異常増幅装置
「これこそが——異常増幅装置じゃ」
レイモンドは誇らしげに装置を見つめる。
無数の管。
複雑に組み上げられた機械。
そして頭部へ装着するための帽子型の本体。
異様な存在感を放っていた。
トッシュは興味深そうにそれを眺める。
ジャックも無言で観察する。
だが二人とも表情一つ変えない。
内心では確信していた。
——これだ。
エクラが求めている物。
バタフライと異常取締隊の均衡を崩し得る危険な代物。
だが。
部屋の空気が僅かに変わる。
六右衛門。
刀に手を置いたまま、
二人を鋭く見据えていた。
まるで全てを見透かしているかのような眼光。
トッシュは気付かない振りをしながら笑う。
「素晴らしいですね」
「もしよろしければ利用してみても?」
レイモンドは首を横に振った。
「残念じゃが認められん」
即答だった。
「この増幅装置はまだ試作品」
老人はゆっくり続ける。
「異常の効力は飛躍的に向上する」
「じゃが、その代償として異常の制御が極めて困難になる」
レイモンドの表情が真面目になる。
「暴走の危険性がある以上、実用化には至っておらん」
「なるほど」
トッシュは納得したように頷く。
しかし内心では舌打ちしていた。
試作品。
その言葉こそが重要だった。
エクラが欲しているのは、
弱められた完成品ではない。
この危険な試作品そのもの。
レイモンドは続ける。
「だが安心してくれ」
「効力を弱めた簡易版を開発中じゃ」
「完成したら譲ろう」
トッシュとジャックは一瞬だけ視線を交わした。
欲しいのはそれではない。
今目の前にある試作品だ。
部屋の空気が僅かに張り詰める。
トッシュの指先が動く。
ジャックも静かに姿勢を変えた。
二人は同時に異常を発動する準備に入る。
六右衛門の目が細まった。
腰の刀へ手が添えられる。
一触即発。
その時だった。
ドン!!
部屋の外から激しい物音が響く。
全員の視線が扉へ向く。
次の瞬間。
勢いよく扉が開いた。
白服の研究員が飛び込んでくる。
顔面蒼白。
息も絶え絶えだった。
「た、大変です!!」
レイモンドが眉をひそめる。
「何事じゃ」
研究員は叫ぶように報告した。
「侵入者です!!」
部屋の空気が一変する。
「十数名の武装した者達が施設内へ侵入!!」
「現在こちらへ向かっています!!」
トッシュとジャックは思わず目を見開いた。
——誰だ?
異常取締隊か。
それとも別の勢力か。
六右衛門は静かに刀の柄を握る。
レイモンドも表情を険しくした。
予想していなかった第三者が、
この場へ近付いていた。
「お前らに用は無い! どけ!」
怒号が研究施設へ響く。
侵入者達は銃を見せつけながら白衣の研究員達を押しのけて進んでいた。
悲鳴。
逃げ惑う研究員達。
混乱が施設内へ広がっていく。
レイモンドと六右衛門の意識は自然と侵入者達へ向いた。
その瞬間。
ジャックは好機を見出した。
——今なら取れる。
ジャックの異常は瞬間移動。
自身のみを移動させる能力。
そして、自身の体重以下で触れている物体だけを一緒に移動させることができる。
ただし、生物は例外。
自身以外の生物は異常の対象にならない。
トッシュすら連れて行くことはできない。
だが。
増幅装置なら話は別だ。
一度増幅装置の隣へ移動する。
装置へ触れる。
その時点で増幅装置は異常の対象となる。
後はそのまま持ち去ればいい。
任務完了。
そう考えた。
だが。
ジャックの思考は次の瞬間止まる。
六右衛門。
刀を腰に差した青年。
その視線は侵入者達へ向いていなかった。
真っ直ぐ。
ジャックとトッシュを見ている。
一瞬たりとも警戒を解いていない。
ジャックは理解した。
——駄目だ。
増幅装置の隣へ移動した瞬間。
装置へ手を伸ばすより先に斬られる。
この男はそういう類の人間だ。
成功率が低い。
ならば今動くべきではない。
ジャックはわざと咳払いをした。
「ゴホン」
トッシュが僅かに視線を向ける。
長い付き合いだった。
それだけで十分だった。
「侵入者は私達で相手しましょう」
ジャックが静かに言う。
トッシュは一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに察した。
——動くなという事か。
「そうだな」
トッシュは前へ出る。
「市民を守るのが政治家の務めだ」
その時。
侵入者達が研究室へ雪崩れ込んできた。
全身を黒いスキンスーツで覆い。
防弾チョッキを着込み。
顔も完全に隠している。
明らかなプロ集団。
しかし。
その後ろ。
一人だけ異様な存在がいた。
豪華な着物。
優雅な所作。
手には扇子。
まるで戦場とは無縁のような女性。
その女は増幅装置を見るなり目を細めた。
「あれが妾達の求める増幅装置とやらですわね」
扇子で口元を隠す。
「どうやら妾がビンゴのようですわ」
その声には確信があった。
女性は隣の男へ視線を向ける。
「他の者達にも伝えてあげて」
「わかりました、アンジュラ様」
男は即座に無線へ手を伸ばす。
その瞬間。
「秘密保護法を制定する」
トッシュが呟いた。
薄い光が広がる。
半透明の膜。
それはドーム状に膨れ上がり、
研究室全体を包み込んだ。
レイモンド。
六右衛門。
侵入者達。
全員がその内側へ閉じ込められる。
無線を握った男が叫ぶ。
「こちら第十支部応答せよ!」
雑音。
返事は無い。
「こちら第十支部応答せよ!」
再び雑音。
他の侵入者達も慌てて無線を取り出す。
だが結果は同じだった。
誰とも繋がらない。
アンジュラの目が僅かに細まる。
トッシュは堂々と歩き出した。
「私が制定した秘密保護法だ」
侵入者達へ向かって進む。
まるで銃口など存在しないかのように。
「この空間にいる限り、ここで得た情報を外部へ伝える事はできない」
落ち着いた声。
自信に満ちた声。
「通信」
「録音」
「発信」
「情報共有」
「全て禁止だ」
侵入者達の空気が変わる。
アンジュラは面白そうに笑った。
「厄介な異常ですわね」
次の瞬間。
侵入者達が一斉に銃を構える。
無数の銃口。
その全てがトッシュへ向けられた。
しかし。
トッシュは微塵も怯まない。
むしろ笑っていた。
自信に満ちた笑みを浮かべながら。




