解放
シバは苦悶の表情を浮かべるスタードへ、巨大な腕を振り下ろす。
「くっ……!」
スタードは寸前で両腕を交差させ防御。
だが――
衝撃。
骨が軋む。
十メートル級の質量から叩きつけられる純粋な暴力。
スタードの身体は弾丸のように吹き飛び、壁へ激突する。
瓦礫が崩れ落ちる。
だが次の瞬間。
「炎陽!」
両掌が前に突き出される。
先程ラックへ放ったものと同等――
いや、それ以上の業火が一直線に放たれる。
廊下を埋め尽くす蒼赤の奔流。
「ガァァァァァア!!」
シバは咆哮と共に前脚を振り抜く。
巨大な爪が炎を裂き、掻き消す。
爆炎が霧散し、熱風だけが残る。
「なるほどな……噂通りの怪物だ」
スタードはゆっくりと立ち上がる。
そして両腕を胸前で組み、仁王立ち。
「――炎魔」
瞬間。
真っ青な炎が柱のように立ち上がり、スタードの全身を包み込む。
数秒後、炎が霧散する。
現れた姿は、もはや看守ではない。
制帽は消え、腰まで伸びた蒼炎の髪。
全身を覆う蒼き鎧。
所々に刻まれた炎の紋章が脈打つ。
熱量が、先程とは別次元。
「大人しく寝ててもらうぞ」
蒼炎を纏い、シバを睨む。
だが――
「取り込み中悪いが、俺を忘れてんじゃない?」
スタードの視線が横へ動く。
警戒の中心はシバ。
ラックは“優先度が低い”。
その判断。
致命的だ。
「あんた頭が硬すぎるよ」
ラックが右手を真上に掲げる。
「シバを解放できるんだ。当然こうなる」
轟音。
辺り一帯の牢屋の鉄格子が一斉に吹き飛ぶ。
囚人たちの両手を拘束していた異常封じの手錠も外れていた。
静寂。
そして。
狂喜。
「ヒャッヒャッヒャッ!!」
「よくも今までいびってくれたな!」
「自由だァァ!」
囚人達の異常が一斉に発現する。
「貴様ァァァァア!」
スタードが激昂し、ラックへ突撃。
だが数人の囚人が間に割り込む。
異常の奔流がスタードへ集中する。
蒼炎がそれを焼き払うが、足止めには十分。
スタードが炎で数人を吹き飛ばし、ラックのいた位置へ視線を向ける。
――いない。
「まさか!?」
背後を振り向こうとした瞬間。
巨大なハンマーが横薙ぎに叩きつけられる。
スタードは別方向へ吹き飛ばされる。
その隙に――
ラックはシバの目の前に立っていた。
「グルルルル!」
シバは敵味方の区別なく腕を振るう。
「あぶね!」
ラックは転がるように回避。
床が抉れ、コンクリートが砕ける。
鍵を伸ばす。
だが――
シバがそれを噛み砕く。
金属片が飛び散る。
「……想定内」
ラックの反対の手から、もう一つの鍵が伸びていた。
「スペアキー」
それは真っ直ぐ、シバの額へと突き刺さる。
「クローズ」
鍵を捻る。
カチリ。
小さく音が鳴る。
次の瞬間。
シバの瞳から赤い光が消える。
膨張していた肉体が急速に収縮。
骨が鳴り、筋肉が縮み、巨大な影が消える。
床に残されたのは――
一匹の、普通の柴犬。
意識を失い、静かに横たわっている。
廊下には、暴動と炎と瓦礫。
そして。
蒼炎を纏ったまま、ゆらりと立ち上がるスタード。
「……終わっていないぞ」
青い炎が再び強く燃え上がる。
ラックは小さく息を吐き、シバを抱き上げる。
「だろうな」
炎の看守。
鍵の男。
そして解き放たれた囚人たち。
異常者用収監刑務所は、完全に戦場と化していた。
蒼炎が廊下を焼き、
異常が飛び交い、
瓦礫が崩れ落ちる。
だが――
「だけど、俺はここで失礼するよ」
ラックには、これ以上スタードと戦う理由はない。
目的は達成した。
それだけだ。
ラックはポーチから灰色の球体を取り出す。
地面へ叩きつける。
――破裂。
濃密な煙が一気に広がり、視界を奪う。
「逃すか!」
スタードが蒼炎の弾丸を生成。
煙の中心へ向け、連続で撃ち込む。
轟音。
爆炎。
壁が穿たれ、床が溶ける。
やがて乱射が止む。
数秒後、煙がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは――
蜂の巣のように穴の空いた壁。
そして。
本来あるはずのない“扉”。
まるで最初からそこに備え付けられていたかのように自然な作りではあるが、そこには扉など存在していなかった。
「……逃げられたか」
スタードは眉間に皺を寄せる。
「チッ……」
その瞬間。
「おいおい、俺らとも遊んでくれよ!」
三倍はあろう巨躯の囚人が瓦礫を投げつける。
スタードの足元から蒼炎の柱が噴き上がり、瓦礫を粉砕。
「よくも邪魔してくれたな……」
蒼炎が無数の球体となり、空中に浮かぶ。
殺意が宿る。
「お前ら全員、半殺しだ……!」
炎が解き放たれる。
悲鳴と爆炎が交錯する中――
ひとつ。
誰にも気づかれぬ影が動いた。
白い、小さな影。
スタードが穿った壁の穴。
人の顔ほどの大きさのその穴を音もなく通り抜ける。
戦闘中のスタードは気づかない。
スタードがその“異変”に気づくのは――
翌日の点呼。
収監数が、ひとつ足りないことが判明した時だった。
スタードがその脱獄者に気づくのは翌日の点呼のタイミングであった。




