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鍵の異常者-盗屋ラックの哀喪  作者: 轟号剛


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14/32

アスト・ガロック

三人が足を踏み入れた瞬間――


視界が、開けた。


洞窟の中とは思えない光景。


一面に広がる、色とりどりの花畑。


柔らかな風が吹き、花弁が静かに揺れている。


「……は?」


ラックが足を止める。


「洞窟、だよな……ここ」


「ロマンじゃねぇか!」


アダアダは嬉しそうに腕を広げる。


「こういうギャップ、最高だろ!」


「そういう問題じゃねぇ」


ラックの目は鋭い。


足元の花を一つ、軽く蹴る。


――何も起きない。


だが。


「……逆に怪しいな」


ぽつりと呟いた。


「名乗り遅れました!」


その空気を切り裂くように、青年が声を上げる。


「僕はアスト・ガロック!アストって呼んでください!」


周囲を見渡しながら、にこやかに頭を下げる。


「アダアダ・ライメンスだ!」


親指を自分に向ける。


「アダアダでいいぞ!」


「ラック・アルバンスだ」


短く。


それだけ。


「よろしくお願いします!」


アストは嬉しそうに笑った。


三人は警戒を解かないまま、花畑を進む。


足音だけが、妙に静かに響く。


やがて――


奥に、一つの扉が見えてきた。


古びた石の扉。


その前で、三人は足を止める。


「……何もねぇな」


アダアダが周囲を見渡す。


「いや」


アストが一歩前に出る。


扉に手をかけ――


「……開かないですね」


軽く引くが、びくともしない。


「ほら」


指で上部を指す。


そこには四つの窪み。


【太陽】【雨】【雪】【雷】


「なるほど」


アストは顎に手を当てる。


「対応する“何か”をはめるタイプの仕掛けですね」


「……ありがちだな」


ラックは小さく息を吐く。


「この花畑のどこかにあるってことか?」


アダアダが振り返る。


その時だった。


――ひらり。


一枚の花弁が、ラックの肩に落ちる。


「……」


ラックはそれを指で摘み――


潰す。


じわり、と滲む液体。


「……水?」


次の瞬間。


周囲の花が、わずかに揺れた。


「――待て」


ラックが低く言う。


「これ、“ただの花”じゃねぇ」


空気が、変わる。


アストの目が、わずかに細まった。


「……なるほど」


小さく呟く。


「季節、あるいは自然現象と連動してる可能性がありますね」


「は?」


アダアダが首を傾げる。


「つまり――」


アストは花畑を見渡す。


「この空間そのものが、鍵になってる」


一瞬の沈黙。


「……めんどくせぇな」


ラックは首を鳴らした。


そして。


首元の鍵を手に取る。


「お前の得意分野だろ?」


アダアダがニヤリと笑う。


「……あんま見せたくねぇんだけどな」


ラックは扉に歩み寄る。


鍵を――


そのまま、ドアノブに差し込んだ。


鍵穴など、存在しない。


だが。


抵抗なく、鍵は沈み込む。


「へぇ……」


アストの目が、わずかに見開かれる。


「オープン」


カチリ。


乾いた音。


――扉が、開いた。


その瞬間。


花畑の揺れが、ぴたりと止まる。


「……行くぞ」


ラックが短く告げる。


三人は、そのまま奥へと足を踏み入れた。


⸻


次の部屋。


だだっ広い、無機質な空間。


天井は高く、音がやけに響く。


床や壁には――無数の傷跡。


抉れ、砕け、焼け焦げている。


「……派手にやってんな」


アダアダが口笛を吹く。


「前に来た連中の末路か?」


ラックは低く呟いた。


奥には、また一つ扉。


だが――


その手前。


三つの巨大な魔法陣が床に刻まれていた。


「……来るな」


ラックが言った、その瞬間。


――バンッ!!


背後の扉が閉まる。


同時に。


魔法陣が、眩く発光した。


「チッ!」


光が弾ける。


次の瞬間。


三つの影が、現れる。


翼を広げたライオン。


六本の腕を持つゴリラ。


空中を泳ぐ、巨大なサメ。


「はっ……いいじゃねぇか」


アダアダが肩を回す。


「楽しくなってきたぜ」


一歩、踏み出そうとした――その時。


「ここは、俺に任せてください」


アストが前に出る。


両手を広げ、二人を制した。


「……あ?」


アダアダが眉をひそめる。


ラックを見る。


ラックは、わずかに頷いた。


「やらせろ」


短い一言。


「……分かったよ」


アダアダは肩をすくめて下がる。


ラックはその場にしゃがみ込み、壁にもたれた。


「見せてもらうぞ」


視線は、アストへ。


「はい!」


アストは笑う。


――次の瞬間。


その手に、ナイフが現れた。


一本。


二本。


迷いなく握る。


「行きます!」


地面を蹴る。


風を切る音。


「ガァァァッ!!」


最初に動いたのは――ライオン。


翼を打ち鳴らし、低空を滑るように突撃してくる。


速い。


だが――


「遅い」


アストは止まらない。


走りながら、腕を振る。


――ヒュンッ!!


ナイフが放たれる。


一直線。


寸分の狂いもなく。


ズドッ!!


両眼に、同時に突き刺さった。


「グォォォォ!!」


ライオンが絶叫する。


暴れる。


爪が空を切る。


だが。


「そこ」


アストは既に――上にいた。


跳躍。


軽やかに、頭上を取る。


空中で、再びナイフが“生まれる”。


「終わりです」


落下。


一直線。


首元へ――


ザンッ!!


深々と突き刺さる。


ライオンの巨体が、崩れ落ちた。


ドォンッ――!!


地面が揺れる。


沈黙。


「……ほぉ」


ラックが、わずかに目を細める。


「やるじゃねぇか」


――直後。


「ゴォッ!!」「シャァァ!!」


ライオンが崩れ落ちるのと同時に、残り二体が動く。


六腕のゴリラが地面を砕きながら突進。


空中のサメが軌道を変え、死角から滑り込む。


挟撃。


「……ふっ」


だが、アストは動じない。


一歩も退かず。


両手に、ナイフを“生む”。


――ヒュン。


ほとんど振りかぶりもない。


軽く、放る。


それだけ。


だが。


ナイフは空中で軌道を変えた。


弧を描き――


ズドッ。


ゴリラの喉元に一本。


ザシュッ。


サメの首元に一本。


時間差、ほぼゼロ。


「……ッ」


アダアダが息を呑む。


ゴリラは数歩よろめき。


サメは空中で一度だけ跳ね――


次の瞬間。


二体同時に崩れ落ちた。


ドォン……ッ。


沈黙。


三体の魔物は、やがて光の粒子となって消えていく。


同時に――


奥の扉が、静かに開いた。


「……やるじゃねぇか」


今度は、アダアダが笑う。


肩をバンと叩く。


「グレートだぜ!」


「ありがとうございます」


アストは軽く頭を下げる。


息一つ乱れていない。


(……戦い慣れてやがるな)


ラックは無言で立ち上がる。


視線だけが、アストを追う。


違和感。


だが、それを表には出さない。


「……行くぞ」


短く言って、扉へ向かう。


「ナイフを生み出す異常か?」


歩きながら、問いかける。


「ええ」


アストは笑う。


軽く手を振ると――


ナイフが現れる。


それを、上へ投げた。


くるくると回転。


空中で、ふっと軌道を変える。


まるで意思があるように。


三周。


そして――


ストン、と手元に戻る。


「ナイフを生み出して、操作する異常です」


さらりと言う。


「……便利だな」


ラックはそれだけ返す。


それ以上は聞かない。


――アストも、聞いてこない。


互いに踏み込まないまま。


三人は、次の部屋へと進んだ。

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