アンサッド
薄暗く、広大な空間。
その中央――円卓。
十の席すべてが、埋まっていた。
「貴重な被験者を二名も脱獄させるとはね」
静寂を破ったのは、カラフルな水玉模様のシルクハットの男。
スーツ姿の男――ゲフュールは、愉快そうに口元を歪める。
「初めて異常を持った人外。
そして、二重人格の異常者……」
コツ、コツと、指先で机を叩く。
「どちらも計画後にゆっくりと実験するつもりだったんだけどね」
「……申し訳ございません、ゲフュール様」
正面の男――スタードが、低く頭を下げる。
「ほんと、使えないわね」
右隣の少女が、退屈そうに吐き捨てた。
赤と黒のメッシュが入ったポニーテール。
小柄な体に、不釣り合いな鋭い眼光。
ジェーン・テローテ。
「ねぇゲフュール様。こいつ、処分しちゃいましょ?」
腕に絡みつきながら、無邪気に笑う。
「ふふ……大事な仲間だよ」
ゲフュールは柔らかく微笑む。
「今回は見逃そう」
「えー、甘すぎ」
ジェーンは頬を膨らませ、椅子に座り直した。
「……感謝いたします」
スタードは拳を握りしめる。
掌から、じわりと血が滲んでいた。
「――ところで」
低い声。
スタードの右隣、がっしりとした男が口を開く。
政治家、トッシュ・マルメル。
「今回、収容所に侵入した賊だが……」
映し出された一枚の画像。
そこにいるのは――ラック。
「心当たりのある者はいるか?」
「んー……どっかで見た気もするんだけどなぁ」
ゲフュールは首を傾げる。
だがそれは、遠い記憶。
幼い頃の姿と、今の男は結びつかない。
「奴は空間を裂き、手錠を解除した」
スタードが悔しげに続ける。
「異常の詳細は不明です...」
その視線は、鋭くラックを射抜いていた。
「ホッホッホ……構わんよ」
今度は左隣の老人。
白いローブ、長い顎髭。
聖職者――メシア・レッド。
「賊ごときに時間を割く必要はない」
細められる目。
「優先すべきは――計画じゃろう?」
スタードの眉が、わずかに動く。
だが、何も言わない。
「そうだね」
ゲフュールが頷く。
「脱獄者も、この男も……」
薄く笑う。
「全部、終わった後でいい」
――カチ、と。
ジェーンがキーボードを叩く。
映像が切り替わる。
『アンサッド計画』
無機質な文字が、空間を支配した。
「計画に必要なピースは三つ」
青髪の男が淡々と告げる。
医師、クォート・カトライン。
「現在、二つは確保済み。残る一つ――」
眼鏡の奥の瞳が光る。
「異常を“強化する異常者”、あるいはその手段です」
「そんな都合ええ奴、まだ収容所におらんのやろ?」
ぽっちゃりとした男が口を挟む。
小説家、ポン・チャンドール。
「目星は?」
「ええ、ございますわ」
優雅な声。
金髪の少女――レイナ・ゴードン。
「ジャック、説明して」
「承知いたしました、お嬢様」
老紳士が一礼する。
「有力な情報を入手しております」
――次の瞬間。
彼の姿が、ジェーンの背後にあった。
一枚の写真が手渡される。
映し出されたのは、一人の老人。
「レイモンド・ナッサリーナ。発明家です」
「異常を強化する装置を開発したとの噂があります」
「ほな、それ奪えばええんやな?」
ポンが笑う。
だが――
「それが、簡単ではありません」
次の写真。
映し出されたのは――侍。
「……六右衛門」
軍人、ロング・ウェイナードが呟く。
「知っているのかい?」
「……戦場で一度」
声が、わずかに震える。
「その時は味方として来てましたが、彼一人で敵部隊を壊滅させてました...」
沈黙。
「……僕が見てきた中で、間違いなく最強の戦士です」
空気が、重くなる。
「その男が、護衛か」
トッシュが低く言う。
「ええ。博士は理解しているのです」
アッシュは静かに告げた。
「この装置が、“餌”になることを」
「なら、行くしかあるまい」
メシアが笑う。
「必要なのじゃろう?」
ゲフュールは、ゆっくり頷いた。
「うん」
そして、軽く言い放つ。
「取ってきて」
一拍。
「――命令だ」
その一言で、空気が変わる。
全員が、静かに頷いた。




