第2話 ∞の意味
前話に引き続きお読みいただきありがとうございます!
今回はアキトが自分の力の正体に迫っていきます。
じっくり読んでいただけると嬉しいです。
感想・評価もお待ちしております!
夜が、深かった。
焚き火もなく、毛布もなく、アキトは森の丸太に腰を下ろしたまま、ただ空を見上げていた。
木々の隙間から覗く星が、やけに遠く見えた。
頭の中はまだざわついている。溢れ出したスキルの名前たちが、波のように押し寄せては引いていく。剣術、魔法、治癒、鑑定、錬金術、隠密――数えきれない能力が、まるで自分のものだと主張するように、意識の端をちかちかと照らし続けていた。
「……落ち着け」
アキトは目を閉じ、深く息を吸った。
ゆっくりと、意識を内側へ向ける。
そうすると、不思議なことに、流れは少しだけ緩やかになった。濁流のようだった情報が、川のように、一本の筋道を持ち始める。
試しに「剣術」だけに意識を絞ってみた。
瞬間、体中に何かが満ちる感覚があった。筋肉の使い方、踏み込みの角度、刃の走らせ方――剣を一度も真剣に修行したことがないはずなのに、その知識が手の届く場所に存在していた。まるで、ずっと昔から知っていたような、不思議な確かさだった。
「これが……スキルを『持つ』ということか」
呟いて、アキトは手近な枝を拾い上げた。
構える。
たったそれだけの動作が、今日の朝とは全く違った。体の重心がどこにあるべきか、足をどう開けば安定するか、枝をどの角度で握れば力が伝わるか――全てが、当然のように体に馴染んでいた。
素振りを一度、振る。
空気が裂けた。
ただの枝で振っただけなのに、鋭い風切り音が闇夜に響いた。アキトは目を丸くして、自分の手元を見た。
「……本物だ」
笑いが漏れた。今度は乾いた笑いではなく、純粋に驚いた、子供のような笑いだった。
枝を捨て、今度は魔法へ意識を向ける。
炎魔法。
手のひらに集中すると、小さな炎の塊がふわりと生まれた。消える。また生まれる。大きくしようと思えば大きくなり、細くしようと思えば細くなる。まるで粘土を捏ねるように、自在に形が変わった。
「制御できる……」
次に氷魔法。手のひらに、今度は冷たい霧が凝縮し、小さな氷の結晶が浮かんだ。二つを同時に出そうとすると、両手にそれぞれ炎と氷が宿った。普通なら干渉して消えるはずなのに、互いに影響しない。
アキトは暗い森の中で、しばらくその光景を眺めていた。
右手に炎。左手に氷。その対比が、なんだかひどく滑稽で、同時に美しかった。
「……一年間、何をしていたんだろうな、俺は」
ぽつりと、声が落ちた。
スキル鑑定で「無能」と言われたあの日から、アキトは自分の可能性を信じることをやめた。無能なら、せめて役に立とうと思って荷物を運んだ。食事を作った。野営地を整えた。
だが結局、「役に立つ」ことと「必要とされる」ことは、違ったのだ。
炎と氷を、両手で消した。
闇が戻る。星だけが光っている。
アキトはもう一度、ステータスプレートを取り出した。淡い光の中に浮かぶ、あの記号。
[#大きな文字]∞[#大きな文字終わり]
無限。
鑑定士は「エラー」と言った。だが今なら分かる。エラーではなかった。あの鑑定士の道具が、この数字を読み切れなかっただけだ。
世界中のスキルを数えたとして、その総数がいくつになるか、アキトには分からない。だが自分の中にある能力の洪水は、まだ底が見えない。おそらく一生かけても、全てを使いこなすことはできないだろう。
それでも。
「……面白いじゃないか」
アキトは立ち上がった。
膝についた土を払い、荷物袋を肩に掛ける。夜明けまで、まだ少し時間があった。それまでの間、できることをやっておこうと思った。
まず、鑑定スキルで周囲の植物を調べてみた。食べられるものと、毒のあるものが一目で分かった。薬草として使えるものも幾つか見つかった。名前も用途も、スキルが自動的に教えてくれる。図鑑を丸ごと頭の中に入れたような、不思議な充足感だった。
次に錬金術スキルを試した。その薬草を手のひらで軽く圧縮すると、凝縮された回復薬のような液体が滲み出てきた。完成度は低いかもしれないが、使えないことはないだろう。磨けば磨くほど、精度は上がっていくはずだ。
さらに隠密スキルを起動すると、自分の気配が薄くなる感覚があった。周囲の魔獣の気配が一方的に感じ取れる。近くにいたオークが一頭、アキトの真横を通り過ぎたが、全く気づかなかった。
「……便利すぎる」
思わず苦笑した。
一年間、役立たずと罵られ続けた自分が、今この瞬間、何十もの能力を同時に行使している。誰に教わったわけでもなく、ただ、意識を向けるだけで。
なぜ今まで気づかなかったのか。答えは簡単だった。「無能」という烙印を、アキト自身が疑わなかったからだ。鑑定士が言った。仲間が笑った。だから自分もそう思い込んだ。
思い込みとは、恐ろしいものだと、アキトは静かに思った。
◇
夜明けが近い頃、森の奥から低い唸り声が聞こえた。
アキトが振り返ると、三メートルはあろうかという大型の魔獣――岩熊が、こちらに向かってきていた。黒い毛並みに岩のように硬い皮膚を持つ、Cランク相当の危険種だ。
以前のアキトなら、死に物狂いで逃げていただろう。
だが今は違う。
剣術スキルを起動したまま、アキトは動じずに立った。岩熊が距離を詰めてくる。大きな爪が振り下ろされる直前、アキトは半歩だけ横にずれ、爪の軌道を紙一重で躱した。
そして、岩熊のわき腹に手のひらを当て、氷魔法を最小限だけ流し込んだ。
ぴき、と音がして、岩熊の動きが一瞬止まった。皮膚の表面に薄い氷の膜が張られ、そのわずかな硬直の隙に、アキトは後ろへ飛び退いた。
「……やっぱり動ける」
岩熊は唸りながらも、それ以上は追ってこなかった。魔獣なりに、目の前の存在が「やばい」と判断したのかもしれない。
アキトはゆっくりと息を吐いた。
戦えた。それどころか、余裕があった。
夜明けの光が、木々の向こうから差し込み始めた。
アキトは東を向いた。辺境の道が、朝日に照らされて伸びている。どこへ続いているかは分からない。だがそれでいい。目的地は、これから決めればいい。
歩き出す前に、もう一度だけ空を見上げた。
昨夜よりも、星は少し、近く見えた気がした。
[#大きな文字]∞[#大きな文字終わり]
捨てられた俺が持っていたのは、世界で一番大きな数字だった。
さて――どこから始めようか。
◇
一方、その頃。
王都から半日の距離にある街道の宿で、レイドは天井を見上げていた。
「……なんで俺が、あんな奴のことを考えなきゃいけないんだ」
呟いた声には、自分でも気づかないわずかな棘があった。
アキト・霧島。
スキルなし、戦闘力なし、魔法なし。ただ荷物を運んで飯を作るだけの、みすぼらしい少年。パーティーから切り捨てて、何も問題はないはずだった。
それなのに、追放してから一日も経たないのに、なぜかあの無表情がちらついて消えない。
「……分かった、世話になった」
あの時の声が、耳の奥に残っている。
怒鳴りもしなかった。泣きもしなかった。ただ静かに、背を向けて歩いていった。
レイドは舌打ちをして、目を閉じた。
――どうせもう会うことはない。辺境の森で野垂れ死ぬか、あるいは物乞いにでもなるか。それだけのことだ。
そう思うことにした。
第2話、お読みいただきありがとうございました!
アキトがようやく自分の力と向き合い始めた回です。
「思い込み」って本当に怖いですよね……。
次話ではいよいよ最初のスキルを実戦で本格的に使い始めます。
岩熊との戦闘、どうぞお楽しみに!
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