思い出の音色
夜明け前の静かな部屋に、澄んだ音色が流れ出した。
――チリ、チリリ……。
小さく、優しく、どこか懐かしい旋律。
金のオルゴールから紡がれる音は、時間そのものを巻き戻すかのようだった。
ベッドに横たわるバルク・ラークスの瞼が、微かに震える。
「……この音は……」
かすれた声。
だが、その顔には確かに安堵の色が浮かんでいた。
「父さん……」
ゴンドはベッドの脇で膝をつき、震える手で父の手を握る。
オルゴールの音色は途切れることなく、部屋を満たしていく。
それは華やかでも、派手でもない。
ただ、幼い日の記憶にそっと寄り添うような旋律だった。
「……ああ……」
バルクは天井を見つめたまま、微笑んだ。
「……思い出す……」
幼い自分。
木の匂いが残る家。
優しく微笑む父と母。
「……誕生日……だったな……」
その声は、次第に弱くなっていく。
ゴンドは必死に涙をこらえながら、オルゴールを止めることなく回し続けた。
「……ありがとう……」
バルクはそう呟き、ゆっくりと目を閉じる。
しかし、苦しそうな様子はない。
まるで、長い旅路を終え、安らかな眠りに就くかのようだった。
やがて、オルゴールの音が止まる。
静寂が訪れる。
ゴンドは父の顔を覗き込み――
そして、静かに頭を下げた。
「……お疲れさま」
その背後で、壁にもたれかかっていたラックは、帽子の影に目を隠したまま、何も言わずにその光景を見守っていた。
しばらくして、ゴンドは立ち上がり、ラックの方へと向き直る。
「……ありがとうございました」
深く、深く頭を下げる。
「約束通り、オルゴールは返す。
それでいいんだな?」
ラックの問いに、ゴンドははっきりと頷いた。
「はい。
もう……十分です」
ラックは小さく息を吐き、オルゴールを布で包む。
「音ってのは不思議だな。
目に見えねぇのに、ちゃんと心に残ってる」
そう呟くと、踵を返した。
「じゃあな。
依頼は、これで完了だ」
扉が閉まる音が、静かに響いた。
その後、部屋に残ったのは――
幼い日の記憶と、確かに届いた“音色”だけだった。




