鏡と悪魔
一方その頃。
鏡の扉へ進んだアストは、静かに足を止めていた。
「……これは」
部屋の中央。
そこに存在していたのは――一枚の巨大な鏡。
装飾のない、不気味な鏡。
床も壁も存在せず、まるで闇の中に鏡だけが浮かんでいるようだった。
アストが近づく。
鏡が、彼を映す。
だが。
「……」
映った姿を見て、アストの表情がわずかに変わった。
鏡の中のアスト。
その姿は、今とは違う。
黒いコート。
腰に装備された拳銃。
胸元の警察手帳。
警察官の姿だった。
「まったく……趣味が悪いですね」
アストがため息を吐く。
すると。
鏡の中のアストが――笑った。
次の瞬間。
無数のナイフが、空間に出現する。
「ッ!」
ヒュンヒュンヒュン!!
四方八方から放たれる刃。
アストは即座に後方へ跳ぶ。
同時に、自身もナイフを生成。
金属音が連続して響く。
キィン! キィン! キィン!
「やっぱり、僕自身が相手ですか」
鏡のアストは答えない。
ただ静かに両手を広げる。
すると――
空間に浮かんでいた無数のナイフが、一斉に震え始めた。
「……ッ」
ガギン。
ガギギギギ――ッ!!
金属音を響かせながら、ナイフ同士が連結していく。
刃が骨格となり。
柄が筋肉となり。
無数のナイフが組み上がっていく。
やがて。
鏡の奥から現れたのは――
一体の竜。
全身を銀色の刃で構成された巨大な竜だった。
翼が開くたび、無数の刃が擦れ合い耳障りな金属音を鳴らす。
真紅の瞳だけが、生物のように妖しく光っていた。
「……楽しくなってきた!」
アストが満面の笑みを浮かべる。
ナイフの竜は大口を開く。
その口内には、さらに大量の刃。
次の瞬間。
咆哮と共に、刃の嵐が放たれた。
⸻
数分後。
静寂。
竜の亡骸は砕け散り、無数のナイフが床に突き刺さっており、中央に浮かんでいた鏡は粉々に砕けていた。
その中央に立っていたのは――アスト。
無傷。
服にすら汚れはない。
「さぁ、次にいこうか」
そう呟いた瞬間。
――プルルルル。
電子音。
アストは懐からスマホを取り出す。
画面を見るなり、露骨に嫌そうな顔をした。
「……もしもし」
『オォイ!!アストォ!!』
豪快な怒鳴り声。
思わずスマホを耳から離す。
『事件だ事件!!今すぐ来い!!』
「いや、今日は休暇なんですけど」
『人手が足りねぇんだよ!!』
「知りませんよ……」
アストは深くため息を吐く。
『いいから来い!!』
通話が切れる。
沈黙。
「……最悪だ」
ぼそりと呟く。
アストは鏡の部屋を振り返る。
「せっかく面白くなりそうだったのに」
次の瞬間。
部屋の出口へ向かって歩き出した。
――ダンジョンを去るために。
-
一方その頃。
悪魔の扉を進んだアダアダは、思わず眉をひそめた。
「……なんだここ」
部屋は広い。
だが、妙に圧迫感がある。
壁一面には、悪魔の壁画。
そして中央には――
巨大な石像。
翼を持つ異形。
鋭い爪。
捻じ曲がった角。
まるで悪魔そのもの。
「ガーゴイルってやつか?」
アダアダは警戒しながら近づく。
返事はない。
石像は沈黙したまま。
「なんだ、置物かよ」
肩をすくめた、その瞬間。
――ゴゴゴゴ。
石像の瞳が、赤く光った。
「……お?」
バキバキバキッ!!
石が砕け散る。
巨大な翼が広がった。
同時に。
ガーゴイルの拳が、アダアダへ振り下ろされる。
「ッ!」
アダアダは咄嗟に後方へ跳ぶ。
直後。
ドゴォォン!!
床が陥没。
砕けた石片が周囲へ飛び散る。
「ハッ……!」
アダアダは笑った。
「いいパンチしてんじゃねぇか!」
ガーゴイルが咆哮を上げる。
再び突進。
その巨体とは思えない速度。
「なら――」
アダアダは右腕を掲げる。
筋肉が膨張。
骨が軋む。
右腕だけが、一気に巨大化した。
「こっちも本気だ!!」
振り抜く。
巨大な拳。
ガーゴイルの拳と正面衝突。
――ドゴォォォンッ!!
衝撃。
空気が爆ぜる。
だが。
「ぐっ……!?」
押し負けた。
アダアダの体が吹き飛ぶ。
背中から壁へ叩きつけられる。
「ダミッ、いてぇー!!」
口元から血を拭う。
ガーゴイルは止まらない。
翼を広げ、空中へ。
次の瞬間。
無数の石弾が放たれる。
「チッ!」
アダアダは今度は左腕を巨大化。
盾のように前へ出す。
ガガガガガッ!!
石弾が腕へめり込む。
皮膚が裂け、血が飛ぶ。
それでも。
「まだまだァ!!」
アダアダは笑う。
床を蹴る。
突撃。
今度は――全身。
筋肉が膨張する。
体が、二回りほど巨大化。
「オラァァァァ!!」
巨大な拳が、ガーゴイルの顔面へ叩き込まれた。
ドゴンッ!!
石が砕ける。
だが。
ガーゴイルも爪を振るう。
ザシュッ!!
アダアダの胸が裂ける。
鮮血。
「ぐぅぅぅ……ッ!!」
それでも止まらない。
互いに殴る。
砕く。
潰す。
完全な力比べ。
そして――
最後。
アダアダの拳が、ガーゴイルの核ごと頭部を粉砕した。
轟音。
巨体が崩れ落ちる。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
静寂。
アダアダはその場に座り込む。
全身傷だらけ。
だが。
「……グレートだぜ!!」
拳を握り、笑った。
すると。
部屋の奥の扉が、ゆっくりと開いた。




