人喰いダンジョン
翌日。
人喰いダンジョン――その入口。
地面にぽっかりと口を開けた巨大な穴。
縁には簡素な柵が設けられ、周囲には妙に人の気配がない。
「……はぁ」
ラックは深く息を吐いた。
「なんで俺が、こんなとこ来てんだよ」
「ヘイヘイ、テンション上げてこうぜ!」
隣でアダアダが陽気に笑う。
「未踏破ダンジョンだぞ?ロマンしかねぇだろ!」
「ロマンで死ねるか」
即答だった。
結局――
あの後、押し切られる形でここまで来てしまったのだ。
アインもついて来たがった。
だが、顔写真付きの指名手配犯。
さすがに連れてくるわけにもいかず――
シバと一緒に、店で留守番だ。
「帰ったら絶対文句言われるな……」
ラックは小さくぼやく。
「そん時は俺がフォローしてやるって!」
「お前のフォローでどうにかなる気がしねぇんだよ」
軽口を叩きながら、二人は受付へと進む。
粗末な机と椅子。
そこに座る、年老いた男。
「……挑戦者かい」
濁った目が、二人を見上げる。
「参加料、十万ルート。それと――」
差し出された紙。
びっしりと文字が並んでいる。
『当ダンジョンにおける死亡・行方不明について、運営は一切の責任を負わない』
「……ふん」
ラックは鼻を鳴らし、ペンを取る。
迷いはない。
サイン。
金を置く。
アダアダも同じように署名を済ませた。
「……確かに」
老人はゆっくり頷く。
金を確認し、紙を引き寄せる。
「いいのかい」
ぽつりと呟く。
「ここに入った連中は――誰一人、帰ってきていない」
静かな声。
だが、重い。
「それ、昨日も聞いた」
ラックは肩をすくめる。
「それでも来たんだよ」
老人はしばらく二人を見つめ――
やがて、かすかに笑った。
「……物好きだねぇ」
手をひらりと振る。
「行きな」
その一言が、合図だった。
ダンジョンの奥から、冷たい風が吹き上がる。
底は、見えない。
まるで――
“口を開けた何か”の中に入るような感覚。
「……行くぞ」
ラックが一歩、踏み出す。
「おう!」
アダアダも続く。
「――ちょっと待ってください!」
背後から声。
二人が振り返る。
そこにいたのは――
息を切らした青年。
栗色の髪をかき上げ、膝に手をついている。
「はぁ……はぁ……間に合った……」
そのまま受付へ駆け寄る。
「僕、あの人たちの連れです!署名だけでいいですか!?」
「……あ?」
ラックが眉をひそめる。
老人は無言で紙を差し出した。
青年は迷いなくペンを走らせる。
サラサラと書き終え――
そのまま踵を返し、二人の元へ。
「よろしくお願いします!」
深々と頭を下げた。
沈黙。
「……お前、誰だ」
ラックが低く問う。
「初対面です!」
即答。
「だろうな」
「お前の知り合いか?」
「いや。そっちだと思った」
二人が顔を見合わせる。
「すみません!」
青年はもう一度頭を下げる。
「どうしても一緒に行かせてほしくて!」
顔を上げる。
真剣な目。
「僕、十万も払いたくないんです!」
「帰れ」
即答だった。
「えぇ!?」
「ハッハッハ!」
アダアダが腹を抱えて笑う。
「いいじゃねぇか、面白え!」
青年の肩をバンバン叩く。
「こういうの、嫌いじゃねぇ!」
「いや、俺は嫌いだ」
ラックは冷めた目。
「怪しすぎるだろ」
「大丈夫です!」
青年が食い気味に言う。
「戦えます!」
「証明は?」
「……今はないです!」
「なおさらダメだろ」
「でも!」
青年は一歩踏み出す。
「足手まといにはなりませんし報酬もいりません!」
食い気味に青年は主張する。
「じゃぁ何が目的だ?」
ラックは疑いの眼差しを向けたまま質問する。
「ただこのダンジョンを攻略したいだけです」
青年は真っ直ぐな瞳をラックに向ける。
「……」
ラックの目が細まる。
「ほらな」
アダアダがニヤリと笑う。
「ただのバカだ」
「……チッ」
ラックは舌打ちする。
数秒の沈黙。
そして――
「勝手について来るなら止めねぇ」
視線を逸らす。
「死んでも知らんぞ」
「ありがとうございます!」
即座に頭を下げる青年。
その顔には――
どこか余裕のある笑みが浮かんでいた。




