異常者
時刻は夜中の一時。
「へぇ……こりゃ、かなりの金持ちだな」
ラックは、現在オルゴールを所有している貴族の屋敷、その正門の前に立っていた。
そびえ立つ門は黄金で造られており、屋敷を囲む鉄格子にも一つ一つ細かな装飾が施されている。
富と権力をこれでもかと誇示する造りだった。
「おい、ジロジロ見てんな」
門番の男が不審そうに声をかけてくる。
「ん、悪い悪い」
ラックは両手を顔の前で合わせ、軽く謝罪の仕草を見せると、大人しくその場を離れた。
門から距離を取り、屋敷を一周するように歩いたラックは、やがて裏手に回り込み足を止める。
誰の目も届かないことを確認し、胸元にぶら下げた鍵へと手を伸ばした。
紐を慣れた手つきで解き、鍵をそのまま鉄格子に押し当てる。
「オープン」
次の瞬間、鍵は鉄格子の中へと吸い込まれ、ラックが手首をひねると――
鉄格子はまるで扉のように静かに開いた。
これはラックの持つ異能によるものだ。
この世界には、ごく稀に“異常者”と呼ばれる超能力者が存在する。
その力は先天的なものと後天的なものに分けられるが、後者はさらに珍しい。
ラック・アルバンスは、その後天的に力を得た異常者だった。
「邪魔するぜ」
軽い調子で呟き、今度は屋敷の外壁に鍵を差し込む。
壁は歪み、扉のように開いた。
ラックはそのまま、音もなく屋敷の内部へと忍び込む。
中は想像以上に広かった。
赤い絨毯が敷かれた長い廊下が続き、その両脇には無数の部屋が並んでいる。
「この中から探せってか……骨が折れるな」
苦笑しながら、ラックは部屋の扉の上部に鍵を差し込み、小さな覗き穴を作った。
そこから一室ずつ、慎重に中を確認していく。
使用人の寝室、客室、物置――
様々な部屋があったが、目的の品は見当たらない。
一階のすべてを確認し終え、ラックは小さく息を吐いた。
「一階はハズレか。
まぁ、個人的な収穫はあったし良しとするか」
鼻の下を緩めながら、二階へと続く階段を上っていく。
ラックが上機嫌な理由は単純だった。
浴室の一室で、若い女性のシャワーシーンを偶然目にしてしまったからだ。
そうして笑みを浮かべたまま二階へ上がると、そこにも赤いカーペットが敷かれ、無数の部屋が廊下の先まで続いていた。
「ハァ……」
ラックは小さくため息を吐き、一番近い部屋の扉へと鍵を差し込もうとする。
――その瞬間。
扉が内側から開き、部屋にいた人物たちと鉢合わせになった。
「誰だ? 使用人じゃないよな?」
現れたのは、大柄な黒人の男。
鋭い視線でラックを睨みつける。
「……不運だ」
「そんな奴、わしの屋敷では雇っとらん! 侵入者じゃ!」
男の背後から、高級な衣服に身を包んだ老人が声を張り上げ、ラックを指さした。
「ちょうどいい。
守屋のシュタイン、腕を見せてみろ。
腕次第で給金を上げてやる」
この老人こそが屋敷の主――マヌーダ。
そして、部屋にいた黒人の男シュタインは、今まさに彼と雇用契約を結んでいる最中だった。
「了解だ」
シュタインは即答し、ラックに向かって拳を振り下ろす。
隆起した筋肉。
両拳にはメリケンサックが嵌められており、直撃すれば致命傷は免れない。
「問答無用かよ!」
ラックは素早く後方へ跳び、拳をかわすと同時に、手にした鍵へ意識を集中させた。
鍵は歪み、伸び、剣のような形状へと変化する。
ラックは柄の穴に指を通し、しっかりと握りしめた。
「……異常者か」
シュタインはすぐに察するが、動揺はない。
再び拳を振り上げ、容赦なく襲いかかる。
「くっ……!」
ラックは鍵を盾代わりにして拳を受け止める。
だが、その衝撃は想像以上で、体ごと後方へ弾き飛ばされた。
床に膝をつき、体勢を崩すラック。
そこへ追撃を仕掛けようと、シュタインが迫る。
ラックは即座に鍵を前方へ突き出し、手首を横にひねった。
「――クローズ」
呟いた瞬間、振り下ろされた拳が見えない壁に激突し、甲高い音を立てて弾かれた。
「もらったぜ!」
その隙を逃さず、ラックは鍵を振り上げ、一閃。
シュタインの両手が、宙を舞った。
「……ぬっ……!」
切断面から血を噴き出し、シュタインは膝をつく。
「おい、爺さん。
俺の質問に答えてもらうぞ」
ラックは倒れたシュタインには目もくれず、マヌーダへと鍵の切っ先を向ける。
「くっくっく……まだ勝負はついとらんぞ」
マヌーダは不気味な笑みを浮かべ、叫んだ。
「シュタイン!」
次の瞬間、背後から衝撃。
「――っ!?」
シュタインが、失ったはずの両手でラックを拘束し、その頭を床へと叩きつけた。
「お前も異常者だったか……」
シュタインは、確かに“存在する”両手でラックを押さえつけている。
「そうだ。
俺は“不死身”の異常を持つ」
切断されたはずの両腕は、既に再生を終えていた。
「どんな負傷も、すぐに回復する」
シュタインは空いている左手を伸ばし、鍵を握るラックの右手を掴みにかかる。
「――オープン」
だが、その直前。
ラックは鍵を一瞬で元の小さな形状へと縮め、床へ突き刺してひねった。
次の瞬間、床が扉のように開き、ラックとシュタインはそのまま一階へと落下する。
「なっ……!」
予想外の反撃に、シュタインは思わず拘束を解いてしまった。
その一瞬を逃さず、ラックは空中で体をひねり、鍵をシュタインの頭部へと突き立てる。
「クローズ」
鍵を捻ると同時に、シュタインの意識は一瞬で刈り取られ、そのまま気絶した。
意識を失ったシュタインは一階の床に激突する。
一方ラックは、落下の途中で鍵の形状を変化させ、二階の床に先端を引っかけると、勢いを殺しながら自らの体を引き戻した。
「お、おい! シュタイン! 起きるんじゃ!!
お前、不死身なんだろう!?」
マヌーダが必死に叫ぶが、シュタインは微動だにしない。
「どうやら回復能力は“外傷”限定みたいだな」
ラックはそう言いながら、再びマヌーダへと鍵を突き付ける。
「この屋敷に金のオルゴールがあるだろ。
それを出せ」
「ぐ……ぬぬ……」
マヌーダは心底悔しそうに顔を歪めながらも頷き、背後の本棚へと歩み寄る。
並べられた数々のコレクションの中から、一つを取り出した。
金色に輝く――ゴンドの写真に写っていた、あのオルゴールだった。
「毎度あり」
ラックは軽く礼を言うと、そのまま鍵をマヌーダの頭へと差し込む。
「お、お前……話が……」
「少し寝ててもらうだけだよ」
ラックが鍵を右へ捻ると、マヌーダの意識も瞬時に刈り取られ、その場に崩れ落ちた。
「きゃあああっ!」
遅れて、戦闘音を聞きつけた使用人たちが一階へと集まり始める。
「それじゃあ、お暇させてもらうよ」
ラックはポケットから灰色の球体を取り出し、床へ叩きつけた。
球が弾けると、勢いよく灰色の煙が噴き出し、瞬く間に屋敷の中を覆い尽くす。
これはラック自作の煙玉だ。
彼は盗みの際に備え、こうした道具を常に携帯している。
混乱に乗じて屋敷を脱出したラックは――
目的の金のオルゴールを、確かにその手にしていた。




