指名手配
その夜マヌーダの家に再度忍び込み金のオルゴールをコッソリと置いて帰った。
翌朝。
ラックは自分の店――ルールオヴで、いつも通り本を読んでいた。
静かな店内。
窓から差し込む柔らかな陽光。
何事もなかったかのような、平穏な時間。
そんな中、入り口の扉が開く。
入ってきたのは一人の女性だった。
茶色のロングヘアは艶やかで、一本一本まで丁寧に手入れされているのが分かる。
整った顔立ちに、自信に満ちた瞳。
「久しぶりだな、サイフォン」
ラックは本を閉じることなく、視線だけを向ける。
この女こそ、先日ゴンド・ラークスを斡旋した情報屋――サイフォンだ。
「……目の下にでかい隈できてるぞ。
見てたんだろ」
ラックは呆れたように言いながら、店の奥の椅子へと移動する。
「う、うるさいわね! 別にいいでしょ!」
サイフォンはわずかに頬を赤らめながら対面に座り、一枚の新聞を広げた。
「それより今日は、報酬の回収と――これを教えに来たのよ」
新聞には、でかでかと一枚の似顔絵。
その横には大きく――WANTEDの文字。
そして賞金額。
一〇〇〇万ルート。
この世界の通貨はルート。
一ルート一円とほぼ同価値だ。
「おいおい……オルゴールはちゃんと返したんだぞ?」
ラックは心底面倒そうにため息を吐いた。
「貴族様ってのはプライドの塊なのよ。
“盗まれた”って事実だけで許せないの」
サイフォンは肩をすくめる。
「ま、そういうことだから。しばらくは気をつけなさい」
そう言うと、机の上に置かれていた札束を手早くバッグへ詰め込む。
「マージン五割、確かに頂いたわ」
「相変わらずえげつないな」
「情報は命より高いのよ」
ふっと笑い、サイフォンは店を後にした。
扉が閉まる。
静寂が戻る。
ラックは改めて新聞を手に取り、自分の似顔絵をじっと見る。
「……六十点ってとこか」
言われれば自分だと分かる程度の出来。
特徴は掴んでいるが、決定打に欠ける。
「まぁ、このレベルならすぐ捕まることもないか」
そう呟き、新聞を片付けると手提げを持って外へと出ていく。
指名手配犯になったというのに、向かう先はただの買い物。
危機感があるのかないのか分からない。
外を堂々と歩くラックに、周囲の人間はほとんど関心を示さない。
似顔絵の出来が微妙なこともあるが――
そもそも一般市民は、賞金首の顔など真剣に覚えたりしないのだ。
やがて最寄りのスーパーへ向かう途中。
ふいに、子どもの泣き声が耳に飛び込んできた。
ラックは足を止める。
「シバは怪物なんかじゃないの!
私たちの家族だよ!
なんでお別れしなきゃダメなの!」
少女が母親に必死に訴えている。
母親は困りきった表情で、諭すように言った。
「ルナも見たでしょ……?
あの大きくなった体に、鋭い爪と牙……
とても危険なのよ」
ルナと呼ばれた少女は、激しく首を振る。
「あれはルナを守ろうとしてくれただけだもん!
シバは泥棒をやっつけただけだよ!」
「それでも……動物が“異常者”になるなんて前例がないの。
政府に回収された以上、もう……」
――異常者。
その単語を聞いた瞬間、ラックの視線が鋭くなる。
彼は迷わず二人のもとへ歩み寄った。
「すみません。
少し話を聞いてしまったんですが……ペットが異常者になったと?」
「違うよ! シバは異常なんかじゃない!
変な人がシバをおかしくしたんだよ!」
ルナが涙目で訴える。
「またそんなことを……」
「嘘じゃないもん!
変なシルクハットを被った人に触られた日から、シバはおかしくなったの!」
――シルクハット。
ラックの瞳孔が、わずかに開く。
「……それは、カラフルな水玉模様のシルクハットか?」
「そうだよ!」
その肯定の言葉を聞いた瞬間。
世界の音が遠のいた。
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「あいつのやり方は、危険な領域に踏み込んでいる……
俺の異常で、あいつの“異常に関わる記憶”を封印する」
幼いラックは、玄関先で父に抱きしめられながらその言葉を聞いていた。
「俺も、ただでは済まないかもな」
父――バッドは、穏やかな顔をしていた。
幼いラックには、その意味が分からなかった。
「残念です、先輩」
その声が響いた瞬間。
玄関の扉を、一本の刀身が貫いた。
刃はそのまま、バッドの胸を突き刺す。
「……え?」
ラックは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「くそ……」
血を吐きながら、バッドは背後の人物を睨みつける。
「ゲフュール……」
扉を押し開けて現れた男は、異様な姿をしていた。
カラフルな水玉模様のシルクハット。
黒いスーツ。
そして、愉悦を含んだ微笑。
「奇しくも考えることは同じでしたね、先輩。
私の夢を叶えるには、あなたを殺すしかない。
たとえ廃人になっても……あなたは私を止めに来る」
「お父さん……?」
ラックの震える声。
「やめろ……息子には手を出すな!」
ゲフュールが、ゆっくりとラックへ手を伸ばす。
「――お兄さん?」
少女の声が、現在へと引き戻す。
ラックは、はっと瞬きをする。
目の前には、不安そうに見上げるルナの顔。
遠い記憶が、ゆっくりと霧のように消えていく。
「そのシルクハットの男に触られた日からシバは異常になったのか?」
ラックのその問いにルナは頷きを返す。
「...分かった、俺がシバを取り返してやる」
ラックはルナの頭を撫でながら優しい表情で伝える。
「ほんと!?」
ルナはパァッと明るい表情を浮かべる。
「あぁ、ただしシバは俺が貰う」
ラックは爽やかな笑みをうかべながら予想外の言葉を放ったのだった。




