生還
バタフライ本部。
巨大な城の奥。
長机が置かれた会議室。
その場には幹部達が集められていた。
誰一人として口を開かない。
重苦しい空気。
そして。
長机の最奥。
赤いコートを纏う美女。
バタフライのトップ。
エクラ・ジョナス。
その隣には、眼鏡をかけた黒髪の女性、クリスタが立っていた。
「次」
静かな声。
すると。
着物姿の女性が冷や汗を流しながら前へ進み出る。
バタフライ第十支部支部長。
アンジェラ。
優雅な佇まきとは裏腹に、その顔色は悪い。
「申し訳ありませんわ……」
そのままエクラの前へ跪く。
「異常増幅装置の奪取に失敗しましたわ」
部屋の空気がさらに重くなる。
「理由は?」
エクラの声に感情はない。
「別組織の人物が同じく異常増幅装置を狙っておりました」
「妾達が確保する直前に邪魔をされてしまいましたわ」
「別組織?」
チェイスが面白そうに笑う。
アンジェラは頷く。
「二人おりました」
「一人は……」
「かの有名な政治家」
「トッシュ・マルメルですわ」
その名に。
何人かの幹部達が僅かに目を細める。
「へぇ」
チェイスは頬杖をつきながら笑った。
「政治家サマが裏でコソコソしてるとはねぇ」
しかし。
エクラは何も言わない。
ただ。
その瞳だけが赤く染まっていく。
ゾクリ。
その場の全員の背筋が凍る。
アンジェラの顔から血の気が引いた。
エクラは静かに椅子から立ち上がる。
そして。
跪くアンジェラへ近付いていく。
「アンジェラ」
「は、はい……」
「失敗は嫌いよ」
ゆっくりと。
白い手が伸びる。
アンジェラの頭へ。
あと数センチ。
その時だった。
バン!
会議室の扉が勢いよく開かれる。
「失礼致します」
全員の視線が集まる。
そこに立っていたのは。
黒いスーツ姿の男。
眼鏡を指で押し上げながら、その男は迷いなくエクラの前へ歩いていく。
そして。
片膝をついた。
「申し訳ございません」
「第七支部支部長」
「アルフェンス・チャム」
「只今戻りました」
部屋が静まり返る。
エクラは伸ばしていた手を止める。
そして。
アンジェラから視線を外し、アルフェンスを見つめた。
「異常取締隊に捕まったと聞いたけれど?」
エクラの赤い瞳がアルフェンスを射抜く。
しかし。
アルフェンスは冷静だった。
「えぇ」
「ですが何とか影武者に身代わりとなってもらい、逃げ延びる事に成功しました」
「異常取締隊は噂通りの化け物です」
「正面から戦うべき相手ではありません」
「……そう」
エクラの瞳が元の色へ戻る。
そして。
再び玉座へ腰掛けた。
「ならいいわ」
アンジェラは安堵の息を漏らした。
一方。
チェイスはニヤニヤ笑っている。
「へぇ〜」
「流石アルフェンス」
「しぶといねぇ」
「ありがとうございます」
アルフェンスは淡々と頭を下げる。
「一週間後」
エクラが口を開く。
「裏社会会合を予定通り開催する」
「各支部」
「準備を進めなさい」
「はっ」
幹部達が一斉に頭を下げる。
すると。
エクラは一人の男へ視線を向けた。
茶髪。
細身の体。
ノートパソコンを弄りながら椅子にだらしなく座る青年。
バタフライシステム部部長。
カズ。
「カズ」
「んー?」
顔も上げずに返事をする。
「トッシュ・マルメル」
「彼の所属する組織を調べなさい」
すると。
カズはようやくパソコンから顔を上げた。
「組織?」
「ただの政治家じゃないんだ?」
「少なくとも裏で動いている」
「調べられる?」
エクラの問いに。
カズはニヤリと笑った。
「誰に言ってんの?」
「俺だよ?」
「異常なんて無くても、ネットの世界じゃ神様みたいなもんさ」
「政府だろうが軍だろうが企業だろうが」
「隠し事なんて無意味」
「全部丸裸にしてあげるよ」
自信に満ちた笑み。
天才ハッカー。
それがカズだった。
「任せて」
「三日もあれば十分かな」
エクラは小さく頷く。
「期待しているわ」
「当然」
カズは再びパソコンへ目を向ける。
「さてさて」
「どんな連中なんだろうねぇ」
「トッシュ・マルメルさん?」
一方。
エクラは立ち上がった。
「クリスタ」
「はい」
「行くわよ」
「承知しました」
クリスタは慌てて書類を抱える。
「エクラ様、本日の予定表はこちらに……」
「後で見るわ」
「は、はい!」
そして。
二人は会議室の奥にある扉へと姿を消した。
残された幹部達。
チェイスは口元を歪める。
「何か面白くなってきたねぇ」
一方。
アルフェンスは眼鏡の位置を直しながら、静かに閉ざされた扉を見つめていた。
その瞳の奥に宿る感情に。
気付く者は誰もいなかった。




