第18話 錬金術師の工房
今回もお読みいただきありがとうございます!
第18話は、アキトがついに錬金術の工房を借りて本格始動します。魔力結晶を素材に、どんなものが生まれるのか……!
どうぞお楽しみください!
翌朝、俺はエルザの職人区画へ足を向けた。
目的は、工房の賃貸だ。
職人区画は大通りから少し外れた一角にあり、鍛冶師、革職人、薬師、そして錬金術師の工房が軒を連ねている。
看板を眺めながら歩いていると、「工房貸し出し中」という張り紙を見つけた。
扉を叩くと、中から白髪交じりの初老の女性が出てきた。
「何か用かい?」
「工房を借りたいのですが。錬金術の作業ができるものを」
女性はじろじろと俺を眺め、眉を上げた。
「若いね。いくつ?」
「十七です」
「Dランク見習いか?」
「Cランクです」
また少し眺めてから、女性はため息をついた。
「……まあ、入りな。見せてやる」
◇
工房の中は広く、錬金炉、蒸留装置、素材棚が整然と並んでいた。
天井には換気用の魔道具が取り付けられ、作業環境は申し分ない。
「月十五万ルム。光熱費込み。素材と道具は自前でね」
「分かりました。お借りします」
即答した俺に、女性がまた眉を上げる。
「値切らないのかい?」
「適正価格だと思いましたので」
女性はふっと笑った。
「気に入った。私はゼナ。元Aランク錬金術師よ。名前は?」
「アキトです」
「アキト。一つ聞くけど、錬金術の師匠は誰かい?」
「独学です」
ゼナがしばらく俺を眺め、何か見定めるように目を細めた。
「……独学でCランク。珍しい子だね」
「そうでしょうか」
「そうだよ。まあいい——使い方は説明する。ついといで」
◇
一通りの説明を受けた後、俺は早速作業に入った。
まずは魔力結晶の一粒を加工してみることにした。
魔力結晶は、そのままでも素材として高価だが、錬金術で精製することで魔道具の核やポーション強化剤に転用できる。
俺は炉に火を入れ、適切な温度まで上げながら、結晶を専用のるつぼにセットした。
「加熱しながら魔力操作で内部構造を整える……」
指先から細い魔力の糸を伸ばし、結晶の内部に触れる。
炎の精製に、風属性の流れを加えてコントロールする。
通常の錬金術師なら、一属性のみで単純加熱するところを、俺は二属性を組み合わせて精密な温度管理を行った。
三十分後、るつぼから取り出したものは——
親指ほどの大きさの、透明に近い純化魔力核だった。
「……できた」
ゼナがいつのまにか隣に来て、腕組みをしながら覗き込んでいた。
「純化率は……」
ゼナが鑑定石をかざす。
目を見開いた。
「九十三パーセント……?」
「低いですか?」
「低いわけがない。熟練の錬金術師でも七十パーセント出れば上等なんだよ。それを、初回で九十三……」
ゼナが俺の顔をまじまじと見た。
「……本当に独学かい?」
「ええ」
「嘘をつくんじゃない」
「本当ですよ」
ゼナはしばらく絶句し、それから大きなため息をついた。
「……末恐ろしい子だね、あんた」
◇
夕方、工房を出ると、入り口でミレイが待っていた。
「遅いわよ。どうだった?」
「工房を借りました。最初の作業もうまくいきました」
「えっ、もう借りたの!? 早い……」
ミレイが目を丸くする。
「純化魔力核を一粒作りました。明日、素材窓口で換算してもらいます」
「純化魔力核って……あの、最高級の錬金素材?」
「そうです。魔力結晶より希少になります」
ミレイがしばらく固まった。
「……またお金になる?」
「なると思います」
ミレイが天を仰ぐ。
「アキト、あなたって……Cランク冒険者のふりしてるけど、実際何ランク相当なの?」
「Cランクですよ、ギルド公式では」
「そうじゃなくて! 実力的に!」
俺は少し考えて、素直に答えた。
「……よく分かりません」
ミレイが頭を抱える。
「それが一番怖いわよ!」
俺は思わず笑った。
◇
翌日、純化魔力核をギルドの素材窓口に持ち込んだ。
「これは……純化率九十三パーセントの魔力核ですか」
担当者が鑑定石を何度も当て直している。
「一粒で、金貨八十枚。八十万ルムになります」
俺は静かに頷いた。
ブルスが後ろで「……いや待て、元の結晶が金貨十枚で、加工したら八倍になるのか」と呟いた。
「錬金術の付加価値ですね」
「錬金術師って、こんなに稼げるのか……」
"俺は今まで何をやってたんだ"という顔をしている。
「ブルスさんの前衛の腕は、お金に換算できない価値があります」
「……励ましてくれてるのは分かるけど、今は素直に受け取れない」
ミレイが笑い転げている。
それでも——三人でいるこの時間が、俺には何より大切だった。
◇
その夜、俺は工房に一人戻った。
昼間の作業で分かったことがある。
二属性同時操作は、錬金術の工程においても驚くほど有効だということだ。
炎と風で温度を精密制御する。
土と水で物質の密度を調整する。
さらに——複数属性を組み合わせることで、既存の錬金術レシピを超えた「新しい反応」が引き出せるかもしれない。
俺は手元の素材ノートを開き、思考を書き出し始めた。
緑輝草の薬効成分は、通常加熱では揮発しやすい。
だが水属性の魔力で細胞壁を安定させながら、低温の炎で抽出すれば——
計算を走らせながら、指先に魔力を集める。
試作品として、少量の緑輝草エキスを抽出してみた。
通常の製法より、二倍濃縮された薄緑の液体が完成した。
「……これは」
これを調合すれば、上位グレードの回復ポーションができる。
市場では滅多に出回らない品だ。
ゼナに見せると、また目を丸くするだろう。
俺はひとり、少し笑った。
◇
工房のランプが揺れる中、俺はひたすら手を動かした。
錬金術は好きだ、と気づいたのは最近のことだ。
勇者パーティーにいた頃は、魔法使いとして戦うことだけを求められた。
錬金術に興味があっても、「お前には必要ない」と言われた。
でも今は、誰にも文句を言われない。
好きなだけ、試せる。
夜が更けるのも忘れて作業に没頭し、気づいたら窓の外が青白く明るくなっていた。
「……寝るか」
道具を片付けながら、俺は完成した試作品を見渡した。
濃縮緑輝草エキス三本。純化魔力核の追加精製が二粒。そして——
実験的に試した、土属性と水属性を組み合わせた新触媒が一瓶。
これが何に使えるか、まだ分からない。
でも、何かに使える予感がした。
「明日、ゼナさんに見てもらおう」
道具を洗い、工房の鍵を閉める。
夜明けのエルザを、俺は一人歩いた。
鳥の声が聞こえ始め、空が少しずつ色を変えていく。
——一歩一歩、確実に。
俺の力は、今日もまた少し広がった気がした。
◇
翌朝、ゼナに試作品を見せると、しばらく無言でそれぞれを鑑定した。
「……濃縮緑輝草エキス、通常の二倍濃度。新触媒は……」
ゼナが新触媒の瓶を光にかざす。
「土と水の二属性複合触媒……こんなもの、理論上は可能とされていたけど、実際に作ったのを見たのは初めてよ」
「使い道はありますか?」
「ありすぎる。これ、高温合成が必要な素材を低温で処理できるようになる。製造コストが半分以下になる品もある」
ゼナが俺をまじまじと見た。
「……アキト。あんた、本当に何者?」
今日で三人目だ。同じ質問をされるのが。
「ただの冒険者です」
「嘘つき」
「……本当ですよ」
ゼナはため息をつき、それから静かに言った。
「一つ、提案がある。私の工房で、正式に弟子として学ばないか」
俺は少し驚いた。
「……弟子、ですか」
「週に二日、私が直接教える。代わりに、工房の使用料は半額にする。どうだい?」
元Aランク錬金術師に直接師事できる機会など、そうあるものではない。
「……お願いします」
俺は静かに頭を下げた。
ゼナが満足そうに頷く。
「よし。じゃあ明後日から始めよう。それまでに、昨日の新触媒のレシピを紙に書いてきな」
「分かりました」
工房を出ると、朝の日差しが眩しかった。
師匠ができた。
仲間ができた。
工房ができた。
追放された日には、何もなかった。
でも今は——一つずつ、確かなものが増えていく。
俺は空を見上げ、静かに息を吸った。
エルザの朝が、また始まった。
第18話、お読みいただきありがとうございました!
錬金術師としてのアキトの才能、これからどんどん花開いていきます。
次回第19話もお楽しみに!ブックマーク・評価いただけると励みになります!




