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第14話 休日の街角

今回もお読みいただきありがとうございます!

第14話は、Cランク昇格の翌日、束の間の休日です。街を歩くアキトの前に、思いがけない出会いと、不穏な情報が届きます。

どうぞお楽しみください!

 翌朝、俺は珍しくゆっくりと目を覚ました。

 宿の窓から差し込む光が、布団の上に柔らかい四角形を描いている。

 鳥の声が聞こえ、どこかで子どもたちが駆け回っている。


 ──休日、か。


 久しぶりの感覚だった。

 勇者パーティーにいた頃は、訓練と任務の繰り返しで、休む暇などほとんどなかった。

 ひとり追放されてから今まで、生き延びることに必死で、のんびりする余裕もなかった。


 今日くらいは、ただの一人の人間として、街を歩いてみよう。


   ◇


 エルザの街は、朝市が立つ日だった。

 大通りに色とりどりの屋台が並び、野菜、果物、乾物、魔道具──あらゆるものが売り買いされている。

 俺は人波に混じりながら、何となく足の向くまま歩いた。


「いらっしゃい! 新鮮な魔獣の卵、一個五十ルム!」

「鑑定石、格安放出!」

「旅人さん、ちょっと見てってよ!」


 呼び込みの声があちこちから飛んでくる。

 俺は人混みをかき分け、ふと一軒の古本屋の前で足を止めた。


 薄暗い店内に、天井まで積み上げられた本の山。

 ほこりっぽいけれど、どこか落ち着く匂いがした。


「お、珍しい。若い冒険者が古本屋に来るとはな」


 奥から顔を出したのは、眼鏡をかけた老人だった。白い口ひげを蓄え、よれよれのローブを着ている。


魔法理論(まほうりろん)の本を探しているんですが」

「ほう。どのジャンル? 基礎理論、応用術式、それとも古代魔法?」

「……できれば、スキルの仕組みに関するものを」


 老人はしばらく俺を値踏みするように見てから、棚の奥へと消えていく。

 ごそごそと音がして、分厚い一冊が手渡された。


「『無限素質論(むげんそしつろん)』──百年前に書かれた、ちと古い本だが、スキルの根本に触れたものとしては最も深い。君に必要そうだと思ってね」


 俺は表紙を眺めた。

 無限、という言葉が、妙に胸に引っかかる。


「……いくらですか」

「三百ルムでいい。なんとなく、必要な人間に渡すべき本に見えた」


 俺は代金を払い、その本を懐にしまった。


   ◇


 昼すぎ、広場のベンチに座って本を読んでいると、聞き慣れた声が近づいてきた。


「あら、アキト。こんなところで何してるの」


 ミレイだった。

 買い物帰りらしく、大きな籠を提げている。


「休日なので、本を読んでいました」

「……なんか想像通りね」


 ミレイは隣に腰を下ろし、俺の手元を覗き込む。


「『無限素質論』? 渋い趣味してるわね。錬金術師の卵がそんな本読んでるの?」

「まあ、色々と気になることがあって」


 ミレイはしばらく黙って、ふいに声を潜めた。


「……ねえ、アキト。昨日、ギルドで変な噂を聞いたんだけど」

「噂、ですか?」

「王都から、勇者パーティーがこの方面に向かっているって話」


 俺の手が、ぴたりと止まった。


「……なんのために?」

「大陸北部で魔王軍の動きがあるらしくて、勅命で各地に調査団を派遣しているんだって。……アキトは、勇者パーティーって知ってる?」


 知っている。

 それどころか、かつてそこにいた。


「……名前くらいは」

「あの連中、めちゃくちゃ強いって評判よ。でも性格に難ありって、旅人の間では有名らしくて」


 ミレイは肩をすくめる。


「こっちに来るなら、ギルドにも挨拶に来るかもしれない。……アキトが目立ちたくないなら、少し注意した方がいいかも」


 俺は静かに息を吐いた。


「……教えてくれてありがとう、ミレイ」

「べ、別に心配してるわけじゃないけど」


 ミレイはそっぽを向いて、籠を抱え直す。


「……ブルスに夕食誘われてるんだけど、来る?」

「行きます」

「……即答ね」


 そんな軽口を交わしながら、俺たちは夕暮れ時の広場を歩き出す。


 ──勇者パーティーが来る。


 胸の奥で、静かに何かが引き締まるのを感じた。

 慌てる必要はない。

 ただ──気を抜かないことだ。


 夕陽がエルザの石畳を橙色に染める中、俺は本を手に、一歩一歩、しっかりと踏みしめながら歩いた。


   ◇


 夜、三人でギルド近くの食堂に入った。

 ブルスが真っ先にエールを注文し、ミレイが渋い顔をする。いつもの光景だ。


「で、ミレイ。例の噂、ブルスにも話したのか?」

「さっき話したわ。ブルスがやけに反応してたから、心配になって」


 ブルスがジョッキを傾けながら、口を開く。


「俺、一回だけ勇者パーティーを遠目に見たことがある。王都で依頼があった時だ」

「どんな感じでしたか?」

「……でかい。全員オーラが違う。Sランク相当ってのは伊達じゃねぇ」


 ブルスは少し声を落とす。


「あの中に、一人だけ雰囲気が違うやつがいた。リーダーの隣に立ってたけど、なんか……全員から一段下に扱われてるような感じで」


 俺は黙って、ジョッキの水を飲んだ。


「それ、どんな人でしたか?」

「黒髪で、細身の……あ、でも俺、顔はよく見えなかったな。遠かったから」


 それ以上は聞かなかった。

 聞く必要も、なかった。


「とにかく、こっちに来たとしても、面倒事にはならないといいな」

「同感よ。私たちはただの冒険者チームだもの」


 ミレイが料理を一口食べながら、さらりと言う。


「……あ、そうだ。アキト、さっきの本、何が書いてあったの?」

「まだ序章しか読んでないですが……スキルには、単体能力と無限素質の二種類がある、と」

「無限素質?」

「極めて稀な、複数のスキルを同時に保有できる資質のこと、らしいです」


 ミレイが目を丸くする。


「それって……実在するの?」

「本には『伝説上の存在』と書いてありました」

「ふうん……」


 ミレイはしばらく考えるように黙り込み、ふと顔を上げた。


「……アキト、ひとつ聞いていい?」

「何でしょう?」

「あなた、本当に何者?」


 にっこりと、けれど真剣な目で聞かれる。

 俺は少し考えてから、静かに笑った。


「……ただの、Cランク冒険者ですよ」

「……まあ、今はそういうことにしておいてあげる」


 ミレイはそれ以上追及せず、料理に戻った。

 ブルスがにやりと笑い、エールをあおる。


「まあ、何者だろうと、頼りになるのは確かだ。それで十分だろ」


 俺は、小さく頷いた。


 ──そうだ。

 今は、それで十分だ。


 食堂の喧噪の中、三人でとる夕食は、なぜか胸の奥があたたかかった。


   ◇


 宿に戻った後、俺は改めて『無限素質論』の続きを読んだ。


 ランプの光の下、古びたページをめくっていくと、第三章にこんな記述があった。


『無限素質を持つ者は、自らの力に気づかぬまま生涯を終えることが多い。なぜなら、その素質は通常の鑑定では「無能」と判定されるためである。無限を収める器は、単体の数値では計測不能であり、既存の尺度では空白──つまりゼロに映るのだ』


 俺は本を閉じた。


「……やっぱり、そういうことか」


 ギルドの鑑定でも、勇者パーティーの付与術師が見ても、俺のステータスは「無能」だった。

 それは欠如ではなく、計測できないほどの過剰だったのだ。


 気づいた時には──もう遅い。


 俺は天井を見上げ、静かに息を吐いた。

 あの追放の日が、遠い昔のように思える。

 いや、まだ半月も経っていないのに。


「……ありがとう、じいさん」


 本を手渡してくれた古本屋の老人に、心の中で礼を言う。

 あの本が、今夜の俺にとって、何よりの確信になった。


 俺の力は、伝説上の存在のものだ。

 だから──焦る必要はない。

 ただ、確実に、一歩一歩進んでいけばいい。


 ランプを吹き消し、布団に潜る。

 瞼を閉じると、今日一日の光景が静かに流れていった。


 朝市の賑わい。古本屋の老人。ミレイとの広場の会話。ブルスのエール。そして──勇者パーティーの影。


 全部、ひっくるめて今の俺の日常だ。


 明日も、また歩こう。


 エルザの夜は、穏やかに更けていった。

第14話、お読みいただきありがとうございました!

休日のはずが、ひと騒動……。勇者パーティーの影が、少しずつアキトの近くに忍び寄ってきます。

次回、第15話もお楽しみに!

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