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第25話 霧の湖へ

今回もお読みいただきありがとうございます!

第25話、三人で霧の湖へ向かいます。魔力の揺らぎの正体とは——そして古代文字の紋様との繋がりが、少しずつ見えてきます。

どうぞお楽しみください!

 明後日の朝、三人はエルザの北門を出た。

 霧の湖(きりのみずうみ)までは、街道を三日かけて北上する。


 道中、ブルスが馬を並べながら言った。


「アキト、昨日の勘——何か具体的に気になることがあったのか?」


 俺はしばらく考えてから、正直に答えた。


「岩竜の根城で見た古代文字の紋様です。ゼナさんに調べてもらったら、『封印』と『覚醒』に関わる意味があると分かりました。霧の湖に異常な魔力の揺らぎがある——何か繋がりがある気がして」


 ブルスが眉を寄せた。


「封印と覚醒、か。物騒だな」

「まだ確証はありません。ただの勘かもしれない」

「でも、お前の勘は当たるからな」


 ミレイが馬上から俺を見た。


「その紋様、私も見せてもらっていい?」


 俺は懐から写しを取り出し、手渡した。


 ミレイがしばらく眺めて、首を傾けた。


「これ……似た図形を、どこかで見た気がするわ」

「どこで?」

「実家の本棚に、古代魔法の研究書があって。子どもの頃に読んだんだけど……」


 ミレイが記憶を手繰るように目を細めた。


「確か、魔力収束点まりょくしゅうそくてんに関係する紋様だったと思う。世界の各地に散在する、魔力が自然に集まる場所を示す道標、みたいな」


 俺は少し身を乗り出した。


「魔力収束点……霧の湖が、そのひとつだと?」

「可能性はあるんじゃないかな。異常な魔力の揺らぎ、というのも符合するし」


 三人、しばらく無言で馬を進めた。


 ——魔力収束点。封印。覚醒。


 点が、少しずつ線になろうとしている気がした。


   ◇


 二日目の夕方、街道沿いの宿場町で一泊した。


 宿の食堂で夕食を取っていると、隣のテーブルの旅人たちの会話が耳に入った。


「聞いたか? 霧の湖、最近近づけないらしいぞ」

「なんで?」

「湖岸に近づくと、妙な感覚に陥るって。方向感覚が狂うとか、幻覚が見えるとか」

「魔物のせいか?」

「それが、魔物の気配はないらしい。霧だけが出て、その霧の中に何かいるんじゃないかって——」


 俺は静かにスープを一口飲んだ。


「聞こえた?」とミレイが小声で言う。

「ええ」

「霧の中に何か……ね」


 ブルスが腕を組む。


「戦闘系じゃないとしたら、精神系の魔物か、あるいは……」

「魔法的な干渉の可能性もあります。封印が解けかけているとしたら、その影響が周囲に出ている、という考え方もできる」


 ミレイが神妙な顔で頷く。


「明日、湖に着いたら慎重に動きましょう」

「そうします。ただ——」


 俺は紋様の写しを机に置いた。


「何かが解放されようとしているなら、それを止めるべきか、あるいは——正しく導くべきか、まだ判断できていません」


 ブルスが「正しく導く?」と聞く。


「封印には理由があります。解いていいものかどうかは、中身を見てみないと分からない。だから今は、まず調査優先で」

「了解だ」


 夜の宿場町は静かだった。

 遠くで風の音がして、どこか不穏な空気が漂っていた。


   ◇


 三日目の昼前、霧の湖が見えてきた。


 名前の通り、湖の水面を白い霧が覆っている。

 ただ——近づくにつれ、その霧が尋常ではないことが分かった。


 霧は動いていない。風があるのに、一切揺れない。


「……魔法的な霧だ」


 ミレイが呟いた。


「俺の感知では、湖の中心部に非常に強い魔力の集中点があります。半径五十メートル以内に近づくと、干渉を受けるかもしれない」

「どう動く?」


 ブルスが俺を見た。


「まず湖岸を外周して、全体の状況を把握します。正面からは入らない」


 三人で慎重に湖岸を回り込んでいくと、北側の岸辺に古い祠があった。


 苔むした石造りで、扉は半分崩れている。

 そして——扉の残骸に、あの紋様が刻まれていた。


「……やっぱり、関係があった」


 ミレイが息を飲む。


「アキトの勘、大当たりね」


 俺は祠の前に立ち、紋様を間近で観察した。

 岩竜の根城で見たものより、ここのものは大きく、複雑だ。


 そして——紋様の中心部が、かすかに光を放っていた。


「……何かが、目覚めようとしている」


 その言葉が、口をついて出た。


 霧が、静かに揺れた。


   ◇


 祠の内部を慎重に調べた。


 中には石製の台座があり、その上に拳大の水晶球(すいしょうだま)が置かれていた。

 水晶球の内側に、霧と同じ白い光が渦巻いている。


「これが、魔力の発生源ですか?」


 ミレイが近づこうとしたので、俺は手で制した。


「待ってください。魔力感知で確認します」


 俺は意識を集中し、水晶球から放たれる魔力の構造を読み取ろうとした。


 ——複雑だ。


 単一属性ではない。五属性すべての魔力が、精緻に絡み合って封じ込められている。


「……五属性の複合封印です。相当な術者が作ったものだ」

「解除できる?」とブルスが聞く。

「できると思います。ただ——解除すべきかどうかは、まだ判断できない」


 俺は台座の周囲を調べた。


 台座の側面に、また古代文字が刻まれていた。

 今度は、岩竜の根城のものより長い文章だ。


「ミレイさん、これを見てもらえますか。古代魔法の研究書で読んだ知識が活きるかもしれない」


 ミレイが屈み込んで、文字を眺める。


「……少しだけ読めるわ。『この器に眠るは、原初の力の欠片。目覚めるべき者が来たる時、封印は解かれ、力は継承される』」


 静寂。


「……目覚めるべき者」


 ブルスが俺を見た。


「アキト、お前のことじゃないのか」

「まだ分かりません」


 でも——水晶球が、俺に向かって少し強く輝いた。


 まるで、呼んでいるように。


「……一度、ゼナさんに相談してから判断したいと思います。今日は調査記録を取って、エルザに戻りましょう」


「賢明だ」とブルスが頷いた。


 三人は祠の内部を丁寧に記録し、霧の湖を後にした。


 帰路、俺は振り返った。


 霧は相変わらず湖面を覆っている。

 でも——何かが変わった気がした。


 水晶球の光が、少し強くなっていた。


 ——来たれ、と言っているのか。


 俺はゆっくりと前を向き、歩き出した。


 この謎の答えは、必ず解く。


 エルザへの帰路、三人の足取りは静かだったが、確かな目的意識に満ちていた。


   ◇


 エルザに戻り、すぐにゼナの工房を訪ねた。


 祠の記録と紋様の写しを見せると、ゼナの顔色が変わった。


「……これは」


 ゼナが写しを手に取り、しばらく凝視した。


「『目覚めるべき者が来たる時、封印は解かれ、力は継承される』」


 俺が読み上げると、ゼナが静かに言った。


「アキト。一つ聞くが——お前のスキル欄には、何が表示されている?」


 俺はためらわずに答えた。


「……∞です。無限の記号が」


 ゼナがゆっくりと頷いた。


「やはりそうか」

「どういうことですか?」

「古代の記録には、こうある。原初の魔法師は自らの力を世界に遺した。その力を受け継ぐ資格を持つ者は、いつの時代にも一人だけ存在する。その者のスキル欄には——」


 ゼナが俺を見た。


「無限の記号が刻まれる、と」


 俺は静かに、その言葉を受け取った。


「……俺が、その継承者ということですか」

「可能性が高い。ただし、封印を解くかどうかは、お前自身が決めることだ。私には何も言えない」


 ゼナが写しを返した。


「急ぐことはない。十分に考えろ。そしてお前が決断する時は——三人で行け」


「……はい」


 工房を出ると、ブルスとミレイが外で待っていた。


「どうだった?」とミレイが聞く。


「少し、話させてください」


 三人で広場のベンチに座り、俺はゼナに聞いたことをすべて話した。


 原初の魔法師。力の継承。∞の意味。


 話し終えると、しばらく静寂があった。


 最初に口を開いたのは、ブルスだった。


「……で、お前はどうしたい?」


 俺は少し考えてから、答えた。


「解きに行きます。あの水晶球の封印を」

「理由は?」

「俺の力の正体を、ちゃんと知りたい。それだけです」


 ブルスが頷いた。


「分かった。一緒に行く」


 ミレイも頷いた。


「もちろんよ。一人で行かせるわけないでしょ」


 俺は、二人を見た。


 こんな話を聞いても、迷わずついてくると言う。


 ——ありがとう。


 言葉にはしなかったが、確かにそう思った。


 エルザの夕暮れが、三人を橙色に染めた。


 次の出発は三日後——再び、霧の湖へ。

第25話、お読みいただきありがとうございました!

霧の湖の底に眠るもの——次回第26話でいよいよその全貌が明らかに!お楽しみに!

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