アオ・ヤードルード
三つ目の部屋。
足を踏み入れた瞬間――
違和感があった。
「……何もねぇな」
アダアダが周囲を見渡す。
広さは先程と同じ。
だが。
床も、壁も、天井も。
妙に“綺麗すぎる”。
戦闘の跡が、一切ない。
「……逆に気味が悪い」
ラックが低く呟く。
視線は、部屋の奥へ。
そこにあるのは――
三つの扉。
横並びに配置された、それぞれ異なる扉。
そして、その上部には刻まれている。
【鏡】
【煙】
【悪魔】
「……選ばせる気か」
アストが静かに言う。
「分岐型か、それとも――」
「全部当たりか、全部ハズレか」
ラックが言葉を引き取る。
沈黙。
空気が、張り詰める。
「三手に分かれるか」
ラックが口を開いた。
「効率はいい」
「罠の可能性は?」
アダアダが問う。
「あるだろうな」
即答。
「だが、ここで足踏みしても意味はねぇ」
一歩、前へ出る。
「どのみち進むしかないなら――手分けした方が早い」
数秒。
視線が交差する。
「……いいぜ」
アダアダが肩をすくめる。
「俺はこういうの嫌いじゃねぇ」
「僕も問題ありません」
アストは静かに頷く。
「どれを選びます?」
「好きにしろ」
ラックは煙の扉へと歩き出す。
「俺はこれだ」
「じゃあ俺は――」
アダアダは悪魔の紋章を指差す。
「こっちだな」
にやりと笑う。
「いかにも強そうだ」
「では、僕は――」
アストは残った扉へ。
鏡の紋章。
その前で、わずかに足を止める。
「ここですかね」
三人が、それぞれ扉の前に立つ。
「死ぬなよ」
ラックがぼそりと呟く。
「お互いにな」
アダアダが笑う。
「はい」
アストが頷く。
――そして。
それぞれが、扉に手をかけた。
-
煙の扉。
その先へ足を踏み入れた瞬間――
視界が、白に染まる。
濃霧。
いや、煙だ。
鼻の奥にまとわりつくような不快感。
数メートル先すら見えない。
「迷路か」
ラックは周囲を見渡す。
入り組んだ通路。
壁は石造り。
そして何より――静かすぎた。
「オープン」
ラックは鍵を振る。
空間が裂ける。
黒い裂け目が現れ、周囲の煙を勢いよく吸い込み始めた。
ゴォォォ――ッ。
煙が消える。
視界が、開ける。
迷路の構造がぼんやりと浮かび上がった。
「……なるほどね」
だが。
裂け目が閉じた瞬間――
白煙が、再び溢れ出した。
まるで最初から何も変わっていないかのように。
「無限湧きってわけか」
ラックは小さく舌打ちする。
「めんどくせぇ」
鍵を肩に担ぎ、そのまま歩き出した。
数歩進んだ、その時。
「キュゥゥゥッ!!」
煙を切り裂き、何かが飛び出す。
速い。
鋭い嘴。
鳥型の魔物。
一直線にラックの顔面を狙っていた。
「ちょろいぜ」
ラックは即座に鍵を剣状へ変形。
横薙ぎ。
ザンッ!!
魔物は真っ二つになる。
――だが。
「……ッ!?」
腹部が、異様に膨らんだ。
次の瞬間。
ドゴォォン!!
爆発。
炎と衝撃が通路を埋め尽くす。
「クローズ!!」
ラックは咄嗟に前方の空間を“閉じる”。
見えない壁。
爆炎がそこで押し潰される。
熱風だけが頬を掠めた。
「あっぶねぇ……」
汗が一筋流れる。
その時だった。
「……誰だ?」
煙の向こう。
人影。
ぼんやりと浮かぶシルエット。
「ラック・アルバンス」
ラックは鍵を構える。
「このダンジョンの挑戦者だ」
数秒の沈黙。
そして。
「へぇ――」
笑う声。
「じゃあライバルってことか」
次の瞬間。
人影が、消えた。
「――は?」
煙を裂いて、突っ込んでくる。
速い。
ラックが反応した時には、もう目の前だった。
ブォンッ!!
回し蹴り。
咄嗟に鍵を盾にする。
だが。
「ぐっ――!?」
重い。
トラックに撥ねられたような衝撃。
ラックの体が吹き飛ぶ。
背中から壁へ激突。
ドゴンッ!!
肺の空気が強制的に吐き出された。
「がっ……!」
煙の中から、男が現れる。
青髪。
パンチパーマ。
赤めた顔。
片手には酒瓶。
そして――笑っていた。
「俺はアオ・ヤードルード」
酒瓶を傾ける。
「冒険家だ」




