第21話 二重効果薬の完成
今回もお読みいただきありがとうございます!
第21話、ゼナ師匠が「誰も成功していない」と言った複合ポーションに、アキトが挑みます。果たして結果は……?
どうぞお楽しみください!
炉の前に立ち、俺は素材を一つずつ確認した。
攻撃力強化成分を持つ赤輝草。回復効果を持つ緑輝草。そして両者を繋ぐ媒介として魔力安定剤と、俺が先日作った土水複合触媒。
「二重効果薬が成功しない理由は分かりますか?」
ゼナが後ろで腕を組んで聞く。
「攻撃強化と回復は、素材レベルで相反する性質を持つためです。加熱すると互いに拮抗して、どちらかの効果が打ち消される」
「正確だ。では、どう解決する?」
俺はしばらく考えた。
「……二つの素材を同時に加熱するのではなく、段階的に処理する。まず赤輝草を先に精製して効果成分を固定化し、その後に緑輝草エキスを加える。固定化した成分は拮抗を起こしにくくなるはずです」
ゼナが少し目を細めた。
「その発想、どこから来た?」
「昨日の錬金術概論の続きを読んでいて、金属合金の製法にヒントがありました。異なる性質の金属を混ぜる時、先に片方を『固相安定化』してから混合する手法があって——」
「金属加工の理論を薬品精製に転用したのか」
「試してみます」
◇
作業を始めた。
まず赤輝草を炎属性の精密加熱で処理する。
通常の加熱では揮発しやすい攻撃強化成分を、風属性の魔力で内側から押さえ込みながら、ゆっくりと結晶化させる。
三十分後、赤輝草の成分が薄い赤色の結晶体として析出した。
「……固相安定化、成功です」
次に、この結晶を低温の炉で温めながら、緑輝草の濃縮エキスを一滴ずつ加えていく。
加えるたびに、液体の色が変化する。
赤から橙、橙から黄金色へ。
そして——
最後の一滴を加えた瞬間、液体が静かに輝いた。
「……止まれ」
ゼナの声が、低く響いた。
俺は手を止めた。
ゼナが鑑定石をかざす。
長い沈黙。
「……二重効果薬。攻撃力強化係数〇・八、回復効果係数一・二」
ゼナの声が、珍しく震えていた。
「……信じられない」
俺はゆっくりと息を吐いた。
「成功ですか」
「成功だ。この薬品が完成したという記録は、ギルドの歴史に一件もない。理論上は可能とされていたが、実証した者が一人もいなかった」
ゼナが俺の方を向く。
その目に、驚きと——俺にはめったに見せない、喜びの色があった。
「アキト、お前は……本当に規格外だな」
「ゼナさんのヒントがあったからです。誰も成功していないものを、だからこそ試せと言ってくださったので」
「……謙遜するんじゃない」
ゼナが小さく笑った。
◇
翌日、完成した二重効果薬をギルドの素材窓口に持ち込んだ。
鑑定士が何度も石を当て直し、最終的に上席の鑑定士まで呼ばれた。
「これは……二重効果薬です。本物です」
「鑑定結果をそのまま記録してください」
担当者が困惑した顔でペンを走らせる。
後日、この薬品一本の買取価格が提示された。
金貨二百枚——二百万ルム。
「一本で、二百万……」
隣でミレイが呆然とする。
「ちなみに量産はできるんですか?」と担当者が聞く。
「精製に一本あたり一時間半かかります。素材の入手次第では、週に数本は可能かと」
担当者が口を押さえた。
「……正式に、独占納品契約のご検討をいただけますか」
「ゼナさんと相談します」
ブルスが後ろで「……俺、この世界で生きていける気がしてきたわ」と呟いた。
「何の話ですか?」
「お前の隣にいれば、なんとかなりそうだって話だよ」
ミレイが吹き出した。
「それがアキトパーティーの強みね」
俺は少し照れながら、でも嬉しかった。
三人でいる。
それが、今の俺の最大の強みだと思っている。
◇
工房に戻り、ゼナに結果を報告した。
「一本二百万か。まあ妥当だろう」
あっさりと言うゼナ。
「独占納品契約の話が来ています」
「どうする? お前の薬だ、お前が決めていい」
俺は考えた。
「独占はせず、複数のギルドに供給したいと思います。一か所に依存すると、交渉力が弱まるので」
ゼナが目を細めた。
「……商才もあるじゃないか」
「常識的な判断だと思いますが」
「常識的な判断を、十七歳でできる冒険者はそうそういないよ」
ゼナが素材棚に背を向けながら、ぽつりと言った。
「……Bランク試験、必ず受かって来い。お前にはもっと広い舞台が必要だ」
俺は静かに頷いた。
「はい。必ず」
試験まで、残り十日。
俺はまた一歩、確かな前進を感じた。
◇
その夜、三人で夕食を取りながら、試験の最終確認をした。
「筆記の山、ちゃんと覚えてきた」
ブルスがノートを見ながら言う。
「鉄甲虫は火属性、岩蜥蜴は水属性、霧狼は炎と土の複合属性……」
「霧狼は風属性も有効ですよ。霧を操るので」
「……追加で覚えた」
ブルスがすばやくメモを書き足した。
「ミレイさんは?」
「ギルド規約、全部読み直した。あとモンスター図鑑の基礎百種も」
「完璧ですね」
「アキトは言わずもがなね」
ミレイが苦笑する。
「俺も念のため確認します。試験当日、何が出ても対応できるようにしておきたいので」
「……本当に抜け目ないわね」
三人で笑い合う。
「実技はどうする? 事前に何か準備するか?」
ブルスが聞いた。
「普段通りで問題ないと思います。評価員が見ているのは、パーティーとしての動き方と判断の速さです。奇をてらう必要はない」
「そうだな。俺たちの普段の動きが一番の武器だ」
ミレイがこくりと頷く。
「面接だけは少し緊張するわ。ガレンさん、眼光が鋭いんだもの」
「正直に答えれば大丈夫ですよ。ガレンさんは本質を見る人です。取り繕っても見抜かれます」
「……アキト、なんでそんなこと分かるの?」
「目を見れば、なんとなく」
ミレイが「怖い」と言いながら笑った。
◇
夜が更け、三人が宿に戻った後、俺は一人で窓の外を眺めた。
試験まで十日。
正直に言えば、落ちる気はしない。
筆記も実技も面接も、今の自分なら問題ない。
ただ——一つだけ、気になることがあった。
Bランクになれば、活動の幅が広がる。
依頼の規模も、移動の範囲も。
そうなれば——勇者パーティーと、再び交わる可能性が高くなる。
北部に向かったレイたちは、今どこにいるのか。
俺はそれが気になっていた。
恐れているわけではない。
ただ——心の準備をしておきたかった。
次に会う時、俺はもう「追放された無能」ではない。
Bランク冒険者にして、前例のない錬金術師。
それが——俺の今の姿だ。
星空を見上げながら、俺は静かに決意を固めた。
十日後。
三人で、Bランクへ上がろう。
◇
試験前日の夜、ゼナの工房に最後の挨拶に行った。
「明日が試験か」
「はい。報告に来ました」
ゼナが作業台の片付けをしながら言う。
「緊張しているか?」
「……少し」
「正直だね」
ゼナが手を止めて、俺を見た。
「緊張は悪いことじゃない。真剣だという証拠だ。だが、緊張に飲まれるな」
「はい」
「いつも通り動けば、それで十分だ。あんたの『いつも通り』は、すでに十分すぎるくらい強い」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます、ゼナさん」
「礼はBランクになってから言え。さあ、早く帰って休め。寝不足で試験に臨むな」
工房を出ると、夜風が頬をなでた。
空には星が多かった。
ゼナの言葉が、胸に静かに沁みる。
いつも通り。それで十分。
俺は深く息を吸い込んで、宿への道を歩いた。
明日——Bランク昇格試験。
恐れることは何もない。
ただ、三人で、前へ進む。
それだけでいい。
エルザの夜風が、背中を静かに押してくれた。
第21話、お読みいただきありがとうございました!
ゼナ師匠の「……信じられない」という言葉、アキトにとっては最高の誉め言葉ですね。
次回第22話、いよいよBランク昇格試験が始まります!お楽しみに!
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