第12話 鉄錆の洞窟
今回もお読みいただきありがとうございます!
第12話ではいよいよ三人で初めてのダンジョン攻略に挑みます。
連携、信頼、そしてアキトの実力――それぞれがどう噛み合うか、お楽しみください!
夜明け前、エルザの北門に三人は集まった。
アキト、ブルス、ミレイ。簡素な野営装備に、それぞれの武器。声をかけあうこともなく、軽く頷いて、三人は街を出た。
目的地は北西の丘陵地帯にある廃坑、通称『鉄錆の洞窟』。徒歩で二時間ほどの距離だ。
道中、ミレイが先頭で地形を確認し、ブルスが中衛でアキトを守る位置取り。アキトは最後尾だ。ブルスの提案で、最初の依頼では保守的な隊列にしたのだった。
「……静かだな」
ブルスが呟いた。確かに、森の中はいつもより静かだった。鳥の声も、獣の気配も薄い。ミレイが短く言った。
「近くに強いのがいる証拠。モンスターが出るのは入り口より内部のはずだけど、油断しないで」
「了解」
アキトは隠密スキルで周囲を探りながら頷いた。確かに、廃坑の方向から、魔力の濃い気配を感じる。一つではない。複数。
◇
洞窟の入り口は、崩れかけた石積みのアーチだった。苔むした木製の柱が両脇に立ち、『立入禁止』と古い文字が刻まれた看板が転がっていた。
「正式な手続き済みの廃坑だ。看板は無視でいい」ブルスが言った。「ミレイ、頼む」
「わかった」
ミレイが先に入っていく。アキトたちが続いた。
内部は思ったより広かった。かつて鉄鉱石を採掘していた大きな坑道が続き、所々に支柱が残っている。足元は岩屑と水たまりが混ざり、歩きにくい。
十分ほど進んだところで、ミレイが手を挙げて止まった。
「前方、魔物の気配。三体……いや、五体」
「種類は?」
「鉄甲虫。廃坑によく出る。甲羅が硬いから剣じゃ厄介だけど、関節を狙えば倒せる」
アキトは頷いた。鉄甲虫はDランク相当の節足型魔物だ。数が多いと連携してくるが、個々の動きは単純だ。
「俺が正面から引きつける。ミレイは後方から関節を狙え。ブルスは逃げ道を塞いでくれ」
「お前が前に出るのか?」
「甲羅は魔法で砕ける」
アキトは先に進んだ。ブルスとミレイが少し遅れて続く。
角を曲がると、五体の鉄甲虫がいた。体長一メートル弱の虫型で、甲羅は鈍い鉄色に光っている。アキトに気づくと、鋭い鳴き声を上げて一斉に突進してきた。
アキトは土魔法を地面に流した。
坑道の床が一瞬だけ盛り上がり、突進してきた鉄甲虫たちの足元を崩した。バランスを失った五体の虫が、前のめりに転がる。
その瞬間、アキトは炎魔法を高密度で集束させ、一体ずつ甲羅の裏側――柔らかい腹部に当てた。小さな火球が五発、連続して炸裂する。
鉄甲虫たちは鳴き声を上げる間もなく、動きを止めた。
数秒だった。
「…………」
後ろで、ブルスとミレイが硬直していた。
「鉄甲虫は倒した。魔核を採るなら今のうちに」
アキトが冷静に振り返ると、ミレイが小さくため息をついた。
「……ブルス、これ本当にEランクか?」
「俺もそう思う」
「聞こえてるぞ」
アキトが軽く注意すると、二人は笑いながら作業に入った。
◇
さらに奥へ進むと、岩壁の一部が不自然に削られた空洞があった。ミレイが足を止めた。
「……この奥、やばいのがいる」
「種類は分かるか」
「分からない。ただ、魔力の密度が今までの比じゃない」
アキトは目を閉じ、空間把握と鑑定を同時に起動した。壁の向こうに広がる空間。中央に一体――巨大な気配。
(鉄鎧熊か)
鑑定スキルが情報を示した。Cランク上位の魔物。硬い装甲と凶暴な性格で、本来は単独で発生するダンジョン中ボス級だ。
「Cランクの上位だ。普通ならここで撤退を推奨するが」
「撤退する?」
「俺一人なら問題ない。が、お試し依頼だ。無理はしないと決めていたろう」
アキトが提案を口にする前に、ブルスが声を上げた。
「いや、行こう。お前の動きが見たい」
「俺もだ」ミレイが頷いた。「サポートに徹する。合図してくれ」
アキトは二人を見た。
……信頼、されている気がした。
「じゃあ行く。俺が正面から引きつけるから、二人は隙を見て逃げ道を確保してくれ」
「了解」
三人は空洞の入り口に立った。中から、獣の低い唸り声が響いていた。
アキトは静かに、息を整えた。
最初の本格的な戦闘が、始まろうとしていた。
◇
空洞に一歩足を踏み入れた瞬間、熱気と獣臭が鼻をついた。
天井の高い広間だった。直径にして二十メートルほど。中央に、巨大な影が座り込んでいる。アキトの身長の二倍はある鉄鎧熊だった。全身を覆う黒灰色の毛は、金属のような光沢を放っている。
鉄鎧熊がゆっくりと起き上がり、赤い目でアキトを見た。
唸り声が洞窟を揺らす。魔力の圧が、体を押してくるようだった。ブルスが剣の柄を握りしめ、ミレイが短剣を抜いた。
「来る!」
ミレイが叫んだ瞬間、鉄鎧熊が地を蹴った。その巨体からは想像できない速度で、一瞬にしてアキトの眼前に迫る。
巨大な前足が振り下ろされた。
アキトは半歩だけ横にずれた。
岩の床が砕け、土煙が舞い上がる。あの一撃を食らえば、並の冒険者なら即死だ。
アキトは振り下ろされた前足の根元に右手を当て、氷魔法を最大出力で流し込んだ。
ぴき、と音がして、鉄鎧熊の前足の付け根が瞬時に凍りついた。動きが鈍る。
「今だ!」
アキトの声に、ミレイが背後から走り抜けた。鉄鎧熊の関節――装甲の隙間に、短剣を正確に突き刺す。鉄鎧熊が悲鳴を上げた。
同時に、ブルスが側面から大剣を振るい、反対側の脚を切り裂いた。
鉄鎧熊が体勢を崩した。その瞬間、アキトは雷魔法を全開で発動した。
広間に閃光が走り、巨大な熊の全身が痺れて硬直する。
その隙に、アキトは左手で炎魔法を、右手で風魔法を展開。炎を風に乗せて圧縮し、熊の頭部に直撃させた。
轟音。
鉄鎧熊は一度だけ大きく痙攣し、そのまま地面に崩れ落ちた。
静寂。
三人はしばらく動けなかった。最初に口を開いたのはミレイだった。
「……倒した、のか」
「倒した」アキトは熊の気配を確認し、頷いた。「脈もない」
「Cランク上位を、三人で……十秒も経ってない」
ブルスが汗を拭いながら笑った。
「お前、やっぱり規格外だな」
「二人が動いてくれたから短時間で済んだ。連携の成果だ」
アキトは鉄鎧熊の体内から魔核を丁寧に取り出した。Cランク上位の魔核は、Dランク相当の依頼の報酬を遥かに超える価値がある。
「……完璧だな、お前」
ミレイが近づいてきた。先ほどの冷たい視線は、もうなかった。
「いや。お前たちがいたから完璧に見えただけだ」
「ブルス、こいつ、仲間を褒めるの得意か?」
「いや、こいつはただ素で言ってる。気持ち悪いくらいまっすぐだ」
「……ふうん」
ミレイは笑いながら、短剣を鞘に収めた。
◇
ダンジョンを出たのは昼過ぎだった。
三人は洞窟の入り口近くの岩に腰を下ろし、携帯食料を分け合った。
「で、どうだ」ブルスがアキトに尋ねた。「お試し期間の感想は」
アキトはしばらく考えて、頷いた。
「悪くない。続けよう」
「よっしゃ!」
「……あたしも、続ける」
ミレイが視線を逸らしながら言った。頬が少し赤かったのは、きっと日差しのせいだろう。
アキトは空を見上げた。
雲ひとつない、透き通った青空だった。
第12話、お読みいただきありがとうございました!
三人での初ダンジョン、鉄甲虫を瞬殺して二人の顔を引きつらせるアキト。
そしてまさかのCランク上位の中ボスと遭遇!
次話はいよいよ鉄鎧熊戦です。
アキトの本気と、ミレイ・ブルスの覚悟――お楽しみに!




