。ミレイがいる。
一人じゃないから、どんな重さも運べる。
炉の炎が、静かに揺れた。
◇
その夜、三人で食堂に集まった。
俺がゼナから聞いた話——五つの封印、原初の魔法師との同等の力——を、ブルスとミレイに打ち明けた。
話し終えると、しばらく沈黙があった。
最初に口を開いたのはミレイだった。
「……原初の魔法師と同等の力、か。それって、この世界で最強レベルってこと?」
「そうなる可能性があります。ただ、今はまだ五分の一しか解放されていないので」
「残り四つの封印は、どこにあるの?」
「まだ分かりません。おそらく、世界の各地に散在しているはずです」
ブルスが腕を組んだ。
「その封印を全部解くのが、お前の目標になるのか?」
俺は少し考えてから答えた。
「目標というより……向き合うべきことだと思っています。逃げるつもりはないし、でも急ぐつもりもない」
「何で急がない?」
「今の自分には、まだやることがある。ゼナさんのもとで学ぶこと。三人でBランクとして実績を積むこと。それが後回しになるような焦り方はしたくない」
ブルスがふっと息を吐いた。
「……落ち着いてるな、お前は」
「追放されてから、ずっとそう心がけています。焦った時ほど、見えなくなるものがあると学んだので」
ミレイが静かに言った。
「ねえ、アキト。一つ聞いていい?」
「何でしょう」
「その封印を全部解いた後、あなたはどうなるの? 原初の魔法師と同等の力を持ったとして——何がしたい?」
俺は少し驚いた。
これは誰にも聞かれたことがなかった。
俺はしばらく、真剣に考えた。
「……分かりません。正直なところ」
「分からない?」
「今は、目の前のことを一つずつやっていくことだけ考えています。その先が何になるか——今の俺には、まだ見えない」
ミレイが少し笑った。
「それが、らしいわね」
「そうですか?」
「先のことより今のこと、って感じ。アキトってそういう人だもの」
ブルスがエールをあおった。
「俺はついていくだけだ。お前がどこへ向かっても、そこに面白いことがありそうだからな」
俺は少し笑った。
「ありがとう、二人とも」
ミレイが頬杖をついた。
「ま、五つ全部解いた時のことは、その時に考えましょ。今日は帰還祝いよ」
「乾杯!」とブルスが声を上げた。
三つのカップが鳴った。
食堂の喧噪の中、三人の笑い声が混じる。
封印が一つ解けた。
力が一段広がった。
でも今夜は、ただそれを祝うだけでいい。
俺は静かにカップを傾け、エルザの夜を味わった。
◇
宿に戻った後、俺は布団に入りながら今日一日を振り返った。
ゼナの言葉が、耳に残っていた。
——お前はもう、十分に立っているから。
追放された日、俺は何も持っていなかった。
名誉も、仲間も、居場所も。
でも今は——ゼナがいる。ブルスがいる。ミレイがいる。
工房があって、スキルがあって、依頼がある。
一か月足らずで、こんなに変わった。
人は、環境と自分の行動で変わる。
俺がそれを証明できている気がした。
五つの封印のうち、一つが解けた。
残り四つは、どこにある?
その問いを胸に抱えながら、俺は静かに目を閉じた。
答えは、歩いていれば見つかる。
そう信じながら、眠りについた。
エルザの夜が、穏やかに更けていった。
第27話、お読みいただきありがとうございました!
ゼナ師匠のあの言葉、心に刺さりましたね。
次回第28話もお楽しみに!ブックマーク・評価いただけると励みになります!




