第19話 初めての弟子入り
今回もお読みいただきありがとうございます!
第19話はゼナ師匠のもとで錬金術の修業開始です。厳しくも温かい指導と、アキトの吸収力の高さが光ります。
どうぞお楽しみください!
明後日——と言われた日の朝、俺は工房に向かった。
手には昨夜まとめた新触媒のレシピを書いた紙と、素材ノートを持っている。
工房の扉を叩くと、ゼナがすでに炉に火を入れていた。
「時間通りだね。いい心がけだ」
ゼナが振り返らずに言う。
「レシピ、持ってきました」
「置いといで。まず今日は基礎から確認する」
椅子を示されたので座ると、ゼナが正面に立った。
「錬金術の三原則を言ってみな」
「素材の本質を理解すること。変化を強制せず、誘導すること。そして——完成形を先に描くこと」
ゼナが片眉を上げた。
「どこで覚えた?」
「本です。エルザの古本屋で買った『錬金術概論』に」
「……正解だ。続けて、属性干渉の基礎法則は?」
「相反属性(炎と水、土と風)は直接干渉させると反発が起きる。ただし媒介素材を挟むことで共鳴状態に移行できる」
ゼナがまた片眉を上げる。
「独学でそこまで理解しているのか」
「昨日の新触媒で実際に試してみました」
ゼナはしばらく黙って俺を見てから、ふっと息を吐いた。
「……教えることが何もなくなりそうだね」
「そんなことはないと思います。実践での感覚は、まだ全然足りていないので」
ゼナがわずかに微笑んだ。
「正直な子だ。じゃあ今日は、実践だ。炉の前に立ちな」
◇
ゼナが最初の課題として指示したのは、上位回復薬の精製だった。
「材料は棚に揃えてある。手順を自分で組み立てて作ってみな。参考書なしで」
俺は素材棚から必要なものを選び出した。
緑輝草エキス、癒し草の根、精製水、魔力安定剤。
手順を頭の中で組み立てる。
加熱は炎属性で、ただし水属性の魔力を薄く纏わせて温度の暴れを抑える。
各素材を加えるタイミングは、液体の粘度変化を感じながら調整する。
俺は炉に素材を投入し、指先の魔力操作で精密にコントロールしながら加熱を進めた。
二十分後、澄んだ青緑色の液体が完成した。
ゼナが鑑定石をかざす。
「……上位回復薬、回復効果係数一・八。基準値は一・二だ」
静かな声だった。
「一・八というのは?」
「見たことがない数値だよ」
俺は少し考えた。
「炎と水属性の同時制御で、素材の有効成分の揮発を最小限に抑えたのが効いたかもしれません」
「……それを初回で、感覚でやったのか」
「はい」
ゼナがため息をついた。
「アキト。あんたは天才だよ」
「そうでしょうか」
「謙遜するんじゃない。素直に受け取りな」
俺は少し戸惑いながら、頷いた。
「……ありがとうございます」
◇
昼過ぎまで作業を続け、ゼナの指示で三種類の薬品を精製した。
どれも基準値を上回る出来だった。
「今日の授業はここまで。次回は触媒合成の応用を教える」
ゼナが作業台を片付けながら言う。
「一つ聞いてもいいですか」
「何だい」
「ゼナさんは、なぜ引退されたのですか?」
ゼナの手が、一瞬止まった。
「……聞きたいかい?」
「差し支えなければ」
ゼナはしばらく黙って、それから静かに言った。
「昔、弟子をとったことがある。優秀な子でね。でも、私の教え方が厳しすぎて、途中で折れてしまった」
俺は何も言わなかった。
「それからは、一人でやってきた。弟子なんて二度ととるつもりはなかったよ」
「……では、なぜ俺を?」
ゼナがこちらを向いた。
「あんたは折れない。目を見れば分かる。どんな言葉を投げつけても、芯の部分は揺れない目をしてる」
俺は静かに、その言葉を受け取った。
「……精進します」
「ああ。期待してるよ」
工房を出ると、午後の光が眩しかった。
師匠の言葉が、胸の奥にじんわりと沁みた。
折れない、か。
追放されたあの夜——確かに、折れなかった。
折れなかったから、今がある。
俺は空を見上げ、静かに歩き出した。
◇
その夜、ミレイとブルスに今日のことを話した。
「ゼナさんって、元Aランク錬金術師よね。その人に弟子入りできたの?」
ミレイが目を輝かせる。
「ええ。週に二日、直接指導してもらえることになりました」
「すごいじゃない! どんな人だった?」
「厳しいですが、筋の通った方でした。錬金術への敬意が深くて……話していて、勉強になりました」
ミレイがにこにこしている。
「アキトが誰かを素直に尊敬するのって、珍しいわね」
「そうですか?」
「そうよ。いつも何でも自分でできちゃうから、誰かに頼る場面が少ないじゃない」
ブルスが腕を組んでうなずく。
「確かに。師匠ができたのはいいことだ。アキトにも、素直に教わる経験が必要だろうな」
「……それはどういう意味ですか」
「いい意味だよ。お前、強すぎて孤立しやすいタイプだからな」
俺は少し黙った。
孤立、か。
追放されて一人になったあの時は、まさにそうだった。
強さが孤独を生む——それは、勇者パーティーでも感じていたことだ。
「……そうならないように、気をつけます」
「分かってりゃいい」
ブルスがエールをあおった。
「にしても、上位回復薬が基準値の一・八倍か。そんなの流通したら、他の錬金術師が泣くぞ」
「まだ試作段階です。量産できるかは分からないので」
「でも、できたとしたら?」
俺はしばらく考えた。
「……その時は、値段を下げすぎず、でも必要な人に届く価格で出したいと思います」
ミレイが笑う。
「商売のこと、ちゃんと考えてるのね」
「錬金術師は、力だけじゃなく流通まで考えないといけないとゼナさんに言われました」
ブルスが「なるほど」と頷く。
「いい師匠じゃないか」
「ええ。恵まれていると思います」
◇
夜、宿の窓から星空を眺めながら、俺は今日のことを振り返った。
錬金術の基礎は本で学んでいたが、実際に経験豊富な師匠の前でやってみると、気づくことがたくさんあった。
素材への向き合い方。
作業中の集中の持ち方。
完成形を「感じる」こと。
知識と感覚は別物だと、改めて実感した。
俺の力は確かに広い。
でも、広いことと深いことは違う。
ゼナのもとで、深さを学ぼう。
目を閉じると、今日の作業の感触がよみがえってくる。
炎と水の温度感、素材が変化する瞬間の微妙な抵抗感。
次の授業まで、もっと練習しておこう。
そう決めて、俺はゆっくりと眠りについた。
エルザの夜は、静かに更けていった。
◇
翌朝、俺はギルドへ顔を出した。
掲示板を眺めていると、エリカさんが声をかけてきた。
「アキトさん、少しよろしいですか」
「何でしょう」
「昨日、上位回復薬の鑑定申請が来ていたのですが……ゼナさんの工房からの出品ですよね」
「俺が作りました。ゼナさんの工房を借りています」
エリカさんが少し驚いた顔をする。
「係数一・八の上位回復薬……こちら、ギルドの薬剤部門が買い取りを希望しています。定期納品の契約も検討したいと」
定期納品——それは、安定した収入源になる。
「分かりました。ゼナさんとも相談してから、返事をします」
「はい。よろしくお願いします」
エリカさんが頭を下げた。
俺は掲示板に向き直りながら、静かに考えた。
冒険者として依頼をこなしながら、錬金術師として商品を作る。
二本立ての収入が、だんだんと形になってきた。
「……いい感じだな」
思わずひとり言が出た。
「何がいい感じなの?」
いつのまにか隣にミレイが来ていた。
「ギルドから定期納品の打診がありました」
「上位回復薬? もう!?」
「昨日作ったものの鑑定が終わったそうです」
ミレイが額に手を当てる。
「アキトのペース、速すぎない? 工房借りてまだ三日よ?」
「やることが明確なので」
「……普通はもっと迷うのよ」
俺はそうかもしれないと思った。
追放されてから、迷っている時間はなかった。
生き延びるために動き、気づいたら今がある。
「ミレイさんは、迷いますか?」
「迷うわよ、普通に。今日の依頼どれにしようとか、ブルスを起こすべきかとか」
「それは迷いというより日常判断では」
「うるさいわね!」
ミレイが頬を膨らませた。
俺はくすりと笑いながら、掲示板の一枚を取った。
Cランク依頼——エルザ近郊の魔物討伐。報酬二万ルム。
「今日もこれですか」
「行くわよ、もちろん。ブルスを叩き起こしてくるから、待ってて」
ミレイが元気よく階段へ向かう。
俺は依頼票を手に、窓の外を眺めた。
錬金術師としての仕事。
冒険者としての依頼。
師匠との稽古。
仲間との日常。
一つ一つは小さい。
でも積み重なれば——
俺は静かに微笑んだ。
まだ何者でもない今の俺が、少しずつ何かになっていく。
その感覚が、今は何より心地よかった。
第19話、お読みいただきありがとうございました!
ゼナ師匠との師弟関係、これからどう深まるか楽しみですね。
次回第20話もお楽しみに!ブックマーク・評価いただけると執筆の励みになります!




