侵入
――一週間後。
夜。
街外れに建つ巨大な屋敷。
そこは、裏社会でも名の知れた大商人の屋敷だった。
広い寝室。
豪華なベッドでは、一人の老人が静かに寝息を立てている。
「……」
窓が音もなく開いた。
月明かりに照らされ、一人の青年が部屋へ降り立つ。
ラック・アルバンス。
怪盗。
「起きるなよ」
ラックは老人の頭へ鍵を差し込むような仕草を見せる。
「――クローズ」
小さく呟く。
すると。
老人は一瞬だけ身体を震わせると、そのまま深い眠りへと落ちていった。
「よし」
部屋の外へ目を向ける。
「入ってこい」
扉の外からアダアダとアインが姿を現す。
アインの腕の中ではシバが静かに抱かれていた。
「ワフ……」
珍しく大人しくしている。
「本当に寝てるの?」
アインが恐る恐る尋ねる。
「あぁ」
「しばらくは起きない」
ラックは部屋の隅に置かれた大きな衣装棚を開く。
中には高級なスーツや礼服が整然と並んでいた。
「これだな」
ラックは黒を基調とした高級スーツを手に取る。
「アダアダ、お前はこれ」
「おっ、グレート!」
アダアダは嬉しそうに受け取る。
「アインはこれだ」
淡い青色の上品なドレス。
「あっ……」
「きれい……」
アインは目を輝かせた。
ラックはさらに机の引き出しを開ける。
そこには金色の封筒が数枚。
一枚を取り出す。
封を開けると、中から黒いカードが姿を現した。
『裏社会会合 招待状』
目的の物だった。
「これで入れるな」
ラックはカードを懐へしまう。
「もう行くの?」
アインが尋ねる。
「あぁ」
「長居は無用だ」
三人は静かに屋敷を後にした。
残された老人は何も知らぬまま眠り続けていた。
◇
そして当日。
巨大な城。
犯罪組織バタフライ本部。
昼間とは思えないほど厳重な警備。
黒服の男達が敷地内を巡回している。
城の正面には高級車が次々と到着していた。
降りてくるのは。
裏社会を牛耳る者達。
武器商人。
闇金融。
マフィア。
各国の大富豪。
豪華な服装に身を包んだ者達が城内へ吸い込まれていく。
その中に。
一台の黒い高級車が静かに停まった。
扉が開く。
最初に降りたのはラック。
黒い礼服に身を包み、堂々と歩き出す。
続いて。
白いスーツを着たアダアダ。
「うわぁ……」
「こういう服、肩凝るなぁ」
「静かにしろ」
ラックが小声で注意する。
最後に。
淡い青色のドレスを纏ったアインが降りる。
胸にシバを優しく抱いていた。
「ワフ……」
シバも今日は大人しかった。
三人は受付へ向かう。
「招待状を」
黒服の男が無表情で手を差し出す。
ラックは懐から招待状を取り出した。
男はカードへ視線を落とす。
数秒。
「……確認致しました」
恭しく頭を下げる。
「どうぞ、お入りください」
何事もなく門が開いた。
ラック達は顔色一つ変えず歩き出す。
そして。
城の中央にある大広間へ足を踏み入れた。
「……」
思わずアインが息を呑む。
天井には巨大なシャンデリア。
真紅の絨毯。
豪華な装飾。
そして長いテーブルには、世界中から集められた高級料理が所狭しと並んでいた。
ワイングラスを片手に談笑する裏社会の重鎮達。
そこには、この国の裏社会を支配する者達が一堂に会していた。
ラックは周囲をゆっくりと見渡す。
しばらくして。
続々と集まっていた来賓達の出入りも落ち着き、大広間は穏やかな談笑に包まれていた。
グラスの触れ合う音。
料理を楽しむ声。
まるで上流階級の晩餐会。
しかし――
パチン。
突然。
会場の照明が一斉に落ちた。
「……!」
広間が静まり返る。
次の瞬間。
二階へと続く壇上に一筋のスポットライトが照らされた。
そこには真紅の大きなカーテン。
ゆっくりと左右へ開かれていく。
現れたのは。
赤いコートを身に纏う一人の美女。
バタフライの頂点。
エクラ・ジョナス。
堂々と壇上の中央まで歩みを進める。
その一歩後ろには。
同じく赤いコートを纏い、書類を抱えた一人の女性が静かに付き従っていた。
眼鏡を掛けた黒髪の女性。
クリスタ・ライメンス。
「……ッ!」
アダアダの肩が大きく震える。
「クリス――」
叫びそうになったその瞬間。
ラックが鋭く睨みつけた。
「……!」
アダアダは咄嗟に口を押さえる。
今ここで正体が露見すれば終わりだ。
必死に込み上げる感情を押し殺す。
一方。
壇上のクリスタはそんな事など気付く様子もなく、エクラの隣へ静かに立っていた。
エクラは会場全体を見渡す。
そして。
ゆっくりと微笑んだ。
「本日はお忙しい中、わざわざお集まりいただき感謝いたします」
透き通るような美しい声。
その一言だけで会場は完全な静寂に包まれる。
「皆様のお力添えにより、我々バタフライは今日まで勢力を拡大することができました」
「心より感謝申し上げます」
優雅に一礼する。
来賓達から静かな拍手が起こった。
しかし。
エクラは顔を上げると同時に、その笑みを消した。
空気が一変する。
冷え切った視線。
「――さて」
「ここからが本題です」
その言葉と同時に。
広間の壁一面へ映像が投影された。
最初に映し出されたのは。
車椅子に座る老人。
レイモンド・ナッサリーナ。
続いて。
その隣に立つ刀を携えた青年。
六右衛門。
さらに映像が切り替わる。
奇妙な機械。
無数の管が繋がれた帽子状の装置。
異常増幅装置。
そして。
再び映像が切り替わる。
今度は四人の人物。
異常取締隊。
最後に。
スーツ姿の男。
トッシュ・マルメル。
その隣に立つ老紳士。
ジャック・サウザ。
さらに数名の顔写真が次々と映し出される。
アンサッド。
会場がどよめく。
エクラは静かに口を開いた。
「今回、この会合の目的は三つ」
「一つ」
「レイモンド・ナッサリーナの保有する異常増幅装置の献上」
「もしくは」
「レイモンド本人の誘拐」
壁の映像が切り替わる。
「二つ」
「政府直属組織、異常取締隊の抹殺」
四人の顔写真が映し出される。
「三つ」
「裏組織アンサッド構成員の殺害」
トッシュを始めとした構成員達の顔写真が壁一面へ映し出された。
会場は静まり返っている。
エクラはゆっくりと会場を見渡した。
「以上、三つのうち」
「いずれか一つを達成するごとに」
「十億ルートを報酬として支払います」
その言葉に。
会場中の空気が一変した。
驚き。
欲望。
狂気。
様々な感情が入り混じる。
誰もが壁に映る標的を見つめていた。
その中で。
ラックは帽子のつばを僅かに下げる。
「……随分と景気のいい話だな」
一方。
アダアダの視線は報酬でも標的でもなかった。
壇上で静かにエクラへ付き従う。
たった一人の女性。
クリスタだけを、じっと見つめていた。




