執念
「いやぁ〜、楽しかったなぁ」
海旅行から帰ってきた翌日。
サイフォンは自分の事務所の椅子に腰掛けながら、満面の笑みで呟いた。
別荘。
海。
温泉。
騒がしい仲間達。
思い出すだけで自然と頬が緩む。
「また行きたいねぇ」
誰に言うでもなく呟く。
情報屋サイフォンの事務所。
壁一面には新聞の切り抜きが貼られており、机の上には大量の本や資料が積み重なっている。
一見するとゴチャゴチャしているように見えるが、本人にとってはどこに何があるか把握しているらしい。
そんな時。
コンコン。
事務所の扉が叩かれた。
「はーい」
サイフォンは笑顔のまま返事をする。
扉が開き、一人の男が入ってきた。
赤髪。
鋭い目付き。
全身から威圧感を漂わせる男。
スタード。
かつて異常者収監施設の看守としてラック達の前に立ちはだかった男である。
しかし、サイフォンはスタードの事を知らない。
「いらっしゃいませ〜。情報収集ですか?」
愛想よく応対する。
スタードは周囲を一瞥すると、無言で一枚の写真を机の上へ置いた。
「この人物達の情報が欲しい」
そこに写っていたのは。
アイン。
そしてシバ。
サイフォンの笑顔が僅かに止まる。
だが。
「うーん」
写真を眺めながら首を傾げる。
「知らないですねぇ」
いつもの調子。
怪しまれる様子もない。
「そうか」
スタードはさらに一枚の写真を取り出した。
それは監視カメラの映像だった。
そこには。
ラック・アルバンスの姿。
「……」
一瞬。
サイフォンの表情が固まった。
ほんの僅か。
だが確かに。
その顔から笑顔が消えた。
「いやぁ、こっちの人も知らないですねぇ」
すぐに笑顔を取り戻す。
しかし。
スタードは見逃さなかった。
「……何か知っているな」
鋭い眼光。
両手に炎が灯る。
ボウッ。
熱気が事務所に広がった。
「知らないって言ってるんですけどねぇ」
サイフォンは困ったようにため息を吐く。
「はぁ……」
次の瞬間。
その姿が掻き消えた。
「なにっ!?」
スタードが目を見開く。
誰もいない。
事務所には大量の本と新聞。
そして空っぽの椅子だけが残されていた。
「チッ……」
スタードは舌打ちをする。
両手の炎を消しながら、机の上に置かれた写真を見つめる。
「必ず捕まえてやる」
低い声。
その瞳には執念が宿っていた。
ラック。
アイン。
シバ。
そして今消えた情報屋。
スタードはゆっくりと踵を返す。
静まり返った事務所に、重い足音だけが響いていた。
-
前のサイフォンの場面から自然に繋がる形にするとこんな感じ。
「——てな訳で、しばらくここで匿って貰うね」
サイフォンは起きた出来事を全て話し終えると、まるで他人事のような笑顔を浮かべながらそう言った。
「はぁ……」
ラックは顔を押さえながら深いため息を吐く。
「何で次々と住人が増えてくるんだよ……」
「元はと言えば君が原因なんだからね」
サイフォンは呆れたように言うと、スタードから見せられた三枚の写真を机の上へ広げた。
アイン。
シバ。
そしてラック。
「……ごめんなさい」
アインが申し訳なさそうに俯く。
「違う違う」
サイフォンは慌ててアインの頭を優しく撫でる。
「アインちゃんは悪くないよ」
「僕が言ってるのはね」
サイフォンは人差し指をラックへ向けた。
「監視カメラに映るようなヘマをした誰かさんの事」
「うるせぇな……」
ラックが苦々しい顔をする。
そのやり取りを聞いていたアダアダが、本棚の整理をしながら口を挟んだ。
「それにしてもその看守の男もしつこい野郎だな」
「わざわざ情報屋の所まで足を運ぶなんてよ」
「グレートな執念だぜ」
「確かにな」
ラックも顎に手を当てる。
「ここも時間の問題かもしれねぇな」
「皆で僕の別荘に移住する?」
サイフォンがニヤニヤしながら提案する。
「いや」
ラックは首を横に振った。
「場所を変えたところで時間の問題だろ」
「それに、ただの看守がここまでアイン達に執着する理由も分からねぇ」
「そこなんだよねぇ」
サイフォンの表情から笑みが消える。
「僕もそこが気になってた」
「少し調べてみるよ」
珍しく真面目な顔だった。
アダアダも本の整理を止める。
「ただの職務熱心じゃ説明つかねぇよな」
「収監施設から逃げた脱獄囚を追うにしても、熱量がおかしい」
「何か裏があるのかもしれねぇ」
「とりあえずはサイフォンの調査結果次第だな」
ラックは椅子から立ち上がった。
そして。
本棚の前にいるアダアダへ視線を向ける。
「ゆっくりしてる時間もなさそうだからな」
「アダアダ」
「明日、お前の依頼を受けてやる」
そう言いながら、自身の首に掛けた赤と青に輝く水晶のネックレスへ触れる。
人喰いダンジョン。
アルファ・メトロボットの遺作。
そこに残されていたもの。
そして。
アダアダが求めた二つ目の願い。
「……待ってたぜ」
アダアダはいつものふざけた雰囲気とは一変して真面目な顔つきで呟く。
その目には真剣さが宿っていた。
その様子を見たサイフォンは、
「ようやくか」
同じく真剣な表情で頷く。
一方、アインは首を傾げた。
「依頼?」
「あぁ」
ラックは小さく頷く。
「ちょっと野暮用だ」
ラックは首からぶら下がる鍵に触れながらこれからの大仕事に対して気合いをいれるのだった。




