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鍵の異常者-盗屋ラックの哀喪  作者: 轟号剛


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クリスタ・ライメンス

エクラは話を終えると、静かに会場を見渡した。


「それでは皆様、ごゆっくりお楽しみください」


一礼。


会場から拍手が起こる。


そのままエクラは踵を返す。


「クリスタ」


「はい、エクラ様」


クリスタは抱えていた書類を持ち直すと、エクラの後ろへ静かに付き従った。


二人は壇上裏の扉から姿を消す。


「……行くぞ」


ラックが小さく呟く。


アダアダは力強く頷いた。


三人は人混みに紛れながら広間を抜ける。


シバはアインの腕の中で大人しくしていた。


広間の外。


豪華な廊下。


赤い絨毯が真っ直ぐ伸び、左右には高価な絵画が飾られている。


「怪しまれるなよ」


ラックの一言に二人は頷く。


ゆっくり。


自然に。


まるで会場を見学している客を装いながら歩みを進める。


しばらくすると。


二階へ続く大階段が姿を現した。


「上か……」


ラックが階段へ目を向ける。


その時だった。


コツ……


コツ……


上階から足音が聞こえてくる。


三人が同時に視線を上げた。


そこにいたのは。


赤いコートを纏うエクラ。


そして。


その一歩後ろを歩くクリスタだった。


「……ッ!」


アダアダの瞳が大きく見開かれる。


次の瞬間。


身体が勝手に動いていた。


「クリスタ!!」


叫びながら階段へ駆け出す。


「おい!」


ラックが制止する。


しかし間に合わない。


アダアダはクリスタの目の前まで駆け寄っていた。


「クリスタ!」


「俺だ!」


「アダアダだ!」


「迎えに来たぞ!」


だが。


クリスタは一歩後ずさる。


不安そうにエクラの後ろへ身を寄せた。


「……え?」


小さく首を傾げる。


「どちら……様ですか?」


静寂。


アダアダの身体が止まる。


「……は?」


信じられない。


目の前にいる。


間違いなく妹だ。


それなのに。


自分を見ても何の反応もない。


「クリスタ……?」


震える声。


その一瞬だった。


エクラの瞳が赤く染まる。


「なるほど」


「クリスタの知り合いなのね」


静かな声。


エクラはゆっくりとアダアダへ手を伸ばした。


あと数センチ。


触れられる。


その瞬間。


「危ない!」


アインの身体から猫耳と尻尾が現れる。


瞬時に猫化。


床を蹴る。


「はあっ!」


俊敏な動きでアダアダの腕を掴み、そのまま後方へ引き飛ばした。


エクラの指先は空を切る。


「へぇ……」


エクラは驚いた様子もなく手を下ろす。


そして。


左腕に着けた腕時計へ視線を落とした。


カチッ。


小さくボタンを押す。


アダアダは怒りに震えながら叫ぶ。


「クリスタに何をした!!」


その怒号が、静かな廊下へ響き渡った。


「うるさいのは嫌いよ」


エクラは冷たく言い放つ。


その一言で。


アダアダの怒りは限界を超えた。


「ッ!」


再びクリスタへ駆け出そうとする。


だが。


「待て」


ラックが肩を掴み、強引に引き止めた。


「何だよ!」


「邪魔をするな!!」


振り払おうとするアダアダ。


しかしラックは一歩も動かない。


「冷静になれ」


静かな声。


「……囲まれた」


その言葉と同時。


廊下に並ぶ柱の影。


壁の影。


天井から伸びる僅かな影。


そこから次々と人影が浮かび上がる。


十人。


全員が黒服を身に纏った異常者。


いつの間にかラック達を半円状に囲んでいた。


「まずいな……」


ラックは胸元から鍵を握り締める。


「関係ねぇ!」


アダアダは拳を握る。


「俺の異常を全開にする。こんな奴ら――」


しかし。


その足が止まる。


目の前。


クリスタが。


震える手で。


自らの首へ金色のナイフを突き付けていた。


「……クリスタ?」


アダアダの顔から血の気が引く。


エクラは微笑んだ。


「それ以上動いたら」


「この子には死んでもらいます」


静かな脅し。


だが十分だった。


「……できるはずねぇ」


ラックが一歩前へ出る。


「クリスタはお前らにとって重要人物だ」


「そんな雑に扱える駒じゃない」


エクラは初めて笑った。


「ふふ」


「その通りね」


「でも」


「目的は果たせたわ」


その瞬間だった。


アインの足元。


黒い影が大きく揺らぐ。


「えっ……?」


ズブリ。


「ラック!」


アインの身体が影へ沈み始める。


「アイン!」


ラックが咄嗟に手を伸ばす。


アインも必死に手を伸ばした。


あと少し。


指先が触れる。


だが。


届かない。


アインの身体は完全に影へ飲み込まれた。


「アイン!!」


次の瞬間。


エクラの足元の影が揺れる。


そこから。


アインが姿を現した。


「……え?」


突然景色が変わり、状況を理解できないアイン。


その頭へ。


エクラは迷いなく手を置いた。


「いい子ね」


瞳が赤く輝く。


それに呼応するように。


アインの瞳もゆっくり赤く染まっていく。


身体から力が抜けた。


「……」


表情が消える。


「アイン!」


ラックが叫ぶ。


しかし。


反応はない。


完全に支配されていた。


「ヒャッヒャッヒャ!」


チェイスが楽しそうに笑う。


両手へ白い雷を纏わせる。


「エクラさんよォ」


「こいつらはいらねぇだろ?」


「暴れちまっていいか?」


「好きになさい」


エクラは視線をラック達から外した。


その時だった。


チェイスの姿が。


アインの瞳へ映る。


雷。


白い閃光。


焼け焦げた床。


血。


そして――


『助けて』


『アイン』


『逃げなさい』


両親の最後の姿。


「ッ……!」


アインの身体が震えた。


赤く染まっていた瞳が揺らぐ。


「……?」


エクラが僅かに眉を動かす。


赤。


黒。


赤。


黒。


瞳の色が激しく入れ替わる。


「……殺す」


低い声。


それは。


アインの声ではなかった。


「何?」


エクラが初めて驚愕の表情へと顔を歪める。


次の瞬間。


アインの瞳は完全な黒へ変わった。


「お前だけは」


「絶対に殺す」


ゾワッ。


廊下全体へ冷気が駆け抜ける。


バキッ。


床。


壁。


天井。


一瞬で氷が広がっていく。


「なっ!?」


チェイスの笑顔が消える。


「ヒャッ――」


言葉を最後まで発することなく。


全身が氷に包まれた。


エクラ。


クリスタ。


黒服達。


全員が一瞬で氷像へと変わる。


静寂。


ただ一人。


アインだけが。


いや。


ナインだけが。


冷たい殺意を宿した瞳で。


凍り付いたチェイスを睨み続けていた。


「殺す」


その声だけが。


氷に閉ざされた廊下へ静かに響いた。



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