レイモンド・ナッサリーナ
巨大な時計台。
その真下。
黒髪をオールバックに整えた大男が静かに立っていた。
トッシュ・マルメル。
政治家。
そしてアンサッドの一員。
高級スーツの上からでも分かるほどガタイが良い。
堂々とした立ち姿には自然と威圧感が滲んでいる。
トッシュはスマホを耳へ当てながら、
落ち着いた口調で話していた。
「——上手くいったぞ、レイナ」
電話の相手はレイナ・ゴードン。
「レイモンドとのアポイントを取る事に成功した」
その声には確かな自信があった。
政府所属の発明家。
レイモンド。
今回の目的は、
その男が所有する“異常強化装置”。
『では全員で向かった方がよろしいのでは?』
レイナが問いかける。
トッシュは薄く笑った。
「相手は政府の人間だ」
「最初から大人数で動けば警戒される」
落ち着いた声音。
だが自分の判断を疑っていない強さがある。
「まずは俺とジャックの二人で行く」
『……承知しました』
レイナは静かに頷いた。
トッシュは時計台を見上げながら続ける。
「俺は今、イチイ公園の時計台の下にいる」
次の瞬間。
音も無く。
一人の男がトッシュの真正面へ現れた。
黒い外套。
フードに隠れた顔。
気配が異常なほど薄い。
ジャック。
まるで最初からそこに居たかのようだった。
トッシュは驚いた様子も無く笑う。
「よく来てくれた」
ジャックは短く答える。
「レイナ様と話は一緒に聞いていましたので」
「助かる」
トッシュは電話を切った。
公園の外には黒塗りの公用車が待機している。
黒服のSPが素早くドアを開いた。
トッシュとジャックは無言で乗り込む。
そして車は静かに走り出した。
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黒塗りの公用車は、
街外れに存在する巨大施設の前で停止した。
無機質な外壁。
高いフェンス。
煙を吐く巨大な排気塔。
見た目は大型工場そのもの。
だが周囲には厳重な警備が敷かれていた。
トッシュは窓の外を眺めながら口元を吊り上げる。
「随分と厳重だな」
「政府の重要施設ですので」
隣のジャックが静かに答えた。
車を降りると、
すぐに警備員達が近寄ってくる。
「止まれ」
鋭い声。
「ここは立ち入り禁止区域だ」
だがSPの一人が前へ出ると、
一枚の書類を差し出した。
「既にアポイントは取ってあります」
警備員は書類へ目を通す。
瞬間。
表情が僅かに変わった。
「……確認した」
警戒を解き、
静かに道を開ける。
トッシュは余裕の笑みを浮かべた。
「話が早くて助かる」
そのまま施設内へ入ろうとするが、
途中で足を止める。
「お前達はここで待機していろ」
SP達へそう命じた。
「はっ!」
返答を背に受けながら、
トッシュとジャックは二人で施設内部へ進んでいく。
◇
内部は工場というより研究施設だった。
白い壁。
薬品の匂い。
機械音。
白衣姿の研究員達が慌ただしく行き交っている。
誰もが忙しなく動いていた。
トッシュは辺りを見回しながら歩く。
「ほぅ、、」
人型ロボットやホログラムなど一般社会ではまだ見ることのない最先端の技術に思わず感嘆の声を漏らす。
そんな物珍しそうにしながら案内の元歩き続け、やがて一際巨大な扉の前へ辿り着いた。
重い駆動音。
扉がゆっくり開く。
そこにいたのは二人。
一人は、
車椅子に座る老人。
痩せ細った身体。
だが鋭い眼光だけは死んでいない。
そしてもう一人。
腰へ刀を携えた青年。
静かな佇まい。
まるで護衛のように老人の傍へ立っていた。
部屋の空気が僅かに張り詰める。
老人がゆっくり口を開いた。
「——君がトッシュ・マルメルか」
「初めまして。私がレイモンド・ナッサリーナだ」
車椅子に座る老人が穏やかに笑う。
「隣にいるのは護衛の六右衛門。よろしく頼む」
刀を腰に携えた青年——六右衛門は静かに一礼した。
レイモンドは電動車椅子を動かし、
トッシュ達の目の前までやって来る。
そして迷いなく手を差し出した。
トッシュも自然な動作でその手を握る。
「初めまして。トッシュ・マルメルです」
穏やかな営業用の笑み。
「こちらは執事のジャック・サウザ」
紹介されたジャックは深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります」
老紳士らしい丁寧な礼。
レイモンドは満足そうに頷く。
「今回、私の研究に対し支援金を出してくれるとの事」
「大変ありがたい」
トッシュは柔らかな笑みを崩さない。
「いえいえ」
「かねてよりレイモンド博士の噂は耳にしておりましてね」
堂々とした口調。
政治家らしい人当たりの良さ。
「是非、我が国の未来の発展の為に御助力させていただきたいと思っております」
営業スマイル。
だがその瞳は冷静に周囲を観察していた。
設備。
護衛。
脱出経路。
全てを確認している。
やがて。
トッシュは自然な流れで口を開いた。
「ところで」
声色がほんの少し低くなる。
「異常の効力を引き上げる装置があると聞いたのですが」
「そちら、見せてもらっても良いでしょうか?」
六右衛門の視線が僅かに鋭くなる。
だがトッシュは気にしない。
「私も異常者でありましてね」
「非常に興味があるのですよ」
レイモンドは数秒トッシュを見つめた後、
ゆっくり頷いた。
「いかにも」
老人の口元が吊り上がる。
「あれは私の研究の中でもトップクラスの成果じゃ」
どこか誇らしげだった。
「少々待っとれ」
レイモンドは車椅子を反転させ、
元の位置へ戻っていく。
そして。
何も無い空間へ向け、
人差し指を押し込むように動かした。
直後。
機械音。
ガコン。
重い駆動音が部屋へ響く。
床がゆっくりと開いていく。
暗い穴。
その中から、
円形の台座が迫り上がってきた。
そしてその上に置かれていたのは——
無数の管が接続された機械の帽子。
異様だった。
まるで脳へ直接何かを流し込むような構造。
静かな機械音だけが部屋へ響いている。
レイモンドはその装置を見つめながら、
満足そうに笑った。
「これこそが——異常増幅装置じゃ」




