第13話 鉄錆の帰還
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第13話では、ダンジョン攻略を終えた三人がエルザの街に帰還します。ギルドでの報告、そして思わぬ噂の広がり……アキトたちを取り巻く状況が少しずつ変わり始めます。
どうぞお楽しみください!
鉄鎧熊を討伐し終えた俺たちは、すぐには動けなかった。
ブルスは岩に腰を下ろし、ミレイは壁にもたれかかって荒い呼吸を整えている。
俺だけは、なぜか息一つ乱れていなかった。
「……アキト、お前、本当に人間か?」
ブルスが乾いた声で呟く。
ミレイもまた、信じられないという目で俺を見上げていた。
「人間ですよ。たぶん」
「たぶん、じゃねぇだろ……」
俺は苦笑しながら、倒れた鉄鎧熊の前に屈み込む。
スキル《解体》は、その場にあるだけで自動的に獲物を素材へと変えてくれる。
皮、骨、肉、牙、爪、そして魔石。
見る間に、巨体が整然とした素材の山へと姿を変えていった。
「う、嘘でしょ……解体に半日かかる素材が、一瞬で……」
「ミレイ、もうツッコむのやめとけ。脳が追いつかねぇぞ」
ブルスが額を押さえる。
俺は笑いながら、素材を収納の中へ放り込んでいった。
◇
ダンジョンを出ると、空は既に夕暮れへと傾き始めていた。
朝に出発して日没前に戻れたのは、ほとんど奇跡に近い速度だ。
通常、C級ダンジョンの攻略には三日、時には一週間を要する。
「……ギルドに戻ったら、ちょっとした騒ぎになるわよ」
「騒ぎ、ですか?」
「当たり前でしょ。パーティー結成初日でC級ダンジョンを一日攻略、鉄鎧熊討伐。普通は論文の題材になるレベルよ」
ミレイの言葉に、ブルスが深くため息をつく。
「俺、目立つのは勘弁だぜ……」
「同感です」
俺としても、正直、派手に知られたくはない。
追放されたとはいえ、勇者パーティーに俺の存在を思い出されては厄介だ。
「……じゃあ、報告は控えめにしよう。討伐対象は鉄甲虫、ということで」
「鉄鎧熊は?」
「……事故、ということで」
「事故で倒せる相手じゃねぇだろうがよ!」
ブルスのツッコミが、夕暮れの山道に響いた。
◇
エルザの街に戻った俺たちは、まっすぐ冒険者ギルドへと向かった。
扉を押し開けると、受付の少女──リィナさんが目を丸くする。
「あ、あれ? アキトさんたち、もう戻ってきたんですか?」
「は、はい。鉄錆鉱山、攻略してきました」
「……え?」
リィナさんの手から、書類がぱさりと落ちた。
「え、いや、でも、朝出たばかりで……普通、三日は──」
「まあ、色々あって」
俺は極力、事務的な笑みを浮かべた。
ブルスが素材を机の上に並べていく。
鉄甲虫の外殻、鉄鎧熊の皮、牙、魔石──。
「──え? 鉄鎧熊?」
リィナさんの声が裏返る。
周囲にいた冒険者たちの視線が、一斉にこちらへ向いた。
「おい、今……鉄鎧熊って言ったか?」
「C級上位のアレかよ……」
「三人パーティーで? 嘘だろ?」
ざわめきが広がっていく。
ブルスは無言で俺の背中を小突き、ミレイは無表情を装って視線を逸らした。
俺は愛想笑いを浮かべながら、心の中で深くため息をつく。
──これ、絶対騒ぎになるやつだ。
「……あ、あの、ちょっとお待ちくださいっ! ギルドマスターを呼んできますっ!」
リィナさんが慌ただしく奥へと駆けていく。
残された俺たちは、無数の視線に晒されながら、何とも言えない表情で受付前に立ち尽くすのだった。
◇
やがて現れたギルドマスター──壮年の男、ゴルドは、素材を一通り確認したあと、重々しく口を開いた。
「……間違いなく、鉄鎧熊のものだ。この解体の精度……プロの職人でも、ここまでは仕上げられん」
「ど、どうも」
「三人とも、Eランク……いや、これは特例だ」
ゴルドは腕を組み、俺たち三人を順に見る。
「アキト。お前を、Cランクに昇格させる」
「──え?」
「ブルス、ミレイ。お前たちはDランクへ昇格だ。今回の功績に対する正当な評価だと思え」
ブルスが目を見開き、ミレイは口元を手で覆う。
俺はというと、Cランクという響きに、正直かなり戸惑っていた。
「あ、あの、俺、昨日までFランクだったんですが……」
「知っている。だが、現場を見たメンバーの報告、素材の状態、そして解体技術──どれを取っても、もはや下級ではない。むしろ、Bに上げてやりたいくらいだが、それはギルドの規則上、段階を踏ませてもらう」
──十分すぎる。
一足飛びにもほどがある。
「……ありがたく、お受けします」
「うむ。期待しているぞ、アキト」
ゴルドが手を差し出す。
俺は、少し緊張しながらそれを握り返した。
◇
ギルドを出る頃には、すっかり夜になっていた。
街灯の明かりに照らされた大通りを、三人並んで歩く。
「……Cランク、か」
「すごいじゃない、アキト」
「いや、二人のおかげですよ」
「うそつけ。ほぼ全部お前だろうが」
ブルスが呆れたように笑う。
ミレイもまた、くすりと笑みをこぼした。
「でも、これからもっと忙しくなるわね。Cランクの依頼、受けられるようになるし」
「ああ。俺たちも追いつかねぇとな」
二人の顔には、疲れよりも充実感が浮かんでいた。
「……明日は、少し休みにしますか」
「賛成。さすがに筋肉が限界だ」
「私も、素材の整理したい」
そうして俺たちは、それぞれの宿へと別れる。
ひとり夜道を歩きながら、俺は小さく息を吐いた。
──Cランク、か。
∞の力を隠しながら、どこまで行けるだろう。
勇者パーティーの連中が、俺を思い出す前に──どこまで。
夜風が、少し冷たかった。
◇
宿屋「月影亭」の自室に戻った俺は、鎧を脱ぎ、寝台に腰を下ろす。
小さなランプの明かりの下で、ステータスを開いた。
『無能 アキト
∞
保有スキル:全て』
相変わらず、意味不明な表記のままだ。
けれど、今日の戦いで確信した。
俺が意識さえすれば、この「全て」は、望んだ形で顕現してくれる。
問題は──使いすぎれば、必ず目立つということ。
「……加減、か」
ポーチから一枚の羊皮紙を取り出す。
今日のギルドで受け取った、Cランク冒険者証。
灯りにかざすと、青銅色の紋章がほのかに光を反射した。
「勇者パーティー、か……」
俺を追い出した、かつての仲間たち。
リーダーのレイン、聖女のソフィア、魔法使いのエリス、戦士のガロン。
今頃、王都でもてはやされているのだろう。
──気づいた時には、もう遅い。
俺はそう呟いて、羊皮紙を机の上に置いた。
この力を、焦って振るうつもりはない。
ただ、静かに、着実に、歩いていけばいい。
窓の外、エルザの夜空には、満天の星が広がっていた。
その中のひとつが、まるで答えるように、かすかに瞬いた気がした。
明日は休みだ。
けれど、休みながらも考えることは尽きない。
街の様子、ギルドの人間関係、新しい依頼の選び方。
そして何より──この力を、誰のために、どう使うか。
目を閉じると、瞼の裏に、昼間倒した鉄鎧熊の姿が浮かぶ。
あの爪の一振りが、ブルスやミレイに当たっていたら、と思うと、少しだけ寒気がした。
「……守れる力、か」
俺は、かつて勇者パーティーで「支援係」と呼ばれていた。
回復も補助も、全て押し付けられ、挙句に「無能」と切り捨てられた。
けれど、今思えば──あれも、守るための力だったのかもしれない。
ただ、あの頃の俺は、自分を守る術を持たなかった。
「今は、違う」
小さく呟き、ランプの灯りを吹き消す。
闇の中、静かに目を閉じる。
明日もきっと、何かが起こる。
けれど、それを迎える準備は、もうできている。
──おやすみ。
俺は、そっと意識を手放した。
第13話、お読みいただきありがとうございました!
ダンジョンから戻った三人を待ち受けていたのは、嬉しい昇格と、ちょっと面倒な注目の目。アキトの存在が、少しずつ街に知られ始めていきます。
次回、第14話もお楽しみに!
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