六右衛門
トッシュは侵入者達を見据えたまま、静かに口を開く。
「——銃刀の所持を禁ずる」
その言葉が発せられた瞬間だった。
侵入者達の表情が変わる。
「なっ——!?」
握っていた銃が急激に重くなる。
まるで数百キロの鉄塊へ変化したかのように。
支えきれない。
次々と銃が床へ落下する。
ガンッ!!
ガンッ!!
重い音が連続して響いた。
「ぬっ」
思わず声を漏らしたのは六右衛門だった。
トッシュの異常は侵入者だけを対象にしたものではない。
六右衛門の腰に差されていた刀もまた、鞘ごと床へ落ちていた。
その瞬間。
ジャックが動く。
姿が掻き消える。
瞬間移動。
次に現れた場所は増幅装置の真横だった。
——今だ。
ジャックは迷わず装置へ手を伸ばす。
触れさえすればいい。
そうすれば回収できる。
だが。
その手首が掴まれた。
「なにっ」
刀を失い隙の生まれた筈の六右衛門が恐るべき反応速度を見せた。
六右衛門はジャックの右手を掴んだまま、空いた左手を突き出す。
狙いは心臓。
必殺の一撃。
ジャックは反射的に身体を捻った。
次の瞬間。
再び瞬間移動が発動する。
鮮血が舞った。
◇
ジャックはトッシュの隣へ現れる。
しかし。
その姿を見た侵入者達の目が見開かれた。
右腕。
肩から先が無かった。
切断面から血が流れ落ちる。
ジャックは苦痛を表情へ出さない。
ただ静かに頭を下げた。
「……しくじってしまいました」
トッシュの眉が僅かに動く。
それだけだった。
一方。
六右衛門は切断した腕を無造作に放り捨てる。
「奴らもこの増幅装置が目当てのようでござる」
その言葉を受けたレイモンドは静かに頷いた。
「やはりな」
レイモンドは即座に動く。
増幅装置を乗せた柱の側面。
そこへ付いていたボタンを押す。
同時に。
自身の腕時計に取り付けられたボタンも押し込んだ。
機械音。
ガコン。
ガコン。
増幅装置を乗せていた円柱がゆっくりと床へ沈んでいく。
そして。
完全に収納されると床は元通り閉じた。
痕跡すら残らない。
さらに。
レイモンドと六右衛門が立つ床そのものが下降を始める。
秘密の避難経路。
完全に想定済みだったらしい。
トッシュが目を細める。
アンジュラも扇子の奥で笑みを消した。
レイモンドはゆっくりと二人を見渡した。
そして鼻を鳴らす。
「さらばだ、賊ども」
床はさらに沈んでいく。
「賊同士、仲良くやっておれ」
レイモンドの捨て台詞と共に。
レイモンドと六右衛門は地下へ消えた。
残されたのは、
トッシュとジャック。
アンジュラ率いる侵入者達。
そして張り詰めた空気だけだった。
互いの目的は同じ。
増幅装置。
だからこそ。
お互い邪魔者を排除する為に動き出す。
レイモンド達の姿が完全に消える。
残された研究室。
床には血溜まり。
そして切り落とされたジャックの右腕。
トッシュは視線だけを向けた。
「ジャック」
「はい」
「ここは俺一人で十分だ」
トッシュは前を向いたまま続ける。
「医者に診てもらえ」
ジャックは一瞬だけ沈黙した。
だがすぐに頷く。
「承知しました」
その声に迷いはない。
「御武運を」
トッシュは鼻で笑う。
「誰に言ってる」
ジャックも小さく口元を緩めた。
次の瞬間。
姿が消える。
瞬間移動。
切り落とされた自身の右腕の傍へ現れると、左手で腕へ触れた。
さらにもう一度。
空間が揺らぎ、ジャックは腕ごとこの場から姿を消した。
研究室にはトッシュ一人だけが残される。
アンジェラは扇子で口元を隠しながら笑った。
「まあ」
「本当に一人で相手をするつもりですの?」
余裕たっぷりの声音。
背後には十数名の部下。
対するトッシュは一人。
どう見ても数の差は明らかだった。
だがトッシュは堂々と腕を組む。
「お前ら如き一人で十分だ」
アンジェラの眉が僅かに動く。
その挑発を楽しむように。
「そうですの」
扇子を閉じた。
「やりなさい」
命令はそれだけだった。
黒いスキンスーツの男達が一斉に駆け出す。
武器は持たない。
素手による制圧。
統率された動きだった。
だが。
トッシュは慌てない。
「不法侵入を禁ずる」
静かな声。
その瞬間だった。
男達が次々に転倒する。
「なっ!?」
「ぐっ!」
床へ倒れ込む。
いや。
正確には倒れたのではない。
視界が消えたのだ。
「停電……?」
誰かが呟く。
だが違う。
研究室の照明は点いている。
アンジェラも異変に気付いた。
扇子を握る手が止まる。
「……いや」
「これもそなたの異常か」
目を開いている。
だが何も見えない。
黒。
黒。
黒。
世界が真っ黒だった。
アンジェラを含めた侵入者達の視界は完全に奪われていた。
トッシュはゆっくりと歩く。
余裕の足取り。
「俺の異常は法律だ」
誰に説明するでもなく呟く。
トッシュ・マルメルの異常。
法律。
自身を中心とした半径百メートルのドーム空間へ、この国で制定されている法律を反映させる能力。
法律は平等。
だから例外は存在しない。
制定した本人であるトッシュですら効力の対象となる。
そして。
法律を破った者には罰が与えられる。
先程の。
「銃刀の所持を禁ずる」
その罰は、
違反日から一週間。
銃器と刀剣類を物理的に保持できなくなること。
だから六右衛門の刀も床へ落ちた。
そして今。
「不法侵入を禁ずる」
この研究施設へ侵入した者達へ課された罰は。
一時間の視覚剥奪。
完全な暗闇だった。
一方で。
トッシュは問題ない。
正式なアポイントメントを取り。
正規の手続きを経てこの施設へ入っている。
法律違反ではない。
だから罰も存在しない。
真っ暗な世界の中。
侵入者達だけが混乱する。
その様子を見ながら。
トッシュは静かに笑った。
「さて」
「取り締まりの時間だ」
トッシュが歩みを進める中、アンジェラの周囲に桜の花びらがどんどん現れる。
「おほほ」
花びらが舞う中。
アンジェラは扇子で口元を隠しながら笑った。
「流石ですわね」
「アンサッドの方は」
トッシュは眉一つ動かさない。
「投降する気になったか?」
アンジェラは首を横に振る。
「まさか」
「ですが、妾達の目的は増幅装置」
扇子を閉じる。
「その増幅装置は既に逃げられましたわ」
「ならばこれ以上戦う理由はありません」
「ほう?」
トッシュが目を細める。
「逃げるか」
「逃げる?」
アンジェラはクスクスと笑った。
「撤退と言っていただきたいですわ」
「勝てない戦を続けるほど妾は愚かではありませんの」
次の瞬間。
「散りなさい」
花吹雪。
無数の花びらがトッシュの周囲を取り囲んだ。
「むっ」
視界。
前も後ろも。
全てが桃色に染まる。
「小細工を」
トッシュは周囲を見渡す。
だが花びらは止まらない。
完全に視界を塞いでいた。
一方。
アンジェラは静かに部下達へ命じる。
「皆様」
「こちらですわ」
「目が見えなくとも問題ありません」
花びら。
それはアンジェラの感覚器官。
部下達の位置も。
出口も。
全て把握していた。
「右へ三歩」
「そのまま真っ直ぐ」
「慌てる必要はありませんわ」
視界を失った黒スキンの男達は、
アンジェラの声を頼りに撤退していく。
そして。
最後に。
アンジェラ自身も扇子を開く。
「トッシュ・マルメル」
その声だけが花吹雪の中から響く。
「覚えておきますわ」
「次は妾の庭でお相手願います」
「第十支部支部長として」
「おほほほほ」
笑い声。
そして。
静寂。
数十秒後。
花びらがゆっくりと床へ落ちていく。
視界が戻る。
研究室。
倒れた黒スキン達の銃。
血痕。
そして。
誰もいない。
トッシュは腕を組んだ。
「……逃げたか」
怒りはない。
むしろ。
口元には笑みすら浮かんでいた。
「面白い女だ」
トッシュはそう呟くと、
散らばる桜の花びらを一枚拾い上げる。
「バタフライ」
「まだまだ底が知れんな」
そのまま花びらを握り潰す。
そして。
「制定を解除する」
半透明のドームが消滅する。
研究室には再び静寂だけが残った。
増幅装置は失われ。
レイモンドも逃げた。
ジャックも負傷。
成果は無い。
それでも。
トッシュは焦る様子を見せなかった。
「さて」
「レイナに報告するとするか」
堂々とした足取りで、
政治家は研究施設を後にした。




