第15話 勇者の影
今回もお読みいただきありがとうございます!
第15話、エルザに勇者パーティーが到着します。久しぶりの再会……いや、向こうはアキトの存在をどう見るのか。
どうぞお楽しみください!
翌朝、ギルドに向かうと、入り口付近がざわついていた。
「来た来た、本物だ!」
「す、すげぇオーラ……」
人垣の向こう、大通りから数人の集団が歩いてくるのが見えた。
全員、上質な装備に身を包み、堂々とした足取りをしている。
先頭に立つ、鮮やかな金髪の青年——勇者、レイ・アルドレス。
その右隣に、長い銀髪の女——付与術師、ルナ・フォルス。
さらに後ろに、大柄な男と俊足の弓使い。
そして——
俺は視線を伏せた。
◇
「アキト、知り合い?」
隣に来たミレイが、俺の様子を見てそっと聞く。
「……以前、少し縁があった人たちです」
「少し、ね」
ミレイは深くは聞かなかった。
勇者パーティーはギルドに入り、受付に向かっていく。
俺は人垣の端で、できるだけ目立たぬよう壁際に移動した。
「すまないが、ギルドマスターに取り次いでほしい。王命による調査だ」
レイの落ち着いた声が響く。
受付のエリカさんが、少し緊張した様子で奥に引っ込んでいく。
その間、ルナが周囲をゆっくりと見回した。
澄んだ銀色の瞳が、ゆっくりと、俺のいる方向へ——
俺は息を止めた。
視線が交わる、一瞬前。
ブルスが「おい、依頼票見てくるか?」と俺の腕を引いた。
「……そうしましょう」
俺たちは自然な動きで掲示板の方へ移動した。
◇
依頼票を眺めながら、ブルスが低い声で言う。
「あの連中が勇者パーティーか。確かに、気配が違う」
「強いですよ。本当に」
「……お前、あいつらと何かあったのか?」
俺は少し考えてから、静かに答えた。
「以前、一緒にいたことがあります。でも、今は別の道を歩いている」
「……そうか」
ブルスはそれ以上聞かなかった。
ただ、依頼票を一枚手に取りながら言う。
「俺たちは俺たちの仕事をすりゃいい。それだけだ」
「……ありがとう、ブルス」
ブルスは照れたように鼻を鳴らした。
◇
昼過ぎ、俺は一人でギルドの裏手にある訓練場に来ていた。
軽く魔法の調子を確認したかっただけだ。
だが——
「……久しぶりね、アキト」
振り返ると、そこにルナが立っていた。
白いローブに銀髪、静かな表情。かつて何十回も見た顔。
「……ルナ」
「生きてたのね」
感情のない、淡々とした声だった。
「ええ」
「追放されて、まだここにいるの。意外だった」
「行くあてがなかったので」
俺は努めて平静を保つ。
「……ランク、Cまで上がったって聞いたわ。ギルドの受付が話してた」
「運が良かっただけです」
「そう」
ルナはしばらく無言で俺を見つめ、やがて言った。
「レイは、あなたのことを知らない方がいいと思ってる。私もそう思う」
「……分かってます」
「関わらないでくれる?」
「もとより、そのつもりです」
ルナは小さく頷き、くるりと背を向けた。
「……一つだけ言っておく」
立ち去り際、ルナは足を止めずに言った。
「あなたが無能じゃないことは、私には分かってる。鑑定眼に引っかからないだけで」
俺は何も言わなかった。
ルナの背中が、訓練場の外へ消えていく。
風が静かに吹いて、俺の髪を揺らした。
◇
夕刻、宿に戻った俺は、窓の外を眺めながら静かに息を吐いた。
ルナの言葉が、頭の中で繰り返される。
——あなたが無能じゃないことは、私には分かってる。
それは、罪悪感からくる言葉だろうか。
それとも、ただの事実確認か。
どちらでもいい。
俺はもう、誰かの評価に左右されるつもりはない。
ただ、自分の道を歩くだけだ。
エルザの夕暮れが、空を赤く染めていた。
どこか遠くで、鐘の音が鳴り響いた。
◇
翌朝早く、俺は一人で街の外れにある小高い丘に上がった。
エルザの街並みが一望できる場所で、たまに息抜きに来る。
昨日のことを、もう一度整理したかった。
ルナは、俺の力に気づいている。
だが、関わろうとしない——むしろ、切り離そうとしている。
レイは。俺の存在を知っているのか?
追放を命じたのは、レイ本人だった。
「お前は足手まといだ。パーティーの荷物になるくらいなら、出て行け」
あの日の言葉は、今でも耳の奥に残っている。
怒りは、とっくに消えた。
憎しみも、すでにない。
あるのはただ、静かな決意だけだ。
——俺は、自分の力で歩く。
丘の上、朝風が吹き抜けた。
◇
ギルドに戻ると、勇者パーティーの姿はすでになかった。
調査のため、北部へ向けて早朝に発ったらしい。
「嵐みたいな一日だったわね」
ミレイが受付近くで腕を組みながら言う。
「あいつら、強そうだった。俺じゃ太刀打ちできないな」
ブルスが苦笑する。
「でも、なんだろう……あのパーティー、なんか雰囲気暗かったな。強いのに、みんな疲れてる感じで」
俺は黙って聞いていた。
ミレイがふと俺を見る。
「アキトは、何か感じた?」
「……強い人たちだと思いましたよ」
それだけ言って、掲示板に向かう。
今日の依頼を選ぼう。
俺には俺の、やるべきことがある。
「おい、これどうだ。北部の街道で盗賊が出るらしい。Cランク以上限定だ」
ブルスが一枚の依頼票を持ってくる。
ミレイが覗き込む。
「報酬もそこそこね。三人なら問題ないんじゃない?」
俺は依頼票を受け取り、内容を確認した。
北部——勇者パーティーが向かった方向と、ほぼ同じだ。
「……受けましょう」
ブルスが「よし」と頷く。ミレイがくるりと受付に向かう。
俺はもう一度、依頼票を見た。
勇者の影は、遠ざかった。
だが、いつかまた交わる日が来るかもしれない。
その時——俺は、もう以前の俺じゃない。
依頼票を折りたたみ、懐にしまう。
三人で、次の一歩を踏み出した。
◇
街道への出発は翌早朝に決まった。
その夜、俺はまた『無限素質論』の続きを読んだ。
第四章のタイトルは『無限素質保持者の記録』。
古い文書から引用された、断片的な記述がいくつか並んでいた。
『かの者は戦場において、炎、氷、雷、土、風の五属性を同時に操り、千人の軍勢を単独で押しとどめたと伝えられる』
俺はその一節を指でなぞった。
『無限素質者は、スキルの上限を持たない。習得できる術の数に制限がなく、また属性の垣根を越えて発動できる。ただし、その力に本人が気づくためには、何らかの「きっかけ」が必要とされる』
——きっかけ、か。
俺の「きっかけ」は、追放だった。
荒野に一人放り出された、あの夜。
背水の陣で魔法を放った瞬間、何かが解放された感覚があった。
あの時、俺の中の何かが、ようやく目覚めたのかもしれない。
ページをめくると、最後の章の書き出しにこんな言葉があった。
『無限素質者が本当の力に気づく頃、世界はすでに動き始めている。気づいた時にはもう遅い——そう嘆く者もいる。しかし、真の無限素質者は遅くとも必ず追いつく。なぜなら、彼らの成長には、終わりがないのだから』
俺は本を閉じた。
ランプの炎が、静かに揺れる。
——遅くとも、必ず追いつく。
胸の奥で、何かが静かに燃えた。
小さいが、確かな火だった。
明日、また歩き出す。
それだけで十分だ。
窓の外、エルザの夜空に星が瞬いていた。
第15話、お読みいただきありがとうございました!
旧仲間との再会、アキトはどう動く?次回第16話もお楽しみに!
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